第三の呪い「愛しているから」
①間違い電話
……いい加減に僕も気が付くべきだったのかもしれない。
タクシーのとファミリーレストラン、立て続けに遭遇した二つの呪いたちとの出会いは、偶然ではなかったのだろう。
普段は鈍いが大事なところだけは鋭い……八坂さんは僕をそう評したが、それはきっと間違いだ。
こんなに簡単で大事なことに気付けずにいたのだから。
いや……多分、その自己評価も間違っているのだと思う。
僕はずっと前から違和感に気付いていた。だけど、それを見て見ぬふりをして、気付いていないふりを続けていた。
理解したくなかった。そう思いたくはなかった。
何が原因でこれまで一切出会うことなんてなかった呪いに、怪異に、遭遇するようになってしまったのか……その答えに辿り着きたくなくて、無意識の内に目を逸らしていたのだろう。
だけど、現実は僕のそんなささやかな抵抗も許してはくれない。その事実に目を向けろと、そう言ってくる。
その答えに嫌というほどに向き合う日は、ある日唐突にやってきた。
……いや、やっぱりそれも間違いだ。予兆はずっと前からあった。
大学に進学してから定期的にくるようになった間違い電話。最愛の幼馴染からの最後のメッセージを受け取ったこのスマートフォンが、僕と彼とを結ぶきっかけになった。
同じ痛みを抱える僕たち二人の出会いは、GWが明けてから間もないある日のことだ――。
――PiPiPiPi……
「……またか」
夜九時頃、大学の課題を終わらせるべく机に向かっていた僕は、唐突に響いたスマホの着信音に顔を顰めながら呟いた。
画面を確認すれば、なんだかもう見慣れた気がする電話番号が表示されていて、それを目にした僕は盛大なため息を吐く。
大学に進学してから暫くして、突然にかかるようになってきた間違い電話……それが、今日もまたかかってきた。
時間は毎回今日と同じ夜九時過ぎで、相手も酔っ払った男性。内容も毎回モモちゃんなる人物を呼び、店に出勤しているかどうかを確認するというものだ。
多分、これで三度目。ペース的には一、二週間に一回の頻度でかかってきている。
これまでの二回は注意で流したが、流石にそろそろ僕も我慢の限界だ。
着信拒否してしまおうかとも思ったが、その前に文句の一つや二つくらい言わせてもらわないと気が済まない。
だから、これで最後だと思いながら僕はその着信に応え、スマートフォンを手に取った。
画面をスワイプし、通話モードに切り替えながら、僕は不機嫌さをにじませた声で電話の相手へと言う。
「……もしもし?」
この後、酔っ払った男性がモモちゃんだのなんだのと言うのがお決まりのパターンだ。
間違いを指摘した後、電話を切られる前にビシッと言ってやろうとしたのだが……今回の電話は、以前の二回とは大きく違っていた。
『あ、えっと、その……もしもし? 私の声、聞こえてますでしょうか……?』
電話の向こう側から聞こえてきたのはいつもの浮かれた声ではなく、どこかおどおどとしている男性の声だ。
声のトーンやテンションこそ違うが、その声は間違いなく以前に聞いた間違い電話の主のもので……普段とは違うその声に驚いた僕が面食らう中、相手が話を続ける。
『あの、本当にすいません。私、都内で会社員をやってます、田中っていいます。えっと、その……』
田中、と名乗った電話の相手は、そこから何を話すべきか迷っているようだ。
その態度に違和感を覚えつつも何かがあると考えた僕は、ひとまずいつも通りの返事をしてみることにする。
「……すいません。間違ってますよ」
『あっ! ち、違うんだ! 間違っていることはわかってるんだけど、今日は間違いじゃないというか……えっと、どう説明すれば……!?』
僕の言葉に驚いた彼は、言いたいことがあるようだが何から話せばいいのかわからずにいるように思えた。
不信感よりもどうして田中と名乗った彼はこんなにもしどろもどろになっているのかと僕が思う中、一呼吸おいて落ち着いた彼が言う。
『えっと、すまない。変な質問なんだが、良ければ答えてほしい。その、君はこの電話番号をどれくらい使っている? 最近、スマートフォンを買い替えたりしたかい?』
「スマホを? いいえ、そんなことはありませんし、この電話番号もずっと前から使ってますが……」
『そう、か……もう一つ、すまない。君にはキャバクラみたいな夜の店で働いている恋人とかはいないよね?』
「いませんよ。何なんですか、これ?」
思わずその質問に正直に答えてしまった後、どうしてこんな話をしているのかと自分で自分にツッコミを入れる。
少しだけ自分への怒りでイラついた僕が忌々し気にそういえば、田中さんはこう答えてみせた。
『……こんな話、信じてもらえるとは思ってない。だけど、全部本当のことなんだ。過去二回、君に間違い電話を掛けた時、私は電話番号を間違っていなかった。だけど何故か、君に繋がってしまっていたんだ』
「は……? あの、いったい何を言ってるんですか?」
「いや、本当に申し訳ない。自分でも何を話しているのかわからないんだ。君が理解できなくて当たり前だろう。本当に申し訳ない……」
非常に参ったような声でそう呻く相手の姿が、目に浮かぶようだ。
混乱し、困惑し、パニックになった状態で必死に言葉を紡ごうとしている田中さんの姿が、僕には簡単に想像できた。
ただ、彼が酔っ払ってこんなことを話しているわけではないというのは雰囲気から感じ取れる。
電話の向こう側から伝わってくる、彼の本気の混乱と戸惑いに眉をひそめていた僕は、続いて聞こえてきた言葉に声を飲んだ。
『……すまない。自分で言うのも変な話だが、私も混乱しているのだと思う。ほんの少し前に、大切な人の死を知ったばかりだから……』
「えっ……!?」
大切な人の死……他人事とは思えないその言葉に、僕の心がすっと冷える。
息を飲み、言葉を失った僕が押し黙る中、田中さんはこう続けた。
『信じてもらえないとは思うが、私は今まで、その人に電話をかけていたはずだったんだ。だが、あの二回だけ……何故か君のスマートフォンに通話がつながった。私が酔ってミスをしたわけじゃない。本当に何故か、君に電話がつながってしまったんだ』
「……僕が、あなたの大切な人の死に関係していると、そう思って探っているんですか?」
『そうじゃない! そうじゃないんだ! ただ、私は……知りたいだけなんだ! 彼女が私に何かを伝えようとしてくれていたのなら、それを知りたいだけなんだよ!』
そう必死で訴えかけてくる田中さんの言葉を、僕は自分でも驚くくらいに冷静に聞いていた。
ぜぇ、はぁ……と、荒い呼吸を繰り返した後で大きくため息を吐いた田中さんは、一気にトーンダウンした声で僕へと言う。
『すまない……本当にショッキングなことが立て続けに起こって、自分でも混乱しているんだ。何をどう話せばいいのか、わからなくって――』
「……今、無理に話す必要はありません。そうしようと思っても無駄でしょう。僕も、その気持ちはわかりますから」
『えっ……?』
大切な人を失い、その人が生前に何を考えていたのかが知りたくて必死になる……その気持ちを聞いた僕は、田中さんのことを他人とは思えなくなっていた。
息を吸い、吐いた後、僕は淡々とした声で彼へと言う。
「……明日の夕方、予定を空けられますか? 会って、話をしましょう」
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