愛永久呪~アイトハノロイ~

烏丸英

始まりの呪い・「彼女は笑顔だった」

①夕陽辰彦

 ――俺は、人を呪うことができる。

 ただ恨み、憎むって意味じゃない。相手に不幸を与えることができる、正真正銘の呪いだ。


 この力に気付いたのは、中学一年生の時だった。

 担任のクソ教師がテスト中にちょっとカンニングをしただけの俺を、クラスの全員の前で怒鳴りつけやがった。


 おかげで俺はクラスメイトたちから笑われ、後ろ指をさされ、奇異の目で見られるようになった。

 誰も俺に近付かなくなって、遠巻きに接されるようになって……こうなったのも全部、あのクソ教師のせいだ。


 俺は本気であいつを憎んだ。不幸になれと心の底から呪った。

 クソ教師が交通事故に遭ったと聞いたのは、その数日後のことだ。


 ざまあみろと、俺に恥を掻かせたからこうなったんだと、大喜びした俺だったが……それから、似たようなことが何度も起きるようになった。


 俺に真っ赤なトマトジュースをぶっかけてきた同級生の男子を呪えば、そいつは他校の不良にボコられて血まみれになり、入院する羽目になった。

 たかだか数百円程度の商品を万引きしたことをネチネチと説教してきたコンビニの店長は、強盗に遭ってレジの金を丸々持っていかれた。

 他にもたくさん、俺に嫌な思いをさせた連中がそれ以上の不幸に見舞われたって例がある。


 全部ただの偶然だと思うかもしれないが、それは絶対に違う。

 何故なら、俺がこんなふうになれと思ったことが、呪った相手に実際に起きるからだ。


 俺は人を呪える。特別な力がある。だけどもちろん、この秘密を誰にも明かすつもりなんてない。

 言ったとしても誰も信じないだろうし、わざわざ明かす必要もないだろう。


 ただ……俺が持つ呪いの力に気付いた奴がいる。

 高校三年生の時に同じクラスになった、八坂小夜やつざか さよという女子がそれだ。


 とびきりの美人で、胸も大きくて、手も足もすらっとしてて……だけど、長い黒髪と血の色みたいな赤い目が不気味な、近付きにくい女子。

 ただ、それでもぼっちの俺とは違って人との付き合いはしっかりしてるみたいで、なんだかんだ友達も多いみたいだった。


 ある日のこと、その八坂小夜が教室で一人きりの俺に声をかけてきた。

 クラスどころか学校でも随一の美人に声をかけられたことに驚いた俺だが、それ以上に驚いたのはあいつの口から飛び出してきたその言葉だ。


 開口一番、八坂は俺にこう言ってきやがった。


「あなた、四宮さんを呪ったでしょ?」


 その言葉を聞いた瞬間、俺はぎょっとした。

 八坂が口にしたことに、覚えがあったからだ。


 四宮しのみやまひる……俺が少し前に呪った女の名前だ。

 明るくて、かわいくて、クラスの人気者。俺も少ししゃべったことがある、クラスメイトの女子。

 その四宮に、俺は告白した。そして……フラれた。


『ごめん。私、他に好きな人がいるから……』


 四宮にそう言われて断られた俺は、深く深く傷付き、絶望した。

 俺とあんなに楽しそうに話していたっていうのに、俺以外の男が好きだなんて、裏切り以外のなんでもない。


 だから……呪ったんだ。その恋が一生叶わなくなっちまえって。

 そうしたら四宮の奴、事故で顔に大きな傷ができちまった。

 自分の顔面に残るグロテスクなその傷を見た四宮は明るかった頃の面影が嘘みたいに暗くなって、家に引きこもるようになった……ってわけだ。


 心の底から、ざまあみろって思ったね。思わせぶりな態度で俺をその気にして、挙句に絶望のどん底に叩き落したからこうなったんだ。

 だけど、まだ甘い。俺が負った心の傷は、あいつの顔面の傷なんかよりももっと大きくて深いんだ。


 そう思っていた矢先に八坂にそんなことを言われた俺は、心臓がひっくり返るんじゃないかってくらいに驚いた。

 目を大きく見開いたまま、何を言えばいいのかわからずにいる俺に冷たい目線を向けながら、八坂が淡々とした口調で言う。


「……もう、誰かを呪ったりしない方がいいわ。あなたの願いは叶うけど、あなたの思い通りにはならないから」


「は……?」


「忠告はしたからね……夕陽辰彦ゆうひ たつひこくん。素直に聞き入れた方があなたのためよ」


 それだけ言って、八坂は俺から離れていった。

 一人残された俺は、完全に八坂が見えなくなってからようやく声を出す。


「な、なんだったんだ、あいつ……? どうして俺の力のことを……?」


 八坂が俺の呪いの力を知っていることは驚いた。どうしてあいつは、俺の秘密に気付いたんだろう?

 もしかして、あいつも俺と同じ力を持っているのか? 俺が知らないだけで、似たような力を持つ人間は大勢いるのかも……?


(……面白そうだな、それ。漫画みたいじゃん)


 そこまで考えた俺は、教室でニヤリと笑みを浮かべた。

 特別な呪いの力を持つ人間同士が出会い、物語が始まるだなんて、少年漫画の王道ストーリーみたいだ。


 ということは、俺が主人公でヒロインは八坂……ということになるのだろうか?

 あいつがヒロインなら申し分ない。本当はもっと愛嬌のある、俺のことが大好きな女子が良かったけど……まあ、合格点ってところだろう。


 忠告だか警告だか知らないが、俺はこの力を封印するつもりなんてない。

 これからも俺をムカつかせた奴をこの力で不幸にする。それが、特別な力を得た俺に許された特権ってやつだから。


 八坂と話をした後も、俺の意思は変わらなかった。

 そして……それから数日後、俺は次のターゲットを見つけることになる。

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