④モモ
「……君に二度目の間違い電話をかけた翌日、私は改めてモモちゃんに電話をした。今度はちゃんと彼女につながってね。少しだけだけど話をしたんだ。君のことには触れず、しばらく仕事が忙しくなるからお店に行けなくなるということを伝えたら、寂しそうにしてくれたよ」
「彼女と話せたのなら、問題はなかったのでは?」
間違い電話をかけたその日はお店に行かなかったが、翌日にはモモさんと話ができたという田中さんの言葉を聞いた僕がそう問いかければ、彼は静かに首を振った後でこう答えてみせた。
「……電話じゃ駄目だったんだよ。直接顔を見て、話をして……そうすることで伝わるものや感じることがある。君がこうして私と会って話をしているのも、そのことをなんとなく理解しているからだろう?」
田中さんの言っていることもわかる。声だけの電話で話すよりも、直接会って話をした方が相手の表情や雰囲気から感じ取れるものが多い。
だからこそ僕は、電話しただけではわからなかった彼の心情を読み取るためにこうして会う約束をしたわけで……田中さんの言っていることは、間違いなく正しいことだった。
「それで、それから何が起きたんです?」
「……モモちゃんに話した通り、それから私は仕事で多忙な日々を過ごした。世間はGWだったが、私の会社はそんなこと関係なくってね……仕事が片付いたのはモモちゃんに電話をかけて二週間ほどが過ぎた頃だった。その日は店に行く元気もなかったから家に帰って、久しぶりにモモちゃんに連絡を取ったんだ」
――――――――――
「もしもし、モモちゃん? 今、大丈夫かな?」
『田中さん? 久しぶりだね。どうしたの?』
「こんな遅い時間にごめん。やっと仕事が落ち着いたから、そのことを伝えようと思ってさ」
『そうなの? じゃあ、私に会いに来てくれる?』
「もちろんだよ! ただ、今日は流石に時間が時間だから無理かな……でも、近いうちに絶対に会いに行くから!」
『……うん、わかった。待ってるね。私、田中さんのこと、ずっと待ってるから――』
――――――――――
「――今でもはっきりと思い出せる。短い時間だったけど、私と彼女はそんな会話を交わした。そして……それが私たちの最後の会話になった」
モモさんとの話を再現した田中さんが両手で顔を覆う。
涙しているような、後悔しているような、そんな素振りを見せた彼はテーブルに肘をつき、額を手で押さえながら、話を続けた。
「私がモモちゃんが勤めるお店に行ったのは、その電話から数日後……つまり、昨日のことだった。その日も事前にモモちゃんに電話をかけたが、誰も出なかったんだ。ただ、そういう時でもお店で働いていることがあったから、私はとりあえずお店に向かった。でも結局、モモちゃんはお店にはいなかったんだ。そして、彼女と仲が良かった女の子から……モモちゃんが自殺したことを教えられた」
「……っ!?」
自殺……その言葉が出た瞬間、自分でも気が付かない内に僕は震えていた。
脳裏にはまひるの葬式の光景がフラッシュバックして、背中に汗が噴き出てきている。
そんな僕の反応にも気が付いていない田中さんは、震える声でそこからの話をしていった。
「信じられなかったよ、モモちゃんが自殺しただなんて。どうしてそんなことをしたのか、皆目見当がつかなかった。ただ、もしかしたらモモちゃんは何か思い詰めていて、電話じゃなくて直接会って話をしていれば、力になれたかもしれないと思ったんだ」
「……お気持ち、お察しします。そのつらさは、僕にも理解できますから」
大切な人が自ら死を選んだ。表面上は元気に見えても、その決断を下した彼女の心の中では大きな苦しみや絶望が渦巻いていたのかもしれない。
その感情に気が付いてあげられず、力にもなれなかったことへの後悔は痛いほどに理解できた。
しかし……田中さんはここから少し変わった話をし始める。
「モモちゃんが自殺したことを教えてくれたお店の子にも、そんな懺悔を聞いてもらったよ。だけどその途中、私が少し前にモモちゃんと電話をしたと言ったら……その子の顔色が変わったんだ。どうしたんだろうと思った質問したら、彼女は声を震わせながらこう答えてくれたよ」
一つ、田中さんが息を吐く。その吐息には悲痛でも苦しみでもなく、純然たる恐怖が滲んでいた。
その時のことを思い返しながら、怯えの感情を露わにしながら、彼はお店の女性から言われた言葉を僕へと伝える。
「『あり得ない。だってモモが死んだのは、二週間前のことなんだよ?』……モモちゃんは二週間前、私との電話が終わった後で首を吊っていたんだ。でも、だとしたら……私が数日前に話をしたのは誰なんだ? あの声は間違いなくモモちゃんのものだった。でも彼女はその時にはもう――」
昨日、田中さんが混乱していた最大の理由はこれかと、話を聞いた僕は納得した。
既に死んでいたはずの人間と確かに会話を交わしたと語る彼は混乱と恐怖を入り混じらせた感情を抱きながら、終わらない自問自答を繰り返している。
なんとなくだが、僕には彼が嘘を吐いていないことがわかった。
悪趣味な冗談でも詐欺めいた行為でもなく、本当に信じられない現象に遭遇して恐怖している人間の生の反応を田中さんが見せているからだ。
「そうやって混乱しながら店を出て、改めて通話履歴を確認してみたら……見覚えのない番号への発信履歴があった。確かその日はモモちゃんの彼氏と思わしき男の子が電話に出た日だなと思いながら、何かを感じた私はその番号に電話をかけて――」
「――その電話に僕が出た、というわけですね」
ようやく、話がつながった。昨日の出来事に至るまでの全てを聞いた僕もまた、自分を落ち着かせるためにカップに残っていたホットコーヒーを飲む。
出るはずのない死人につながった電話……田中さんの話は突拍子もないが、僕だって似たような出来事に何度か遭遇してきた。
だから、彼の話が本当だと信じることにした上で、僕はこんな質問を投げかける。
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