②四宮まひる

「まひる! まひるじゃん!!」


「あ、うん……その、久しぶり」


 その日の朝、教室はにわかに騒ぎ立っていた。

 本当に久しぶりに、四宮まひるが登校してきたからだ。


 四宮と仲が良かった女子たちは、泣いてるんだか笑っているんだかわからない顔になってあいつを囲んだ。

 そんな女子たちに対して、四宮はぎこちない笑みを浮かべている。


 前髪で顔の傷を隠している四宮のことを気遣いながらも、女子たちは久しぶりに会えた彼女へと次々に質問を投げかけていった。


「もう大丈夫なの? 色々あったって聞いたけど……」


「うん、なんとかね。いつまでも引き籠ってるわけにはいかないから」


「無理してない? 私たちにできることがあったら、なんでも言ってね」


「ありがとう。本当にありがとうね……」


 そういうふうに、お涙ちょうだいのやり取りを繰り広げる女子たちのことを、俺は冷めた目で見ていた。

 折角呪ったっていうのに、四宮が思い通りにならないことに苛立つ俺の耳に、さらに腹の立つ話が聞こえてくる。


「こんなこと聞くのはあれかもしれないけどさ……どうして今日、学校に来ようと思えたの?」


 核心に踏み入るような女子の質問に、一瞬教室が静まり返った。

 その質問に対して、四宮は顔を少しだけ赤らめると……こう答える。


「新一くんが励ましてくれたから……頑張ろうって思えたんだ」


 小さかったが、その声は静まり返った教室によく響いた。

 四宮の答えに一気にクラスメイトたちが湧き立ち、これまで話に参加していなかった連中までもが加わりつつ、口々にこんなことを言い始める。


「そっか、やっぱりあいつか~! いい奴だもんな!」


「持つべきものは幼馴染ってことだね! うんうん、良かった!」


「新一の奴も色々頑張ってたし、四宮さんが元気になって喜んでるだろうな! 後でからかいに行ってやろう!」


「良かったね、まひる。本当に良かった……!!」


 ……そうやって騒ぐ連中が言う、ってやつのことは俺も少しだけ知ってる。

 隣のクラスの奴で、四宮の幼馴染で……四宮が好きな男子だって話だ。


 父親を早くに亡くし、母親と兄弟と支え合いながら暮らしてて、しかも成績優秀で非の打ち所がないいい奴らしい。

 本当に……腹が立つ。そんな奴のこと、好きになれるわけがない。


 その新一さえいなければ、俺が四宮と付き合えていた。あいつさえいなければ、四宮が立ち直ることだってなかった。

 本気で邪魔だ、その新一って奴が。憎い、腹立たしい、死ねばいい。消えてしまえばいいと思う。


 ……だから、消すことにした。いつも通り、呪いの力を使って。

 俺は今まで、他人を呪って傷付けることはあっても、殺しまではしなかった。だが、それも今日で終わりだ。


 生まれて初めて、俺は人を呪い殺す。だったら、思いっきり派手にやってしまおう。

 新一も、あいつが大事に想っているであろう家族も、一緒に殺す……その方法を頭の中で思い浮かべ、心の底からの憎しみを奴に送り、そして――!


―――――――――――――――



―――――――――――――――


「キヒヒヒヒヒッ! クハッ! クハハハハハハッ!!」


 ――数日後、俺は人気のない夜道を歩きながら、声を殺して笑っていた。

 その背後では大きな炎が燃え盛り、おんぼろアパートを焼き尽くしている。


 あのアパートは、新一が住んでいる場所だ。集まっている野次馬によれば、中の連中の生存は絶望的らしい。

 また思い通りになった。俺の望み通り、新一とその家族を焼き殺してやるという呪いが天に届いたんだ。


「ざまあみろ。調子に乗るからこうなるんだ……!!」


 顔が良くて、性格も良くて、勉強もスポーツも万能で、女にモテるからってなんだ。そんなことで調子に乗るな。

 俺にはこの力がある。人を呪えるこの力さえあれば、どんな奴だってこんなふうに殺すことができる。


 自分を支えてくれた恩人を、好きな相手を喪った四宮は、これで一層絶望することになる。

 一度這い上がれる希望を見せてから再び絶望に蹴り落されたら、もう二度と立ち上がることなんてできないだろう。


 でも、まだだ。まだまだだ。俺が味わった絶望はこんなものじゃない。

 もっと、もっともっともっと……あいつに教えてやる。俺がお前のせいで、どんなに苦しんだかを。


 とりあえず、明日の学校が楽しみだ。四宮はまた引き籠るだろうが、一緒になって騒いでたクラスメイトたちの沈んだ顔を見れる。

 期待に胸を躍らせながら、俺は燃えるアパートを背に、自宅へと帰っていった。

 明日はきっと、最高の一日になる。そんな確信を抱いていた俺だったが、翌日登校した俺の目の前に広がったのは、予想だにしなかった光景だった。






「本当に良かった……! マジで、話を聞いた時は心臓が止まるかと思ったぜ」


「ご自宅が燃えちゃったのは残念だけど、命あっての物種よね」


「新一が無事で本っ当に良かったよ!」


(嘘だろ……? なんであいつ、生きてるんだよ!?)


 翌朝、登校した俺は、クラスで昨晩の火事が話題になっていることを確認し、心の中でほくそ笑んだ。

 邪魔な新一が死んだことを再確認し、これで四宮が一層絶望すると思った俺だが……その耳に、信じられない話が聞こえてくる。


「でも、死者が出なくて良かったわね」


「本当にね。確か、緊急で設備点検の業者を入れるとかで、アパートの人たち全員が出払ってたんでしょ?」


「は……?」


 死者が、ゼロ? あのアパートには、誰もいなかった?

 聞こえてきた女子たちの会話に居ても立っても居られなくなった俺は、隣のクラスへと向かい……扉越しに中を確認する。


 そうすれば、多くのクラスメイトたちに囲まれている新一の姿が目に入り、あり得ない現実に俺はハッと息を飲んだ。


「色々と運が良かったよ。実は、あのアパートから引っ越すことになっててさ、荷物もほとんど運び終わってたんだ。昨日は家族で一緒に外食してたから、帰って家が燃えてる時は本当にびっくりしたよ」


「びっくりしたのはこっちだって! 今朝、ニュースを見て、目玉が飛び出たっつーの!」


「それで新一くんは大丈夫かって話をしてたら、その本人が普通に登校してくるんだもん。幽霊が出たかと思ったわよ」


「あはは、ごめんごめん。でも、ニュースを見たら犠牲者は出なかったって報道も見たんじゃないの?」


「こっちの身にもなれよ! クラスメイトの家が大火事になったって話を聞いたら、冷静になんかなれねえよ!! ったく、お前はそういうとぼけたところがあるよなぁ……!!」


 ははは、と新一を含む隣のクラスの連中の笑い声が響く。

 その光景を茫然としながら見つめていた俺は、扉を一枚隔てただけの距離にある教室が、途方もなく遠くにあるように感じられていた。


(なんでだよ……? どうして、呪いの通りに死なねえんだよ!?)


 俺の呪いは絶対だ。今まで、失敗したことなんてない。

 気に食わない教師も、クラスメイトも、コンビニの店長も、四宮まひるだって……全員、俺が呪った通りに不幸に見舞われた。


 それなのにどうして、新一は死なない? あいつもあいつの家族も、呪いを回避できた?

 初めての失敗……それも、殺すつもりで本気で呪った相手を呪殺できなかったという大きな失敗に、俺の心がぐらぐらと激しく揺れる。


 ただただ愕然としながら立ち尽くしていた俺は、視線の先にいる新一へと一人の女子が駆け寄っていく様を目にして、瞳を大きく見開いた。


「新一くんっ!」


「まっ、まひる!? えっ、ちょっ……!?」


 涙目になって、息を切らして教室へと飛び込んできた四宮まひるが、新一の姿を見るや否や、勢いよく抱き着いた。

 クラスメイトたちの前で幼馴染に抱き着かれた新一があせる中、四宮は涙の滲んだ声で言う。


「良かった……! 本当に、良かった……!! 新一くんが死んじゃったんじゃないかって、心配で心配で……!!」


「ご、ごめん……! 色々慌ただしくって、連絡できなかったんだ」


「ううん、いいの。新一くんが無事なら、生きていてくれれば、それでいい……!」


 ――反吐が出そうになるほどに、最悪の光景だった。


 告白した相手が、他の男に抱き着いて涙ながらにその無事を喜ぶ。それだけでも最悪なのに、それ以下の事実がそこにある。

 四宮も、新一も……目の前にいる相手のことを心の底から大切に思っていることが、わかってしまった。


 、ということなのだろう。吐き気を催すほどに陳腐で気色悪い言い方だが、それが一番合っている。

 折角、俺が呪ったのに。俺を振った四宮を絶望のどん底に叩き落してやったと思ったのに……新一のせいで、その呪いも効力を失ってしまった。


 認めたくない、絶対に認めたくないが……現実は、残酷な事実を俺に突き付けてくる。

 お前は新一に敗北したのだと……どこまでも冷たい現実は、俺にそう告げていた。

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