第14話 優花

 翌日の夕方、僕たちの家に初の来訪者が訪れた。


「初めまして三次優花です。よろしくお願いします」

「加賀美陽向です。よろしくお願いします」


 三次さんがお辞儀をするので、僕もそれに倣い、お辞儀をする。


 本当は今日は部屋から出るつもりはなかった。だが、葵に無理やり部屋から連れ出され、今こうして三次さんと向かい合って挨拶を交わしている。


 葵を太陽と例えるとするなら、三次さんは月。


 細く切れ長な目は凛としていて、涼し気な印象を与える。眼鏡の良く似合う知的な女性といったイメージだ。眼鏡はしていないけど。


「じゃあ優花、中に入ってー」

「ええ、お邪魔します」

「綺麗じゃないですがどうぞ」


 脱いだ靴をきちんと揃え、再度こちらに軽く会釈をして葵の後ろに付き、リビングへ向かう。行儀の良い女性といった印象を受けた。


 そして、僕は自室に戻る。


 ――――――――――――――――――――――


「んー、お腹空いたな」


 空腹で目が覚める。夕方なのに、いつの間にか寝てしまっていたらしい。


「買いに行くか」


 葵は三次さんが来ているから、どこか外食でも行くだろう。


 僕はコンビニでカップ麺でも買うためにエコバッグをキッチンまで取りに行くと、見慣れないエプロン姿の女性がキッチンに立っていた。


「あ、起きた?」


 声のする方へ視線を向けると、葵が食卓の椅子に腰掛けている。


「どういう状況?」


 理解はしている。しているつもりだ。三次さんがキッチンで料理を作ってくれていることは見ればわかる。だがなぜ、客である三次さんが料理を作っているのか。


「昨日、私の誕生日だったから、お祝いで晩ご飯作ってくれてるんだよー」

「なるほどね」

「いつ食べても優花の料理は美味しいよ」


 子供のような無邪気な笑みを僕たち二人に向ける。


「数回しか食べたことないでしょ」


 三次さんが呆れたように。


「そうだっけ?へへっ」


 下を少し出し、てへっと手を頭の後ろに回す。この一連のやり取りだけで、二人の雰囲気から仲の良さが直に伝わってくる。


「それじゃあ」


 そう二人に伝え、キッチンに収納されているコンパクトサイズのエコバッグをポケットにしまう。


「どこ行くの?」

「コンビニだけど。二人とも何かいる?」

「私はアイスで!」

「私もアイスお願いして良いですかね?」


 了解、と頷き扉のノブに手を伸ばすともう一度葵から声が届く。


「一応言っておくけど、ご飯は作ってくれてるからね!」

「え、僕の分もあるの?」

「あるに決まってるよ」

「ええ、作ってますよ」


 それは正直にありがたい。なら、コンビニ行くのが少し億劫だが……。


「ありがとう。それじゃあ、ちょっと行ってくるよ」


 まぁ、コンビニでお礼ぐらいはしないとな。


 ――――――――――――――――――――――


「ただいま」

「おかえりー」

「おかえりなさい」


 自宅へ戻り、エコバッグを食卓の上に置いて、中から自分用のガムを取り出す。


「あとは好きに食べて良いよ」

「わぁ、こんなに沢山買ってきてくれたの?」

「これからが女子会本番でしょ?」


 お泊まり会ということだから、これから夜が本番ということもあるだろう。なら、おつまみ的なお菓子などはあるに越したことはない。


「そうだけど……いくらだった?」

「お金なら要らないよ」

「でも、陽向くんに得がないよ……優花は晩ご飯作ってくれたからまだしも」


 僕は基本、他人には損得を基準にして判断する。三次さんはご飯を作ってくれたのだから、お返しをするのは僕の規則に沿った行動だと思う。


「僕が買いたかったから買ってきたんだよ」

「そっか」


 嬉しそうに、照れたような顔で僕を見つめる。


「陽向くん、キャバクラ嬢とかにお金貢ぎすぎないように注意しなよ」

「するかぁー」


 らしくもないツッコミをしてしまう。


「お金で心は奪えないからね」

「貢がないって」

「でも、私はお金なんて必要ないよ?」

「はぁ……その上目遣いやめてよ」


 その上目遣いはやばい。語彙力無くなるくらいにやばい。


「はいはい、お二人とも料理の最中にイチャつくのやめてもらって良いかなー」

「い、イチャついてなんかないよ」


 キッチンから飛んでくる野次を僕は即座に否定する。三次さんの顔は、引きつったように不気味な笑みを浮かべたまま。


「葵、ニヤニヤしすぎ」

「幸せー」


 三次さんの言葉に釣られて、葵の方に視線を向けると幸せそうな表情な女の子が一人。


「…………」


 もう一度、三次さんに視線を戻すと怒りマーク前回の女性が一人。


「僕、トイレ行ってくるね」


 二人なら大丈夫だろう。こんなことで仲が悪くなるような二人ではないだろうと直感で感じる。


「え、もうできましたよ」


 先程の怖い顔とは打って変わって今度は母親のような温かい表情になる。


「やったー」


 その、娘のように無邪気にはしゃぐ葵。


 僕はトイレへの歩みを食卓に戻し、配膳をして席に座る。


「葵、連日でお酒飲むの?」

「誕生日パーティーだからね」

「僕はもう介護しないよ」

「家だからなんとかなるよ」


 自信気にそう言っているが、どうにも信用できない。おぼつかない足取りで帰ってきたのに。

 

「昨日、葵ベロンベロンだっわよね」

「え?全然全然」


 昨日も二人は一緒だったのか。恐らく、葵は酔いのせいだろうか記憶が飛んでるな。


 合掌し、三次さん作のローストビーフを一枚口に運ぶ。完成度が高く、しっかりとレアで味は美味。僕好みだ。


「美味しい」

「あら、ありがとう。そう言って貰えて嬉しいです」

「いえいえ、美味しいものに感謝するのは当たり前ですから」


 食べ物を、料理を作ってくれた人に感謝することは当たり前なことであり、僕はその当たり前をきちんとしたい。たった一言の感謝や美味しいという言葉が、料理した人の心を癒してくれることを葵のおかげで知ったのだから。


「ねぇー、なんか二人距離遠くない?」

「遠くないでしょ」

「机挟んでるから遠くないわよ」

「ちっがう!物理的な話じゃなくて、ずっと敬語だからさ」


 僕と三次さんはずっと敬語を使って話している。だから、双方と良くコミュニケーションを取っている彼女からしたら違和感はあるかもしれない。


 しかし、僕と三次さんは初対面なのだから敬語で話しても何ら不思議ではない。同い年だとしてもだ。


「じゃあ、お互いタメ口で話そうか」

「そうね。その方が良いかも知れないわね」


 三次さんの了承を得て、僕たちの口調は柔らかいものになる。視線を葵の方に向けると、それはもう満足そうにしていた。


「そうだ!この際に自己紹介しようよ」

「良いわね」


 僕も二人に賛成して、葵が率先して自己紹介を始める。こういう時に先陣をきってくれる葵には素直に尊敬する。


「じゃあ私から。桃月葵、昨日二十歳を迎えた女子大生位です。趣味はドラマや映画の鑑賞です。好きな花は、勿忘草です。青色ね」


 簡単な自己紹介を終え、順番が僕に移る。彼女と同じ紹介の仕方で良いだろう。


「加賀美陽向、まだ十九歳です。趣味はカメラを撮ることで、好きな花は向日葵です。以上です」

「チャームポイントは?」

 

 三次さんに発言権を渡そうとすると、葵の声が僕の自己紹介をやめさせてくれなかった。


「チャームポイントなんてあるわけないじゃないか」

「絶対あるって」

「そういう葵のチャームポイントは何があるの?」


 そう言って、僕は気づく。彼女の魅力を惹きつけるポイントは山ほどあるのだから、自分の武器を最大限に理解しているであろうことに。


「笑顔」

「はぁ……自分の武器を理解していて何よりだよ」

「陽向くんのチャームポイントは……んー」


 しばらく考え込む。


「おい、傷つくぞ」

「冗談冗談」


 ケラケラ笑い、言葉を続ける。


「最高に優しいところ」

「特徴がない人を褒めるときに優しいって言いがちなんだよね、ねえ三次さん?」


 突然話を振られたことに驚いていたようだが、すぐ様そうね、と答えが返ってくる。


「私もなんの特徴がない子を褒めるときは優しいって言うわ」

「だ、だよね」


 なんとも思わない平然とした態度でいる。しかし分かってはいたが、三次さんの言葉が少し、ほんの少しだけ胸にグサッと刺さる。


「いや、結構ダメージ食らってるじゃん」


 こちらを揶揄うように葵がイタズラな笑みを浮かべる。どうやらバレバレだったようだ。


「別に食らってないよ。次、三次さんだよ」


 この不利な状況に終止符を打つために、自己紹介を三次さんに移して再開させる。


「え、ええ私ね。三次優花二十歳専門学生です。趣味はお菓子作りで、好きなお花は薔薇です。チャームポイントはキレイ系な顔ね」


 この子たち二人は自己肯定感が高く、自信に満ち満ちている。僕も見習わなくちゃなと感じつつも、ここまで自分への自信で満ち溢れることはできないのだろうなという諦めも少し。


「優花、プロポーズされる時は薔薇の束が必須だもんね」

「もちろん、それだけは譲れないわ」


 三次さんからは本当にクールでな印象を受ける。凛々しく、自分の芯というものがある印象を受ける。


「加賀美くん」

「へっ?」


 三次さんが僕の名前を呼ぶ。まさか呼ばれるとは思ってもいなかったから素っ頓狂な声をあげてしまう。


「なにその声。すっごく面白いんだけど」


 ニシシと葵が揶揄う。僕は無視して三次さんの言葉を待つ。


「葵がいきなり同居してるって言って心配していたけど、加賀美くんみたいな男性で安心したわ」


 三次さんの横でムスッとしている葵の表情も、三次さんの言葉に微笑む。


「それはどうも」

「ところでどうして加賀美くんは同居を受け入れたの?」

「同棲だよ」

「葵はちょっと黙って」

「はい……」


 シュンっとする葵に揶揄いの視線を向け、どうして葵と同居することを了承したのかと理由を思い出す。それは確か、初対面で彼女を僕が盗撮したことがきっかけだった。たまたま再会した時、盗撮を許すから同棲してという彼女の提案に、多少の興味と断りきれずに同居が決まった。そのことを三次さんに伝える。


「ちょっと待って……」


 頭を抱えながら左右に頭を揺らす。


「ツッコミどころが多すぎるのだけど……まず加賀美くん」

「はい」

「盗撮したのは本当なの?」

「本当だよ」


 正直に答えると、大きなため息を吐きさっきの言葉は撤回よ、と呆れた表情だった。


「次に葵、初対面なんて聞いてないわよ」

「そうだっけ?」

「ええ、そうよ」

「でも心配しなくて良いよ。陽向くんは優花の思っている数倍優しいから」

「……そう、なら良いわ」


 三次さんは、悪さをする子供に手を焼く母のように困った表情で、なんとか言葉を捻り出す。


「加賀美くん、葵が傷つくことがあったら許さないから」

「傷つけないよ」

「信じるわ」


 三次さんの表情は真剣そのもので、葵のことを本当に大切に思っていることを実感する。だから僕も三次さんと同じように真剣に答える。


「何があっても葵のことを傷つけたりしない。もう葵は僕にとって他人じゃないから」


 僕の気持ちが三次さんにきちんと届くように、三次さんの目を逸らさず目を合わせる。


「そう、信じるわ。加賀美くん、ありがとう」

「感謝することなんかじゃないよ」

「そうかしら?」

「そうだよ」


 僕は女性だからと言って、態度を変えたりへりくだった態度をとったりはしない。だが、女性を傷つける行動だけは何があってもしないと決めている。


 だから、僕が葵を傷つけた時は僕自身の存在を否定する。


「ところで葵、君はその溶けそうになった顔をやめなよ」

「え?だって二人から愛されて幸せなんだもん」


 幸せに満たされたような葵に対して、自分の発言を少し恥ずかしく感じる。だが、もうそんな事は良い。僕にとって葵は他人ではなく、特別なのだから。


「はいはい」


 だからこそ、僕たちのこの居心地の良い関係を維持するために適当に流す。


「あ、そうだ!陽向くん、明日三人で旅行くよ!一応着替えもね」


 葵の提案に今度は僕が頭を抱える。


「二人で行ってきなよ。女子旅行で良いと思うけど」

「違うの。陽向くんが居ないとダメなの」

「足か……」

「ちょっとひねくれすぎだよ。ただ単に一緒に行きたいの」


 葵の言葉にマイナスな意味合いを感じたことに少し申し訳なさを感じる。


「分かったよ。付き合うよ」

「ありがと!明日、朝九時出発ね」

「はいよ」


 出発時刻を聞いて、三次さんに感謝しキッチンへと食器を片付ける。洗い物は明日冷たい水で目を覚ますついでに済まそう。


 お休みと告げて、僕はリビングを去る。三次さんのことも多少は知れたし、もう寝るか。寝不足で事故しましたは洒落にならないしな。


 

 


 

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