#2

 風の噂は広まるのが早い。


 村が石に包まれてから一週間もしないうちに、国中にその話は広まった。


 7歳で時が止まってしまった私に遠くまで逃げる術はなく、あの村から4日間歩き続けた場所にある街にしばらく溶け込んでいた。


 その街はとても賑わっていたが、人の多い市場を1本でも中道に入れば荒れ果てたスラムが広がる。そこには人なのか、ウジ虫の培養体なのか……はたまた悪臭を放つ汚物なのか分からない物がいくつも並び、ネズミとカラスがそれを突きながら私を睨む。


 身を隠すのには丁度良いが、生活するのには酷く醜悪である。しかし身寄りのない私はそこしか居場所が無かった。


 スラムにやってきて数日。

 毎日手入れされていたはずの白髪に艶は消え、竹箒のようにゴワゴワになった油と埃の塊をぶら下げた飾りとなり、肌もベタついて生ゴミの様な匂いがする。このゴミをぶら下げるなら、よっぽどメドゥーサみたいに蛇を従える方が格好が付くだろう。


 食事だって1日に1食でも食べれれば良い方、3日食べれない時は市場に盗みに行った。

 喉が乾けば捨てられた瓶に溜まった雨水で凌ぎ、排便は草の茂みに……。


 今まで当たり前だった生活の有り難さを感じる反面、あの時死んでおけば良かったと強く後悔する。


「なんでわたしばっかり……」

『何故そんなしけた顔をしている……何が不満だと言うのだ?』


 ぽつりと呟いた言葉に反応して、メドゥーサの声が頭に響く。


「ふまんばっかよ……!わたしは、オマエがいなければ、こんなせいかつをすることもなかったわ!」

『笑わすな!……それは我のせいではないだろう?貴様が供物に選ばれたのが悪い』

「そんな……」


 1人で演劇をしている様な気分だ。

 今度の観客はネズミとカラス。その群れは、私が睨むと怯える様に散り散りになって逃げる。


「……おうぼうよ」

『それが貴様の運命だからな。もし我が同化しなくても、ゆくゆくは面倒ごとに巻き込まれたろうに』

「どういうこと?」


 風が私の髪を踊らす様に強く吹き抜ける。メドゥーサはその質問に答える事なく『ふん』と鼻で笑うと、私のお腹の虫がグーっと泣き喚いた。


「おなかすいたなぁ」

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