第4話 ハンバーグ

 あれから二週間が経ち、僕の食卓テーブルには黒髪の美女が僕の隣に座っている。目の前には僕の母さん。

 

 そう、挨拶の日だ。

 

 挨拶とは言っても、恋人紹介なんてもんじゃない。あくまで、同居相手の紹介だ。彼女の顔を直接見る方が、母さんも安心するという彼女の提案に僕が乗った。

 

「母さん、この人が僕の同居相手」

「綺麗な子ね」

「そうだね。顔はすごく綺麗だと思う」

「君、素直だね。で、ちょっと失礼」

「僕はいつだって素直さ。君とは違ってね」

「君のお母さんの目の前で言うのは失礼かもしれないけど、君は結構ひねくれてるよーだ!」

「はいはい、二人とも。イチャイチャしない」

 

 僕たちの言い合いを、母さんがなだめる。僕たちは素直に母さんの言うことに従い、言い合いを辞める。別にイチャイチャなんてしているつもりなんてない。

 

「加賀美百合です。よろしくね、葵ちゃん」

「よろしくお願いします!どうして名前をご存知なのですか?」

 

 母さんが僕に視線をやる。そして彼女の視線も僕に移る。

 

 僕が教えたからだ。母さんが教えろ教えろと、うるさかったから先に教えた。

 

「私ね、葵ちゃんと会うの楽しみにしてたのよ」

「え、ほんとですか!嬉しいです」

 

 太陽な笑み。あの笑顔だと第一印象は最高だろうな。

 

「ところで葵ちゃん、私たちと会ったことある?なんだか見覚えがあるような気がするのよね」

 

 僕も彼女との会話にはどこか既視感や懐かしさを感じることがある。母さんも同じような感覚があるのだとしたら、僕たちはどこかで出会っているのかもしれないな。

 

「えっと……多分、今日はじめてお会いしたと思います!」

 

 だが、彼女は目線を右上に向け否定した。僕たちは彼女が言うには出会ったことはないそうだ。

 

「そうなのね。それにしても、陽向の同居人がすっごく綺麗でかわいい女の子だなんて思っていなかったわ」

 

 性別を伝えてないもんな。僕は友人が少ないから、まさかだとは思うよ。


「百合さんもすっごくお綺麗ですね。若々しいです」

「もうっ!葵ちゃん、言葉が上手ね。若々しいだなんて」

「いえいえ、本音です」


 家族の贔屓目を無しに見ても、母さんは若々しく綺麗だと思う。彼女の言う通りだ。


 そして、母さんということも確かだ。彼女は口が達者だ。人との距離感を詰めるのが上手だと思う。

 

「葵ちゃん、今日泊まっていきな?」


 ほら、こうして母さんが意味のわからない提案をする。


「えっ!良いんですか?」

「うんうん!大歓迎よ。ご飯はどうしようかしら」


 やったー、と言い僕に向かって彼女はピースサインをする。二人の笑顔を見て少し安堵する。二人が仲良くなるに越したことはない。


「じゃあ、僕は部屋に居るから」


 晩御飯ができるまで自室でゆっくりしよう。


「待ちなさい」

「ちょっと待ってよ」


 二人の息が良く重なる言葉。


「どうしたの?」

「陽向。葵ちゃんが手伝ってくれるのにあなたが何もしないってどう思う?」

「人手が増えて、楽しそうで何よりと」

「君はさ、何も手伝わないの?」

「僕は部屋で……」

「はい」


 言葉を遮られ、手渡されるエコバッグ。

 

 僕は甘ちゃんで、一人で夕飯の買い出しに行ったことなどない。エコバッグをはい、と渡されてもどんな具材を買えば良いのか皆目見当がつかない。


「一人?」

「食べたい料理の具材を二人で買い出し行ってらっしゃい」


 僕が尋ねると母さんが二人で行けという。

 

「お、いいね!買い物デートしちゃう?」

「買い物デートはしないけど、何買えばいいか分からないから着いてきてよ」

「はいよー」


 僕はエコバッグを持ち、玄関へ向かう。玄関で靴を履く。そういえば、何の具材を買えばいいのか分からない。


「具材は?」

「好きなの買っておいで!」

 

 玄関から叫ぶと、リビングから返事が返ってくる。


「葵ちゃん、陽向の補助お願いねー!」

「はーい!」


 失礼だな、僕は小学校低学年か。


 僕たちは徒歩で近くのスーパーへ向かう。何を買おうか彼女に提案するか。せっかくのお客さんだし、彼女が好きな食べ物がいいかもしれないな。


「晩ご飯何にする?」

「ハンバーグ」

「最高だ」


 即答だった。僕もハンバーグは好きだから、彼女の意見には賛成だ。なんだか初めて彼女の意見に真っ向に賛成をした気がした。


 ――――――――――――――――――――――


 具材を買い終え、僕は母さんと彼女の料理姿を見守っていた。僕の今、目の前には完成した晩ご飯が食卓に並べられている。


 ハンバーグ。


 めちゃくちゃ美味しそうな、ハンバーグだ!

 

「すっごく美味しいです!」

「うん、すごく美味しい」

「ふふっ、そう言って貰えると嬉しいわ。まだあるからね」


 母さんの料理はやっぱり落ち着く。ひと口かじると肉汁が溢れる。それに加えて、この手作りのソースだ。これがまた堪らない。


「君、満足そうな顔するね」

「美味しいからね……なに?」

「いや、君のそんな顔みたことないなーって」

「なんでいじけてるの?僕は素直だから、気持ちがすぐ顔に出るんだ」

「別にー、いじけてなんかないもん!分かりやすくて何よりですよー、だ!」


 少しいじけたような表情をしていたが、ハンバーグを一口食べると、いつものように明るい笑顔に戻る。


「君も大概、顔に出るよね」

「どういうこと?」

「顔で喜怒哀楽がすぐに分かる。捻くれてるのに」

「よし!君外に出ろ!私と一晩中、話し合おうじゃないか!」


 それは本当に勘弁だ。だから素直に謝る。素直な気持ちが伝わったのか、彼女はすぐに許してくれた。


「葵ちゃんと陽向。あなた達はどうして、君って呼び合うのよ」

「それは……」

 

 口がもごつく。特に理由は無いが、強いて言うなら……。


「陽向くんは、私のことを葵って呼ぶのが恥ずかしいのだと思います。……ね?」


 こちらに視線を寄越す。図星だ。


「別に恥ずかしくなんかないよ。ただ、まだその時じゃない」

「葵、葵って呼んでみな?ほらほら」

「君の挑発には乗らないよ」


 挑発に乗らないと言うが、そう言われたら、逆に呼びづらいじゃないか。

 

「まあ私は二人が仲良くしてくれてたらそれでいいわ」


 そう言い、母さんは片付けをするために立ち上がる。


 目の前にあった三人では多すぎるくらいのハンバーグを彼女は小さな胃袋に際限なく入れていた。いったい彼女の胃袋に入り切るのかと不思議にも思った。

 

 よく食べ、気持ちの良い食べっぷりに母さんもすごく嬉しそうだった。僕もなんだか嬉しかった。


 リビングで僕と彼女でソファで寛いでいる。時計を見ると、時刻は夜九時。遅くなる前に彼女を帰した方がいいな。


「そろそろ、時間も遅いし帰ろうか。送るよ」

「今日泊めて貰えるって……」


 本気にしてたのか。


「葵ちゃんが良いなら全然泊まっても良いのよ。布団も部屋も空いてるわ」


 母さんは本気だったのか。彼女を泊まらせる気満々だ。


「今日は帰ろうよ。もう少ししたら、一緒に暮らすんだから」

「そうだけど、百合さんとまだお話したい」


 上目遣いで、悲しげな表情。女の子のそれはずるい。だけど屈するわけにはいかない。


「今日は僕もしないといけない事あるから帰ろうよ」


 小さい子をなだめるように優しく、優しくだ。やらなければならない事などない。


「下の名前で呼んで……」


 ボソッと。僕の耳には届かない声。だから僕は聞き返す。


「なんて言ったの?」

「葵って下の名前で呼んでくれたら……帰る……」


 彼女を葵と呼べば帰ってくれる。こんなにもコスパの良く彼女を帰らせる方法はないだろう。


「葵、今日は帰ろうよ」


 僕が名前を呼ぶと、彼女は悲しげだった瞳を輝かせ、太陽の下で咲くひまわりのようにパッと笑顔全開になる。


「うん!今日は帰る!」


 とても上機嫌。本当にこの子は喜怒哀楽が分かりやすい。


 僕は車で彼女の家の近くまで送った。僕と彼女の家同士の距離はそう遠くはなかった。だが楽しそうにしていた彼女が帰り道なにかあっては僕が後味が悪い。


「陽向くん送ってくれてありがとう。楽しかったよ」

「こちらこそ、また次会うときは入居の日だね」

「そうだね。その日も楽しみにしてる!」


 次会う時は、一緒に暮らす日。

 僕は彼女の姿が見えなくなるまで、後ろ姿を見守りハンドルを握った。

 


 

 


 

 

 

 

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