第0007話


 とある空間の中。


 ドクン。ドクン。


 「……ぅう…う……」


 真っ暗でなにも見えない、光を感じない、自分の目が開いているかどうかすら分からない悠樹。唯一彼に存在の実感を持たせたのは、彼が抱きしめている馴染みきった鼓動と温もりである。


 悠樹が目覚めた。彼は今自分が地面に座っていて、なにか硬いものを背にしているように感じる。


 「……萌花、萌花!」


 彼は懐にいる萌花を揺さぶって起こす。


 「……ぅ……う……ゆう……き……?」


 「おれだよ。大丈夫?」


 「うん、たぶん大丈夫。悠樹は?」


 「おれも」


 「よかった……」


 「うん」


 お互いのことを見えていないが、二人は相手の話す声で怪我はしていなさそうだと分かって、すこしホッとした。


 「でもここどこ? なにも見えない」


 「うーん……おれたちも光になった?」


 「みたい」


 「じゃあここ天国?」


 「暗い天国だよ」


 「ハハ」


 二人はちょっとした冗談を通して、自分たちの記憶は同じだと分かった。


 悠樹は床に触って、太陽に照らされていたような温度を感じず、歩道橋の上ではなさそうだと考えた。さらにここは光も音もなく、空気は乾燥していて閉塞感があるということから、彼はここは室内だと推測する。


 「スマホのライトをつけよう」


 悠樹がそう言って、二人はスマホを取り出した。スマホの電波は圏外のままで、時間はそれほど経っていない。


 二人はスマホのライトをつけて体に問題がないか確かめると、ライトを周りへ向けた。


 悠樹の推測通り、彼らがいる場所のは室内である。


 丸い加工木材で組まれた天井、石造りの床と壁。木製の長いテーブルの上にたくさんの試験管やフラスコなどの化学実験器具が置かれていて、暗い環境の中でライトを向けられ光を眩しく反射する。奥には本がいっぱいに置かれた本棚と木箱や麻袋などの雑物があった。


 悠樹と萌花の二人以外には誰もいないようである。彼らは周囲をざっくり見て、ドアや窓はまだ見つけていない。


 「地下室?」と萌花が呟く。


 「そうみたいだね」


 でもなんでおれたちは地下室に? どこの地下室? さっきの超常現象は一体なんだったんだ? と、悠樹の頭に疑問が充満した。彼は疑問を解くためにもっと情報が要ると思い、この地下室を仔細に観察する。


 ガラス製の化学実験器具が厚い埃を被っていた。それ以外のものはどれもすごく時代を感じさせるものの、それほど老朽ではない。少なくとも放棄された場所ではなさそうだと、彼はすこし安心した。


 他も見てみようと足を踏み出そうとすると、彼は足元の不陸に気付く。そこにあるのは円型の図柄で、その中に多くの紋様が刻まれていた。


 「こ…ここれはっ!?」


 悠樹が急に慌て出すのを見て、萌花も彼の視線に沿って下を見る。


 「……これは……ま……!」


 「――だ…誰かいるのですか?」


 「っ!!」


 二人が足元のナニかを見て戸惑っている時、天井のどこかから声がした。そして悠樹は考えるよりも先に返事をする。


 「はい!」


 「!?」


 相手も驚いたようで、少々沈黙した。


 「……ど…泥棒さんですか?」


 「違います!」


 「……」


 悠樹が即答したが、相手はまた沈黙する。


 「萌花が話して。むこうは女の子みたいだから、おれを警戒してるかも」


 「うん」


 二人が交代した。


 「こんにちはー。驚かせちゃってごめんなさい。でも私たちもどうしてここにいるのか、どうやってここから出るのかも分からないの。助けてくれませんか?」


 「……」


 相手は変わらずなにも言わない。


 「うーん……やっぱり簡単には信じてくれないみたいだね。でもそれもいい。彼女(?)が誰かを呼んで来ればお互い安心できるから」


 「うん……」


 カッ、カギイィィー――


 二人が小声でこれからどうするかを話し合っている時、天井からなにかが開けられた音がして、それに伴い光も入ってきた。


 開けられたのは扉で、地下室の階段は彼らがいる場所の角度からは死角だった。


 二人がスマホをしまって階段まで行くと、中学生くらいのトシの少女が階段口でおずおずと彼らを見ている。


 少女は細身で非力そうな体をしていた。長さが肩までの淡い水色の髪、その隙間から光が透き通り、両者が相まって美しく輝く。左側の前髪が長めで左目を半分隠していた。身につけているのは青い飾りが付いたフードつきの白い上着に黒いショートスカート。腰にはいくつかの布の袋がぶら下がっていて、手に自分の背よりすこしだけ低い棒を持っている。


 その白い棒の上の部分と下の部分には青い線で描かれた模様があり、先端にはテニスボールくらいの大きさの青白い水晶玉が嵌め込まれていた。


 これは日本人の普段の身なりではない。


 悠樹は「……コスプレ?」とこころの中で呟いた。


 少女は明らかに悠樹と萌花を警戒していて、落ち着かない様子でその白い棒を握る。それを見て悠樹は自分から話しかけることにした。


 「え…えっと……こんにちは? ここはどこなんですか?」


 「……こ…ここはうちの地下室です……」


 悠樹が聞きたがっているのはこの地下室の具体的な位置だった。


 「聞き方が悪かった。ここはなに町ですか?」


 「ナニチョー……がなにかは分かりませんが、ここはカールズ城、魔法薬のアトリエ『令狐』です」


 「カっ……ルっ……」「魔法薬のアトリエ!」


 変わった格好をした少女の口から変わった単語が出てきて、悠樹と萌花の二人の反応は対照的だった。


 「あ…あの、お二人はなぜうちの地下室に?」


 「こちらばかり質問してすみません」


 悠樹がそう言いながら萌花のほうを見て、萌花がコックリして、悠樹は続けて言う。


 「おれたちもどうしてここにいるのかは分からないけど、悪い人じゃないです。これだけはどうか信じてください」


 二人の真摯な眼差しと言葉は、ある程度少女の警戒心を解かせた。


 「…………はい……」


 現状をよりよく知るために、二人は少女の許可を得て地下室から1階に上がり、ようやく再び自然光を感じることができた。


 地下室の出入り口は室内にある。二人が上がると、目に入るのは木製の部屋だった。丸い加工木材を積み重ねてできた壁、同じく丸い加工木材で組まれた天井、厚くて丈夫な板で舗装された床、家具も木製。


 この空間はいくつかの用途に使われているよだ。食事をするためのテーブルや椅子、オープン型キッチンエリア、他の場所へ通じる2つのドア、2階へ上がる階段と地下室に降りる階段などがある。


 そして一番目立つものは壁に沿って造られたLの字の長い石造りのプラットフォームだ。その上には地下室のとすこし違うガラスの瓶が置かれていて、その中には液体や粉末、或いは植物などが入っていた。また、大きな坩堝が1つ内蔵されていて、薬草などを煎じるためのものに見受ける。


 それらの物品は皆長い間使われている痕跡があって、部屋の中は薬草や何らかの植物の匂いに満ちていた。


 悠樹と萌花は目を見開く。このような場所はまるで……


 少女は二人を座らせ、お茶を出してあげた。なぜか自分の家の地下室にいる知らない人たちにお茶を出すなんてと、悠樹はすごく意外に思う。


 その後少女も座り、三人は本題に入った。


 「まずは自己紹介しますね。おれは猫森悠樹(ねこもりゆうき)で」


 「私は百合園萌花(ゆりぞのほのか)です」


 「おれたちは日ほ……うん……」


 悠樹が言い淀んだ。そして恥ずかしい気持ちと笑われる覚悟を抱えて、勇気を出して言う。


 「おれたちは地球から来ました!」


 この言葉は普通の状態で言えば呆れられて、場を気まずくさせてしまうだろう。当然のことをわざわざ言うのだから。


 だけど今はそれがちょうどいいと彼が思っていた。


 萌花は彼にイジワルな笑みを向け、少女の返事を期待感いっぱいで待っている。それに引き換え、悠樹はこの少女が<普通の反応>をしてくれることを願った。


 「初めまして。私は令狐詩織(れいこしおり)と申します。令狐が苗字で、この都市が地元です。”チキュー”(?)はこの辺りの都市ではないようですが、新しくできた村でしょうか。それとも遠いところの都市ですか」


 「……ウソダロウ……」


 「うん~うん~私たちはとおーいところから来たんですよ~」


 悠樹は顔を覆いながら思考を整理する。萌花は大げさに頷いてへらへらと笑った。


 まさか本当に萌花の期待通りに? と悠樹が複雑な気持ちでそれを考えている。


 「で…ではお二人はなぜうちの地下室に?」


 少女はさっきの問いを繰り返した。


 今までの状況から見ると、萌花が思っているような事の可能性が高いが、悠樹はまだ諦めていない。


 「その質問に答える前に、確かめたいことがあります」



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