ハムレット

持って生れた弱点は、きっと当人の罪じゃない。誰も自分の意思でそう生れてきたわけではないのだから。

#1

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 勢いよく飛び起きた私は、体に駆け巡る血液を宥める様に深呼吸を繰り返し、ゆっくりと胸に手を当てる。


 小さな体の真ん中にあるのは、長さにして10センチぐらいの禍々しい傷跡。


 涙でぐちゃぐちゃになった顔を拭おうとベッドを降りて化粧台に向かうと、深夜3時を告げる鐘が鳴り響いた。


 ──ひどいかおだわ。


 大きく溜息をついて肌触りの良いタオルで顔を包んだ私は、もう一度鏡を見る。


 ゆるゆるとウェーブのかかった白く長い髪に、あの時私の胸から飛び出した血の様な真紅の瞳。


 ──だいじょうぶ、いつものわたしだ。


 私は今まで何度この夢を見ては、こうやって確認しただろう?実際この顔なんて、街中に張り巡らされた指名手配書で嫌というほど見たというのに。


 そのまま私は額に手を添え、目の少し上ぐらいで切り揃えられた前髪を優しく上げると、あの時メドゥーサがつけた爪痕はピッタリと眠っている。


「……よかったぁ」


 あの日から私の中に住み着いたメドゥーサは、普段は額の悍ましい瞳を閉じている。


 その瞳は普通のきり傷と大差なく、私の髪だってウェーブのかかった白髪に他ならない。しかし、いつまたあの瞳を開いて悪夢を私に見せるか……それはこの異形の気分次第で決まってしまう。


 全身の力が抜け、私はヨロヨロとベッドに向かい、さっき飛び起きた反動でベッドから落とされた大きなうさぎのぬいぐるみ『メリー』を抱き締めた。


 このぬいぐるみには、精神を安定させる治癒魔法が施されている。その力を吹き込み、メリーを贈ってくれたのは、私が今匿ってもらっているこの城の城主、アルヴェル。


 彼は魔王である。


 黒曜石のような捻れた角を持つ彼だが、普通の人間と変わらない……いや、それよりも優しい顔つきをしているように私は見える。


 人は皆、『魔王』というだけで恐れ怖がるが、私は彼を拒絶している人間の方が毒々しくて大嫌いだ。


 確かに私は、彼の素性をよく知らない。それでも、健やかな心の持ち主である事はよく知っている。


 人に罵られ、嫌われる『魔王』の彼は、私みたいな異形が差別されたり、迫害されたものを保護して、匿う名目の形式としてそれらを后に迎えている。


 勿論、下心なんか微塵も無い。

 その証拠に私が住んでいるこの城を含め、彼の領地には仮初の后が12人も存在し、そのどれもが豊かな生活を送っていた。


 その中には政略結婚と称して担保代わりに祖国に売られた后もいるようだが、それは一方的な政治戦略に過ぎない。


 彼は皆平等に愛を注ぎ、その全てによって愛を得る者。


 言うまでもなく、私もそんなアルヴェルが大好きだ。


 しかしその愛情は、並ぶと親子ほどの差がある外見と同じように恋愛的な意味では無く、尊敬や思慕に近い。


 そんな心根の優しい魔王と出会ったのは、私がメドゥーサに体を渡して1ヶ月後ぐらいのことだった。

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