第3話 新居

「ところでなんであの場所まで来てたの?」


 僕は彼女を助手席に乗せて、気になったことを尋ねる。意外にも僕と彼女の家は同じ地区だった。なぜ、彼女は一人で目的も無くあの場所まで来ていたのか。果たしてそれはお散歩と言えるのか。


「んー、正直分からないんでけど、私の直感があの場所に行けって言ってたの。それで行ったら君がいた」


 流石は行動力がすごい。僕なら自身の直感がそう告げていても面倒という感情が勝り、向かわないと思う。それも電車で二時間近くかかる場所に。やはり、彼女の行動力は尊敬する。


「ところで同居生活をするって言っても、資金はどうするの?僕、あまりお金ないよ」

「大丈夫。当てがあるから!」

「とても心配なんだけど……」


 ぼそっと呟く。やっぱり、適当に話を合わせて解散して逃げようか。


 彼女の方を横目で見ると、ニコニコしている。私は上機嫌ですよ、と顔に滲み出ていて、自分の考えに少し申し訳なさを感じる。


「なんか言った?」

「怪しいお金じゃないよね?」

「ふふっ、心配無用だよ!宝くじで当てればいいのさ」


 僕に向かって、自信満々に親指を立てる。僕は本当に心配だ。


「失礼な顔してる!」


 どうやら気付かぬうちに渋い顔をしていたようだ。


 ――――――――――――――――――――――


 僕たちは帰り道、不動産屋に立ち寄った。複数の物件を紹介してもらい、内見をする物件を絞っている。


「やっぱり、寝室一緒の方がいいよね」


「いやだめでしょ」


 彼女が提案したのは1K、十畳の物件。寝室どころか四六時中一緒じゃないか。


「なんでよ」


 なんでと言われても、僕たちは男女。一夜の間違いが起こらないとは限らない。それに二人、一部屋で生活するのは僕には無理だ。加えて二人で十畳は狭い。


「じゃあ、こちらはいかがですか?」


 勧められたのは2LDKの物件。二部屋、七帖の洋室に十帖のリビング兼ダイニング。二人暮らしには十分すぎる。家賃も申し分ない。


「いいですね。お互いのテリトリーを確保できるますし」

「内見されますか?」


 僕たちの会話に不動産屋の職員が内見の提案をする。提案に頷き、車の手配をしてもらう。

 感謝をし、彼女の方に顔を向ける。するとムスッとした表情で、頬を膨らます。


「なんで私の意見を聞いてくれないの?」

「君を思ってだよ」

「へー」


 ジト目でこちらを見てくる。僕の考えを見透かされているような、そんな眼差しだ。


「どうしたの?」

「いやーなんでもー?君のことがよくわかった気がするよ」


 何か含みのある声色で僕の顔を覗き、微笑む。僕のことがわかった気がすると言う。


 僕も彼女のことを多少なりと理解してきた気がする。彼女は思いきりが良くて、そして……。


「何がわかったの?」

「優しい盗撮くん」

「それは褒めてんのか貶しているのか分からないよ……」


 盗撮、他人が聞いたら僕の印象は最悪だ。だから褒められていると言う感覚が全くない。盗撮だぞ、犯罪者だぞ。


「褒めてる、褒めてる」

「二回繰り返されると、なんだか嘘っぽく聞こえるよ」

「私の場合は本当に敬意を込めて、盗撮くんと呼んでるからね」


 嘘つけ、敬意があるならそんな呼び方しないだろ、というツッコミは我慢しておこう。


「本当かよ……」

「本当、本当!」

「おい」


 彼女のわざとらしい返答でわかった。彼女は僕に敬意の「け」の字すら持ち合わせていない。


 ――――――――――――――――――――――


「ここにしようよ」


 僕たちは紹介された物件を内見し、2LDKの物件に入居することに決めた。


 とんとん拍子で話が進んでいるが、本当に彼女は僕と一緒に暮らすつもりなのだろうか。僕が耳打ちで尋ねると本気だよ、と。


「ここに決めます」

「ありがとうございます。事務所に戻って、諸々の手続きは行わせて頂きますね」


 不動産屋の職員に連れられ、僕たちは不動産屋の手続き諸々を行なった。入居は今日から一ヶ月後。それまでに僕たちは入居の準備を始めなければいけない。


「楽しみだね!」


 不動産屋を後にした車内で、助手席から聞こえる声。心の底からその日を待ち遠しそうにしている彼女の表情と声色。


「お金貯めないとな……」


 呟く。二人で暮らすには、お金が必要だ。それも僕は目標を追いかけてフリーターなう、だからバイトを詰めないとな。


「だ、か、ら、お金の心配はないって!」

「宝くじが本当に当たると思ってるの?」

「自信はある」


 相変わらず、自信ありげに胸を張る。僕はギャンブルとは無縁で深くは知らないが、ギャンブラーには謎の自信があるそうだ。その自信に駆られ、お金を溶かすと聞いたことがある。


 不安だ。本当に不安だ。これからの生活より、彼女の将来が心配だ。


「ねー、失礼なんですけど。その明らかに軽蔑したような表情失礼なんですけど!」


 僕はこれからの生活と彼女の将来に、不安を抱き車を走らせる。


「やらなくちゃいけないこと沢山あるね」

「そうだね」

「荷物纏めて、家具買って、それに君のお母さんに挨拶しなきゃね」


 いや、なんでだよ。


「母さんには僕が言っておくから大丈夫だよ」

「お母さんは私と直接会った方が安心してくれるんじゃない?」


 彼女が言うことも一理ある。来月から同居するねと言っても母さんは困惑するだろう。僕には友人が少ないから困惑は尚更だろう。


彼女の言葉に甘えるのも良いかもな。


「そうだね。じゃあ来てよ」

「うん!」


 一瞬、素直に頼った僕に驚いたような顔をしたが、すぐに満面の笑みで返事した。


 僕は他人のことはどうでも良い。だが、女手一つで僕を育ててくれた母さんには、なるべく迷惑をかけたくない。


 マザコン云々ではなく、無償の愛を与えてくれた母さんには感謝している。今もこうして、先の見えない僕の目標を応援してくれている。


 母さんには安心してもらいたい。ただそれだけ。


「僕は君のご両親には挨拶しないとね」


 僕がそう言うと、彼女は曇った表情で「私は良いかな。仲良くないんだ」と。どこか懐かしい儚げな表情だった。

 

 僕は彼女のことを知らない。だからと言って彼女のことを知るつもりはない。干渉するつもりはない。人には立ち入られたくない心のテリトリーというものがあるから。


 太陽のように明るい彼女にも悩みはあるんだな。そう思いながら、夕焼け空の下をいつもより少し速度を落とし、車を走らせた。

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