⑥翌朝のニュース
『トラックに轢かれ、男性死亡。酔っぱらっての奇行か?』
昨日の夜、○○区で歩行者の男性がトラックにはねられる事件がありました。
警察はトラックの運転手である48歳の男性を逮捕し、詳しく話を聞いています。
被害に遭ったのは都内在住の大学生、片山拓也さん(21歳)で、搬送先の病院で死亡が確認されました。
ドライブレコーダーの記録や事故を目撃した人たちからの証言によれば、片山さんが急にトラックの前に飛び出し、轢かれたとのことです。
運転手である男性も同様の証言をしていることや、片山さんの体内からアルコールが検出されたこともあり、警察は片山さんが酔っ払って奇行に走ったとの方針で捜査を進めています。
歓迎会も多く開かれるこの時期には、同様の事件が多発しており、警察、病院双方がこういった事件に対して注意を払うよう、警戒を呼び掛けて――
「朝倉。お前、聞いたか?」
「片山先輩がトラックに轢かれた話だろう? 僕もさっき、ネットの記事で見たよ」
大学の講義が終わった後、慌てた様子で声をかけてきた同級生の男子に僕はそう答えていた。
自分でも驚くくらいに冷静な態度を取る僕に対して、その男子は難しい表情を浮かべながら言う。
「驚いたよな……昨日、いつの間にか姿が見えなくなったと思ったら、こんなことになってただなんてさ。本当、びっくりしちまったよ」
「……僕もだよ。まさか、こんな事件が起きるだなんて……」
片山先輩が轢かれたのは、歓迎会を開いていた店のすぐ近くの道路だったらしい。
ネットの記事にも書いてあった通り、唐突にトラックの前に飛び出したとのことだった。
「でもさ、変なんだよな。先輩がそこまで酔っ払ってたりしたら、絶対に誰かが気付くだろうし……あのコンパに参加していた全員が、店を出ていく先輩の姿を見てないんだよ」
同級生のその言葉に、僕がわずかに息を飲む。
大半の人たちは酒に酔った先輩が店を飛び出し、結果事故に遭ったと考えているようだが……そうじゃない人間もいるようだ。
僕もその一人で、帰りのタクシーで見たあの夢は夢なんかじゃないとそう思っている。
ミイラ化した蒲生加奈子さんの指し示られ、恐慌状態に陥った片山がタクシーの外へと飛び出していく姿を思い返した僕は、彼がその直後に事故に遭ったのだと確信していた。
証拠なんてなにもない。だが……去り際の蒲生さんの言葉と、彼の笑みがどうしたって忘れられないでいる。
何より、確かに感じた内臓が凍るくらいの寒気が夢なんかじゃないと思っている僕が押し黙る中、周囲を見回した同級生がひそひそ声でこんな話をしてきた。
「あのさ……お前は途中で帰っちゃったから知らないだろうけど、あの飲み会でもう一つ事件が起きてたんだよ」
「事件……? いったい、何が……?」
「片山先輩と仲がいい男の先輩たちがさ、急に泡を噴いて倒れちまったんだ」
「えっ……!?」
交通事故の裏で起きていた、もう一つの事件について聞いた僕は、大きく目を見開いて驚きを露にした。
そんな僕に対して、同級生は首を傾げながら話を続ける。
「マジでビビったよ。ホント、何の前触れもなく苦しみだして、ぶっ倒れちまったからさ。最初はアルコール中毒か何かかと思ったんだけど、なんか違うらしくってさ……」
「違うって、どういうこと?」
「あくまでうわさだけど……片山先輩たち、ああいう飲み会であくどいことしてたらしいぜ? お気に入りの女子を見つけたら、強い酒とか薬を使って酔い潰して、そのままお持ち帰りしちまうんだとさ。それに使う薬をうっかり自分の飲み物に混ぜて、飲んじまったんじゃないかって話だ」
……これは、偶然なのだろうか? これまで悪行を重ねていた片山と、その仲間であった男たちが同時に不可解な事件の被害に遭うというのは、ただの偶然か?
違うと、僕の中の何かが言っていた。彼らは皆、己の罪の報いを受けさせられたのだと……根拠はないが、そう確信して背筋に寒い何かを伝わせる僕に対して、同級生が言う。
「そうだ、お前に聞きたいことがあったんだ。お前、いつの間にか帰っちゃってたよな? どうしてだ?」
「えっ? あ、ああ、実は――」
唐突な質問を受け、驚きながらも事情を説明しようとした僕であったが……昨晩のことをどう説明すべきかがわからず、言葉を詰まらせてしまう。
もしかして、片山がはねられた事件との関与を疑われているのではないか? と僕が焦りを抱く中、静かな女性の声が響いた。
「朝倉くん」
「あっ、八坂さん……!」
自分を呼ぶ声に振り向けば、そこには八坂さんが立っていた。
緩く微笑みを浮かべる彼女は、僕に一歩近づくと共に言う。
「昨日はごめんなさい。よく覚えてないんだけど、朝倉くんが介抱してくれたのよね?」
「ああ、うん……一応、そうなるのかな……?」
「ありがとう、助かったわ。良ければお礼をしたいんだけど……この後、時間ある?」
「い、いや、別に――」
そんなこと気にしないでほしいと言おうとした僕であったが、同級生の男子に背中を押されてその言葉を強引に中断させられてしまった。
ニヤニヤと笑う彼は先の質問の答えを勝手に理解し、納得したのか、その笑みで「頑張れよ」と僕に伝えてくる。
「ふふふ……! 沈黙は肯定、ってことで……じゃあ、行きましょうか」
「えっ……!?」
楽しそうに微笑む八坂さんが、するりと僕の手を掴む。
緩く握られた手を引かれ、同級生たちに見守られながら教室の、大学の外へと連れ出された僕は、どう反応すればいいかわからずにあーだのうーだの唸り続けていた。
「……ちょっと強引だったかしら? あなたが困っていたから連れ出したのだけれど、逆に目立っちゃったわね」
「あっ……!?」
大通りに出て、ある程度落ち着いたところで僕の手を放した八坂さんが静かに言う。
物静かではあるが、感情が籠っているその声と昨晩の蒲生さんの声を比較した僕が勝手に安堵する中、横を歩く彼女は話を続けていった。
「昨日は驚いたわ。目を覚ましたら、朝倉くんの家にいるんだもの」
「ご、ごめん。どうするのがベストかわからなくって、つい……」
「謝らないで。あのままお店にいたらどうなってたかわからないし……あなたも聞いたでしょう? 片山先輩の黒いうわさ……」
「……うん」
八坂さんには、昨晩の歓迎会で何があったかの記憶はあるのだろう。
その後、タクシーの中で何があったのかを彼女は覚えているのだろうか?
もしも、八坂さんが何かを覚えていたら……僕が見た夢が、本当に夢だったかどうかがわかるかもしれない。
意を決し、そのことを彼女へと尋ねようとした瞬間、僕のすぐ近くでクラクションの音が響いた。
「えっ……!?」
驚いてその音の方を向いた僕は、すぐ傍に見覚えのある車が止まっていることに気付き、目を見開く。
静かにウインドウを下ろして、運転席から顔を出したのは……そのタクシーの運転手である、蒲生さんだった。
「……どうも。昨日ぶりですね、お客さん」
そう、淡々とした口調で語りながら笑みを見せる蒲生さんであったが、その笑みを見ていた僕は底冷えするような感覚に襲われていた。
昨晩、確かに感じたあの寒気を思い返すような笑みを浮かべる彼は、そのままタクシーの後部座席のドアを開けると共に僕たちへと言う。
「……乗っていきませんか? お代は結構です。多分、あなたたちが……私の最後のお客さんになるでしょうから」
そう語る蒲生さんの笑みに、少しだけ寂しさが宿った。
それまで恐ろしさを感じていた僕であったが、その笑みを見た瞬間にわずかに胸の中にある恐怖が和らいだことを感じる。
乗った方がいい……そう、直感的に思った。
視線を八坂さんに向けてみれば、彼女も特に問題はないといった様子で僕に頷き返してくれて、そんな彼女に感謝しながら僕は蒲生さんへと答える。
「じゃあ、お願いします。行き先は……昨日と同じ場所で」
「……かしこまりました」
優しく、静かに微笑みながら、蒲生さんが頷く。
開いたドアからタクシーへと乗り込んだ僕たちは、車を走らせる彼を後部座席から見つめながら話を聞いていった。
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