4月28日(木)②
(意外と暇なんだな、深夜のファミレスのホールスタッフって……)
数時間後、ある程度仕事に慣れた僕は、お客さんたちの邪魔にならない位置で待機しながらそんなことを思っていた。
現在時刻は夜の十時。お店の中には、お客さんがまばらにいる程度だ。
特にやることもなく、お客さんに見られても恥ずかしく思われないことを意識しながらドリンクバー横のスペースで待機していた僕は、店の中で唯一動いている八坂さんへと視線を向ける。
今しがた帰ったお客さんたちが使っていた席を片付け、テーブルを拭いて綺麗にしている彼女を見つめていると、ひょっこりと顔を出した六郎丸先輩が声をかけてきた。
「いや~……! わかるよ、朝倉ちゃん。一生懸命に働く愛しい彼女の姿、ず~っと見ていたくなっちゃうよな~!」
「あの、先輩? 何度も言ってますけど、僕と八坂さんは付き合ってないです」
「いやいや、恥ずかしがるなって! それにほら、こっちに突き出されてるあのデカいケツ、男なら誰だってガン見したくなっちゃうっしょ?」
「……先輩、流石にその発言はライン越えですよ?」
「おっ、おうふ……! ご、ごめんね? ほら、その、先輩として、かわいい後輩カップルをからかいたくなっちゃったっていうか、ガチで八坂ちゃんをそういう目で見てるわけじゃないからさ。そこはマジで安心して? あと、嫌な気持ちにさせてごめんね」
ちょっと怒りながら先輩の発言を咎めれば、彼は小さくなってぺこぺこと僕に頭を下げ始めた。
面倒くさかったり胡散臭かったりデリカシーがないところはあるけど、本当に悪い人じゃあないんだよな……と、知り合って間もないながらも六郎丸先輩の悪気のなさを理解している僕がため息を吐く中、少しだけ真面目になった彼が話題を切り替えつつ、言う。
「ガチ目に話すとさ、やっぱ暇だよね? ぼーっとする時間が長いから、つい動いているものを目で追っちゃう……みたいな?」
「そうですね。まさかお客さんを見つめ続けるわけにもいかないですし、一緒に働く仲間とか、あとはあれを見ちゃいますかね」
『お待たせいたしました! お料理をお届けに参りました! 楽しい食事の時間をお過ごしくださいワン!』
そう言いながら僕が目を向けたのは、ここ数年で普及した配膳ロボットだ。
少しだけ犬っぽい意匠を組み込み、可愛らしく仕上げられたそのロボットは、今まさにお客さんに料理を届けているところだった。
「あれさ、実は注文から料理が届くまで時間がかかり過ぎると、台詞が変わるんだぜ。謝罪の言葉が入って、語尾のワンが抜けんの」
「へぇ~……! 面白いですね」
まあ、滅多にないんだけどさ、という六郎丸先輩の言葉を耳にしながら、改めてファミレス内を見回す。
こうして見て見ると、一生懸命に働く配膳ロボットもそうだが、他にも僕が子供だった頃とは色んな部分が様変わりしているなと思った。
昔は呼び鈴を押して店員さんを呼び、注文を伝えていたが、今は各席に設置されたタッチパネルで注文するのが主流になっている。
会計に関してもお客さんがセルフで会計を行う形になっているし、電子マネーを使って席のタッチパネルで会計を済ませてしまう人も少なくない。
料理を運ぶのもロボットだし、お客さんが来店した時も「いらっしゃいませ! 空いているお好きな席へどうぞ!」で案内はおしまい。
あとはせいぜい、八坂さんがやっているような使い終わった後の席の片付けや、機械化についていけないお年寄りのお客さんへの対応程度が僕たちホールスタッフの仕事だ。
そのことについて六郎丸先輩に話してみると、彼は苦笑しながらこう答えてくれた。
「やっぱ感染症対策が影響してるんじゃね? 密を避けるとか、そういう話で持ち切りだったじゃん」
確かにその通りだ。こういった人との接触を防ぐための設備の普及は、数年前に起きた感染症への対策が影響していると僕は思う。
今は多少落ち着いたが、あの頃は席と席の間に飛沫感染を防ぐためのアクリルプレートが置かれていたし、タッチパネルでの注文や配膳ロボット、セルフレジの導入も極力人間同士の会話を防ぐために行われたことだ。
そのおかげで僕はこうして暇しているわけだが、改めて考えてみるとやはりおかしい。
こんなに暇で、ぼーっとしている時間が少なくないわけではないのに、時給が五千円。こんな高い給料を貰うような仕事だとは思えない。
六郎丸先輩はそのことについてどう思っているか聞こうとしたのだが、多分彼は何も考えていないだろうから止めた。
でもやっぱりおかしいなと、八坂さんが暇になったら話をしてみようかと僕が考えていたところで、キッチンから細川さんが顔を覗かせて、六郎丸先輩へと言う。
「六郎丸くん。ハンバーグセットが出来上がったから、39番席に持って行ってもらえる?」
「あ、うっす! 了解っす!」
「えっ? 配膳ロボット、使わないんですか?」
ロボットを使わず、わざわざ人の手で料理を運んでくれという指示をおかしく思った僕がその疑問を言葉にすれば、細川さんは一瞬怪訝そうな表情を浮かべた後、険しい顔をしながら六郎丸先輩に向けて口を開く。
「六郎丸くん……もしかして君、あのことを伝えてないの?」
「あっ……!? す、すいません! 忘れてました!」
「ちょっと頼むよ! 本当に大事なことなんだからさ!」
「あの、あのことってなんですか? 配膳ロボットを使わないことと、何か関係が?」
ここまで優しく振る舞っていた細川さんが、六郎丸先輩のこのミスに関してはかなりきつめに注意をしている。
六郎丸先輩に対して怒っているというのもそうだが、何か焦っている様子も見受けられる細川さんに改めて質問すれば、彼は申し訳なさそうな顔をした後で僕にこう言ってきた。
「あの~、朝倉くん。あそこの隅っこの席、わかる?」
「あ、はい。40番席でしたよね?」
「あそこの席の近くには、絶対に配膳ロボットを近付けさせないで。これが、挨拶の時に言った注意事項ね」
「えっ……?」
少し特殊なその注意事項を聞いた僕は、どうしてそんなルールがあるのかと疑問を抱いた。
そんな僕へと、焦った様子の六郎丸先輩が説明する。
「なんか、あの席の近くに変な電波か磁気が出てるのみたいでさ、ロボットが近付くと誤作動を起こしちゃうんだって。俺は見てないけど、それで一台ダメになったらしいよ」
「あのロボット、普通に高いんだよ。そんなうっかりミスで壊されちゃったら、店としてはたまったもんじゃないからさ。注意してもらいたいんだ」
「そう、なんですか。わかりました……」
説明を受けた僕は、一応納得こそしたものの……やはり違和感が残った。
この店の隅にある、40番席。そこにロボットを近付けてはいけないというこの注意事項が、どうしても引っかかる。
そんな僕の胸中を察したのか、細川さんはこちらを見つめながら念を押すようにしてこう言ってきた。
「頼むよ、朝倉くん。これさえ守ってくれれば、何も問題は起きないからさ」
「……はい」
何かがある。そう思わせるに十分な細川さんの態度を目の当たりにしつつも、僕は彼の言葉に頷いた。
六郎丸先輩もそうだが、この人も悪い人じゃない。心の底から何事も起きないことを望んでいるからこそ、この謎の注意事項を守らせようとしているのだろう。
ここまで細川さんを警戒させる理由はなんなのか? この注意事項を破った時、何が起きるのか?
疑問は残る。だが……無理に聞き出すことも、原因を究明する必要もない。
この日は様々な疑問を抱えることになったが、仕事自体は問題なく終えることができた。
ただやはり、抱えた疑問が生み出す不安や不可解さは時間が経つごとに膨れ上がっていき、異様に高い時給の件も相まって、僕は早くもこのアルバイトに不信感を募らせつつあった。
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