第0002話


 食材とお菓子がいっぱい入った買い物袋を持って、二人はまたあの熱い道を歩いて家に帰った。


 「ただいま」「ただいまぁ~」


 「おかえり~」


 悠樹と萌花が靴を脱いでいるところを、苺がリビングから小走りに出迎える。


 「外暑かったでしょう~あら、汗かいてる。おかあさん、冷たい麦茶出しておくね~」


 「苺おばさんありがとう~」「ありがとう、おかあさん」


 二人は台所に来て食材を置くと、苺が注いだ冷え冷えの麦茶を一気に飲み干した。


 「ウンんっ。やっぱり夏は家で冷たい飲み物を飲むのが一番いい」


 麦茶のおかげで二人の体は涼しくなったが、汗をかいているから気持ちよくはないようだ。萌花の横髪が頬に張り付く姿を見て、悠樹は彼女にシャワーを浴びればと勧める。


 「料理作る時も汗かくから大丈夫よ」


 「え? そう?」


 「そうだよ。夏の台所もすごく暑いの」


 傍にいる苺は「うんうん」と頷いて萌花に同意した。


 「そうか。経験のある発言だね。じゃあ今から作る?」


 「いいよ」


 時間はまだ早いけど、初めて六人分の食事を作るから、二人は早めに始めることにした。悠樹は苺の小さい背中を推しながらリビングへ帰らせる。


 「おかあさんは見ないでね」


 「ええ~おかあさん手伝わなくていいの?  包丁とかあぶないよ?」


 「大丈夫大丈夫!」


 下ごしらえなんて、某特級厨師や某食事処コーマーのアニメ全巻を観たおれたちにとって、カンタンカンタン! と、悠樹が考えていた。


 苺は悠樹の言う通りに、リビングに戻り続けてテレビを観る。悠樹と萌花は食材を捌き始めた。


 野菜を洗って、シチューに使うものは萌花に任せ、悠樹は肉を処理する。


 彼はまず鶏もも肉を角切りにした。トン、トン、トントントン。彼はやっぱり簡単じゃないかと思いながら肉を処理していく。


 そしてその自信はすぐに消えた。なぜなら次に切るのは青椒肉絲に使う豚肉だが、彼はこうか、それともこうかと包丁を入れずに、どう切ればいいのか全く見当がつかないでいるからだ。


 数十秒考えてやはり分からなっかたから、彼は萌花に聞いた。


 「……こういうブロックはどうやって短冊切りにするの?」


 「え? 私もわっかんない。シチューしか作ったことないから。シチューに使うじゃが芋と人参は回し切りにすればいいし」


 「回し切りって、切ったらぐるっと回すあれ?」


 「うん」


 1本、2本の「ほん」という形にするには、回し切りではできないので、悠樹の参考にならなかった。彼の頭の中は空っぽで、切り方が分からないからぼーっとしている。そこで彼は萌花が切ったそういう形をしたタマネギが見えた。


 「このタマネギ、どうやって切ったの?」


 「タマネギならこう」


 萌花はタマネギを1個取って、外側の皮を剥い、上の部分と下の部分を切り捨て、それをまな板の上で縦半分に切った。続けてその半分を切断面を下向きにしてまな板に置き、丸い部分の上から縦にトントンと切っていく。


 「こうして切ったのを手で捻じれば……ほらできた」


 「お――」


 悠樹は感嘆するが、理解は追いついていないようだ。


 「じゃあ豚肉はどうするんだろう」


 「ん…………豚肉はブロックで、タマネギみたいに積層でできてないから……こうかな」


 萌花は独り言を言いながら何かの手振りをする。そして左手で豚肉を押さえ、包丁で豚肉を横半分に切って、それらをまた横半分に切る。1ブロックが4枚になった。彼女は切った豚肉を分けずにそのままくるっと回して、短い部分を自分のほうに向けさせ、左手を猫の手にして豚肉を押さえ、いちばん右から縦に2回切り落とす。


 悠樹は切られた豚肉が「ほん」という形になるのをじっと見ていた。


 「おおおっ!! なるほど! 厚いから薄くにして、一定の厚さにしたら縦に切ればスティック状になるんだね。萌花すごい」


 「食材の切り方とか、基礎中の基礎だよ」


 「えっ? さっきわっかんないって」


 「突然わかったもん」


 「そんなのあり……? えまって、じゃ基礎中の基礎すらやり方分からないおれって、料理の才能ない?」


 「フふふふ! まぁ、練習すれば分かってくるかもよ」


 悠樹より得意な事が1つ増えたことに、萌花が喜んでいた。


 二人は下ごしらえを進める。悠樹はソースを作って切った肉を漬け込んだ。過程は順調。レシピに書いてあるので。


 二人は1時間以上の下ごしらえを終え、本番に移行した。料理中はフライパンが全然振れない以外、特に問題はなっかた。


 「フウぅ。完成! かなり時間使ったけど、上手くいったね。マンガやアニメみたいに初めて作ったものが暗黒料理だ、とかじゃない……と、思う」


 「くすっ。さっき味見したじゃない。大丈夫よ」


 最後にシチューを食卓に並べると、悠樹と萌花が数時間掛けて作った夕御飯がついに出来上がった。


 事前に萌花が言った通りに、二人はかなりの汗をかいた。萌花の結び上げた髪も汗でうなじに粘りついている。珍しい光景なので、悠樹は思わずチラチラと見てしまった。


 予想より時間が掛かったため、二人がお風呂に入る前に萌花の両親が来た。仕方なく、二人は着替えただけで、お風呂はパーティーが終わった後に入ることにした。萌花の服は悠樹の部屋に置いてあるから、彼女はわざわざ家に帰って着替える必要がなかった。


 萌花の両親は私服で来ていた。太一も上着がボタンを留めていないシャツ1枚しか着ていない。皆んなが正装ではなく、気軽な雰囲気で集まっていた。一緒に食事をすることは、この6人の日常の一部である。


 食事の準備が整い、皆んなは食卓を囲んだ。


 「いただきまーす」


 皆んな箸を付けた。悠樹と萌花は少し緊張する。


 太一は悠樹が作ったフライドチキンを一口食べると、「ウン~おかあさんが作ったほうがうまい」とわざとらしい顔で悠樹をからかった。


 「はいはい。あんたの嫁は料理上手デスネ」


 「モォチロン」


 「ムッ……」「プフッ! はははははは!」「ふふふふ~」「あはははははははははははははっ!」「ハハハハハ」


 父さんをはやし立てるつもりの悠樹だったが、太一の図々しさに乱れる。皆んなはこの親子にキャッキャと笑わせられて相好を崩した。


 「太一おじさん、私が作ったシチューも食べてみて~」


 「よしきた! あむっ。うん~~っ。こっちのほうがよっぽとうまい!」


 と、太一は親指を立ててまたわざとらしい顔で言った。


 ダイニングはまた快活な笑い声で満たされた。


 「まあまあ~太一。いつもぐーたらな悠樹が、おかあさんに晩ご飯を作ってくれたもの、からかわないであげて。悠樹、萌花、わたしはうれしいよ~」


 「やあぁ。萌花からのチャットを見たときはめっちゃビックリしたわぁ。この子たちがこんなことして親孝行するだなんて」


 「だろう? 明日は雪だな」


 「奥方たち……褒めてるの? バカにしてるの? どっち? あと父さんは一言多い!」


 と、悠樹はすこしムッとしたが、皆んなが喜んでくれているから悠樹と萌花も嬉しく思っている。二人は顔を見合わせてニコッとした。



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