②相談
「だからその人と会う、と? 素性もわからない、本当のことを言っているのかわからない相手と?」
「ああ、うん……変な話だと思うだろうけど、どうしても僕は彼が嘘を言っているようには思えなくって……」
翌日、大学にて。僕は昨晩の出来事を八坂さんに相談していた。
どうしてそうしようと思ったのかはわからないが、そうした方がいい気がしたし……僕が相談するよりも早くに八坂さんの方から何か用があるのかと問いかけられた。
わかりやすい人間だという自覚がある僕が隠し事などできるわけもないし、隠すつもりもなかったのでこれ幸いにと相談を持ち掛けてみれば、思った通りの反応をされたというのが現状だ。
「何かの詐欺だとか、そういう可能性も十分あるでしょう? 朝倉くんが優しいのは知ってるけど、それは不用心なだけだと思うわ」
「わかってる。でも、僕にはどうしてもあの人が嘘を吐いているとは思えないんだ」
大切な人を失ったという田中さんの声には、確かな感情が籠っていた。
多分それは、同じ思いをしたことがある僕だからこそわかるもので……これを言葉として八坂さんに説明することはできないのだろう。
ただ、それでも彼女は僕の言いたいことや決意を表情から読み取ってくれたようで、いつも通りに表情を変えないまま、口を開く。
「……朝倉くん。あなたも忘れてはないでしょう? あなたはこの一か月程度の間に二度も怪異と対面した。今回もまた、恐ろしい目に遭うかもしれないわよ?」
「うん……そんな気はしてる。でもほら、二度あることは三度あるって言うし、遭遇するのが遅いか早いかの違いでしょ?」
「……三度目の正直、ということわざもあるけどね。これまでの二回は無事に回避できたけど、今回もまた無事でいられる根拠なんてどこにもない。それを理解した上で、よくわからない相手のよくわからない事情に首を突っ込むっていうの?」
いつも通り、八坂さんは表情も声色もほとんど変えていない。ただ、彼女が僕の感情を読み取ってくれたように、僕にも彼女の感情が読み取れている。
僕の自惚れかもしれないが、八坂さんは僕のことをかなり心配してくれているようだ。
ファミリーレストランの怪異の時はすんなりと僕の提案を受け入れてくれた彼女がここまで念を押すということは、それなりに危険なのだろう。
その念の押しようが、八坂さんがどう思っているのかを僕に教えてくれている。
それでも……僕の意思は変わらなかった。
「うん、そのつもりだよ。これは田中さんのためだけじゃない。僕にとっても、意味がある行動だから」
「……そう。やっぱり、あなたはまだ――」
何かを言おうとした八坂さんは、その言葉の途中で口を噤んだ。
彼女が何を言おうとしていたかはわかっている。それを最後まで言わなかったのも、僕への気遣いが理由だろう。
これも自惚れかもしれないが……もしかしたら僕は、自分が思っている以上に八坂さんに心配してもらえているのかもしれない。
呪いが待ち受けている可能性が高い事情に首を突っ込むことではなく、それ以前に起きた事件からずっと親身になってくれている彼女に改めて感謝する中、小さく息を吐いた八坂さんが言った。
「……わかったわ。でも、二つ条件がある。その田中さんの話、私にも聞かせて」
「それはいいけど……八坂さんも同席するってこと?」
「いいえ。ただ話を聞くだけよ。田中さんとはどこかのお店で会うんでしょう? 私はその近くの席に座って、話を聞かせてもらうわ」
八坂さんの言う通り、田中さんとは僕が指定した喫茶店で会うことになっていた。
人目もある程度あり、僕の生活圏内ではないその店ならば、必要以上の個人情報が洩れることはないと踏んでのことだ。
そういったギリギリの警戒心はあるからこそ、八坂さんも譲歩してくれたのだろう。
見ず知らずの相手に顔や名前を知られるのが嫌だという彼女の気持ちも理解できる僕は、話し合いの場に同席せずに会話だけを聞くという八坂さんの条件を飲むことにした。
「わかったよ。それで、もう一つの条件は?」
「もしもその田中さんが朝倉くんに何かを渡そうとしても、絶対に受け取らないで。喫茶店の代金を支払うって相手が言っても、断固として拒否して自分の分は自分で払って」
二つ目の条件もまた、少し変わったものだった。
相手から何も受け取るな、恵みも受けるな……という八坂さんの言葉の裏には、どういう意味があるのだろうか?
そう考える僕へと、わずかに首を傾げながら上目遣いになった彼女が言う。
「朝倉くんは相手からの恩を忘れられないタイプの人間でしょう? 相手から何かしてもらったら、自分も何かしてあげなくちゃって考える。相手が詐欺師だった場合、二度目三度目のコンタクトを取ろうとする可能性があるわ。そういう時、負い目があると断りにくいでしょう?」
そういうことかと、八坂さんの出した二つ目の条件の意味を理解した僕が頷く。
僕以上に僕のことを理解しているというか、色々と気を遣わせてしまっていることに対して情けなさを感じながら、僕は彼女へと言った。
「そっちもわかった。気を付けるよ。それと、八坂さんを巻き込んじゃってごめん」
「気にしないで。私が好きでやってることだから」
視線を逸らしながらそう口にした八坂さんが、静かに息を吐く。
ここまで僕のことを気に掛けてくれる彼女に申し訳なさを感じながら……僕たちは約束の時間に指定した店に向かい、田中さんを待ち受けることにした。
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