③呪いと愛
「ふざけんな。ふざけんなふざけんなふざけんなっ!!」
放課後、誰もいなくなった教室の中で、俺は屈辱に震えていた。
呪いから逃れ、幸せそうに四宮と過ごす新一の姿を見せつけられた俺は、湧き上がる怒りと憎しみに狂いそうになっている。
何も問題はなかったはずだ。今まで通り、強く念じて新一の不幸を願った。
それでいつもは上手くいっていた、問題なかった。なのに、どうして今回だけ失敗したんだと考えたところで、少し前に八坂小夜から言われた言葉がフラッシュバックする。
『……もう、誰かを呪ったりしない方がいいわ。あなたの願いは叶うけど、あなたの思い通りにはならないから』
「願いは叶うけど、思い通りにならない……まさか、このことを……!?」
新一を呪い、奴の家を火事にするという願いは叶った。
しかし、新一は死なず、この事件を切っ掛けに四宮とより親密な関係になりつつある。
八坂に言われた通りだ。俺が思い描いた、四宮が不幸になる未来は訪れなかった。それどころか、あいつにかけた呪いも解かれつつある。
まさか、八坂はこうなることを予知していたというのだろうか? 俺の呪いが失敗するということを、知っていた?
そもそもどうしてあいつは俺の力を知っている? なんでだ? どうしてだ?
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
頭の中で疑問が渦巻く。同じ悩みが、迷いが、終わることなくループし続ける。
混乱に、絶望に、苦しみに、屈辱に……俺は吠えた。ここが学校であることも忘れ、大声で叫んだ。
そして……今、自分が何をすべきかを理解し、顔を上げる。
「……関係、あるか。そうだ、何もまだ終わっちゃいない。一度の失敗がなんだっていうんだ……!」
確かに俺は失敗した。新一を殺せなかった。しかし……それがなんだ?
新一は生きているが、俺も生きている。だったら、また呪えばいい。あいつが死ぬまで呪い続ければいいだけの話だ。
俺は選ばれた人間だ。他とは違う特別な存在だ。だから、他人を自由にできる特権がある。
この呪いの力がある限り、最後に笑うのは俺なんだ。
「新一は、殺す……! いや、殺すなんて生温い。死ぬよりもつらい目に遭わせて、生き地獄を味わわせてやる……!!」
皮肉なことに、一度呪いを失敗したおかげで、新一への憎しみは十分過ぎるくらいに高まっている。
一瞬で楽に死なせるような呪いはかけない。方法なんてなんだっていい。あいつが一生苦しみに喘ぐような、そんな呪いをかけてやる。
怒りを、憎しみを、嫉妬を、持ち合わせる負の感情全てを注ぎ込んだ俺は、心の中で強く念じた。
『新一が、一生苦しみ続けますように』……そう、人生で最大の呪いをかけた俺が目を閉じながらほくそ笑んだ、その時だった。
「……やっぱり、そうだ」
「え……?」
静かな……とても静かな声が、教室に響いた。
その声に驚いて目を開けた俺は、教室の入り口に立つ四宮まひるの姿を捉え、息を飲む。
新一を呪う姿を、まさか四宮に見られるだなんて……と、焦る俺であったが、別に慌てる必要なんてないことに気が付いた。
呪いなんてものの証明ができるはずがない。仮にここで俺が新一に対する呪詛を呟いていたとしても、そしてこの後で奴の身に不幸が降りかかったとしても、誰も何の因果関係を証明することもできないのだから。
そう、自分に言い聞かせて、俺は落ち着こうとした。
しかし……俺のことを見つめる四宮の姿を目にして、ゾワリとした寒気を覚え、緊張に心臓の鼓動を跳ね上げてしまう。
「な、なんだよ? 俺に何か用があるのか?」
「やっぱり、そうだったんだ。あなたが、あなたは……」
精一杯の虚勢を張りながら声をかけても、四宮は俺の声なんてまるで耳に入っていないように何かを呟いているだけだ。
ただ、確かにその両目は俺を捉えていて……自分が見られていると再認識した俺の背筋に、氷のように冷たい何かが走る。
「……大丈夫。もう、私はいいの。だから、だから……ね」
「ま、待て。なんだ、なんだよ? 来るなって! おいっ!!」
ぶつぶつとうわ言を呟きながら、それでいてその両目に俺を捉え続けながら、四宮が近付いてくる。
狂気に満ちたその姿に、浮かべている笑みに、心臓を鷲掴みにされたような恐怖を感じた俺は、四宮の手に大きな裁ち挟が握られている様を見て、震え上がった。
「くっ、来るなっ! 来ないでくれっ! やめろっ! だ、誰かっ! 助け――っ!!」
膨れ上がった恐怖が爆発を起こし、俺はパニックになる。
半狂乱になって叫び、助けを求めるも、四宮はそんな俺の反応に一切動じることなく距離を詰めてきた。
「幸せだったよ……心の底から、本心から、そう思えるのは、あなたが居てくれたからだよ……」
「ひぃ……ひぃぃぃ……」
ゆっくりと、四宮が鋏を振り上げる。その動きに合わせて、前髪に隠れていた顔の半分が露わになる。
俺がかけた呪いによって刻まれた、グロテスクな傷。焼けているような、抉られているような、もう消えることだけはないんだろうなと一目でわかる大きなその傷を歪ませながら、四宮が笑う。
「大好きだよ。誰よりも愛してる。だからね、新一くん。だから、ね――」
四宮は俺を見ていた。その瞳の中に俺の姿を映していた。
恐怖で立つこともできず、壁に背を預けてへたり込んだままの情けない自分自身の姿をそこでようやく目にした俺は、絞り出すように息を吐きながら目の前の狂気を見やる。
目の前にいるそれは、四宮まひるではなかった。
彼女の形をした、狂気の塊だった。
その狂気の塊が、何よりも恐ろしい存在が、無機質に俺を見つめながら握り締めた鋏を振り下ろす。
その瞬間、俺は確かに聞いたのだ。絶望と恐怖に満ちた俺の悲鳴が響く寸前、裁ち鋏が血に塗れるその直前に、四宮まひるの形をした狂気が発した言葉を。
俺が最期に聞いた彼女の言葉は、ここにはいない愛する男に向けてのものだった。
ただ淡々と、まるで読み終えた本を閉じるような気軽さで、俺に向けて鋏を振り下ろしながら……四宮まひるは、狂った笑みを浮かべて言っていた。
「アなタは、私ガ守ルかラ」
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