#3
私が答えた途端、さっきまで覆っていた闇は消え、景色が元の祭壇に戻る。
さっきと違うのは、時間が夜から朝になっていた事……それから……。
「さぁキーラ、これが貴様の願いだろう?」
教会のステンドグラスから差し込む朝日は、色鮮やかにシャンデリアを飾り、そのシャンデリアのガラスが光の尾を引いてその情景をありありと私に見せつけた。
「これは……」
あまりの神秘的な光景に、私は息を呑む。
そこには大量の石像が今にも動き出しそうな様子で礫となり、その全てが恐れ慄く表情を浮かべる。
目を隠す者。
頭を抱える者。
逃げ出そうと走る者。
その全てがただの石ころであった。
「なに、ただの石だと分かっているのだろう?」
声の主であるソレは、体を司祭だったであろう石像に預け、長く伸びた髪がトグロを巻きその石に絡みつく。
メドゥーサ。
私に声を掛けたものこそが、私を供物にした根源だったのだ。
正端な顔立ちでありながら、3つの目をギラギラと光らせ、口からは鋭い棘のような牙が顔を覗かせる。そして頭から伸びた髪は意思を持った蛇そのもので、その蛇達は友好的に細く赤い舌をペロペロと出す。
メドゥーサは大蛇の様な下半身をうねらせて私に近付くと、大きく欠伸をした。
「この石像は、お前を育てた村全てに置いてある。これで取引は成立だな?」
「村……全て……?」
「そうだ。……何だ?村じゃ規模が小さかったか?」
嘘。
嘘だ。
──じゃあ私は一体……何のために死んで、何の為に復讐をしたというの?
私は、いや、この世界はこの魔物の為に全てを狂わされたのか?
体の力が抜け、私は膝から崩れ落ちる。こんな光景を昔、演劇で見た気がする。
確かタイトルは『タイタス・アンドロニカス』。
「何を悲しんでいる?……我は愚民共に封印され、この時を待っていた。貴様もそうだろう?」
「……」
「貴様は死んだ!だから復活した我が命を繋いでやったのだ!!その代償として貴様の人生を半分削り、その体に我を宿す……これが取引だろう?」
「……嫌だ」
震える唇を噛みながら、私は力無くその異形を睨んだ。しかしそんな事を意に介す事なく、メドゥーサは縦長の瞳孔を光らせて大きく瞳を見開いた。そして、そのままひとしきり高笑いをすると、私の耳元にその悍ましい口を近づけて囁く。
「これは全て貴様の仕業だ。キーラはもう、我無しでは生きていけない」
「違うっ!私はやってない!!」
「その無実を、誰が信じる?」
『さて、その舌で喋れるなら、告発するがいい。
誰に舌を切られ、誰に犯されたか。
思いの丈を書いて訴えるがいい。
その2つの切り株で字が書けるなら──』
親への復讐の為に犯され、その上、口封じの為に舌と両腕を切り落とされた憐れな娘に放たれた一言が、今、私の頭の中に響き渡る。
私はまるでスポットライトに照らされた気分になるが、そこに観客は1人もいない。
ここに居る演者は、怪物と私だけ。
「さぁ観念しろ……もう体が縮んでらぁ」
私を笑うメドゥーサにつられて私は自分の両手を見た。その手はどう見ても子供の大きさで、私の頬に静かな雫が伝う。
「た……たすけて、かみさま……」
そんな私の切なる願いは届かないまま、異形は私の額に長い爪を押し当てると静かに横に動かす。
「これで貴様は、我と1つだ」
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