第26話 竜騎士ゼハインと炎竜マズフレイ

 ダンジョン制覇から3日後。

 俺たちは馬車と飛竜便を乗り継いでリカステの街にたどりついた。

 ここはエトナの故郷であるルピナスにも近い。

 魔王軍の侵攻は続いているが、王国から派遣された騎士団が不死者たちを食い止めているのだとか。


 そのせいか、街は活気にあふれていた。

 ガザニアほどじゃないけど、大通りには商店が並び、行き交う人々の表情も明るく見える。

 とりあえず、昼間から盛り上がっている酒場で情報を集めてみる。


「ゼハイン様? ああ、街の北にある高原にいらっしゃるはずだよ。」

「あ、そうなんスね」


 様?

 ずいぶん親しまれてる様子だな。


「ゼハイン様が来てくださったおかげで、リカステの街も安泰だよ。俺は荷物をまとめて南に逃げようかと思ってたぐらいだがね」

「へえ。そういえば、侵攻してきた魔王軍を撃退してるんだっけ?」


「そうさ。この大変な時代に街を背負って戦うなんて、そうそうできることじゃない。ゼハイン様こそ英雄だよ」

「そうかしら? そんなに良いモンじゃないと思うけど」


 エトナが口をとがらせる。


「姉さんらはゼハイン様の知り合いかい? なんと言われようが、この街の人間にとっては英雄さ。この間は魔王の側近まで倒しちまったって話だよ」


 あっさりとゼハインの居場所を特定できた。

 どうもこの街じゃ有名人みたいだ。

 しかも、人々に感謝されている。


 盗賊のひとりだと思ってたのに、英雄視されているなんてな。

 魔王の側近を倒すなんて大活躍じゃないか。

 俺たちは主に礼を言い、酒場を後にした。


「レン。この調子だとすぐにやり合うことになるわよ。準備はいい?」

「ああ。魔力も万全だし問題ないぜ。このまま高原に向かおう」


 まだ街に着いたばかりだが、ゆっくりもしていられない。

 さっさと俺の胴体を返してもらおうじゃないか。





 街から少し歩いた高原の空に、巨大な影が見えていた。

 遠目にも、それが竜のものだと言うことがはっきりとわかるシルエットだ。

 俺たちが乗ってきた飛竜の2倍ぐらいはあるだろう。

 地上に向かって火を吐いている。


 あたりには骨や鎧が散らばっていた。

 どれも焼け焦げている。

 ゼハインが操る竜によって焼かれたのだろう。

 その数は少なく見積もっても100体分以上。

 不死者たちを蹴散らすなんて朝飯前ってことか。


 近づいてくる俺たちに気づいたらしく、空中にいる竜はこちらを向くと、翼を羽ばたかせて急降下してきた。

 俺は焼け野原のど真ん中で槍を構える。

 風を切って飛んでくる竜は、またたく間に巨大な姿になった。

 土煙をあげながら着地する。


「なんだお前ら。こっちは魔物だらけだぞ。危ねえから街に帰ってな」


 光沢のある黒い鱗を持つ竜の背には、全身鎧姿の男が立っていた。

 竜の頭をかたどった兜に、異様な魔力を放っている槍。

 薄い顔立ちで、整ってはいるが目つきは鋭い。

 どこか少年らしさもある。

 まだ若そうだが、その立ち振る舞いには一切のスキがない。


「久しぶりね、ゼハイン。あんたに用があってきたのよ」


 エトナも短剣を抜き放つ。

 刃の輝きに反応して、竜の目が妖しい光を帯びた。


「ああ? えーっと、お前は……ジェキルだっけか」

「エトナよ! あんな露出狂とどうやったら間違えるのよ」


「ハハッ、そうだっけか。で、何の用だ? 俺は忙しいんだ。不死者どもがワラワラわいてくるからな」

「なんであんたが魔王軍と戦ってるの?」


 なんだか軽いノリの兄ちゃんだな。

 俺は割り込まず、ふたりのやりとりを聞いていた。


「せっかく勇者の力を手に入れたからよ。どんなモンか力試しをしてたんだ。コイツらは丁度いい練習相手だからな」


 ゼハインは不敵な笑みを浮かべながら、槍を肩に乗せた。

 身長よりも長い槍は穂先が青白く光っている。

 明らかに魔力が込められた武器である。

 さしずめ魔槍ってところか。


「魔王の側近、ガヴェラを倒したっていうのは本当なの?」

「ああ、アイツか。強かったぜ。久しぶりに本気を出せた。ここにいりゃ、戦う相手には困らねえな」


 レベル100を超えるという魔王の側近。

 そいつを倒しておいて、この余裕なのか。

 パッと見た限り、傷を負ったりはしていない様子だ。

 俺はゼハインに向けて【鑑定】を使った。


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 ゼハイン


 レベル:88

 体力:1800

 魔力:1500

 攻撃:2100

 防御:1600

 敏捷:1800

 魔法:竜臨・爆動Lv.10・竜閃Lv.10・天雷Lv.10・自動回復Lv.10

-----------------------


 さすがに強い。

 レベルは100を超えていないが、それでも今の俺よりも高い。

 足りない部分は強化魔法で補うしかないが、魔法はよくわからないな。

 まあ、どれもヤバそうな魔法だってことだけは伝わってくる。


「なあ、エトナ。聞いたことない魔法ばっかりなんだけど」

「竜が使うという古代魔法ね。私も全部がどういう効果なのかはわからないわ」

「何をコソコソ話してんだよ。お前は――そうか、勇者か。なるほど、胴体を取り返しに来たってことだな」


 寝そべっていた竜が、むくりと起き上がった。

 巨木のような前足といくつもトゲが生えた尻尾。

 鋭い目が俺たちをとらえている。


「ああ、そうだよ。胴体さえ戻れば全身がそろう。長かったぜ、ここまで!」

「ハハッ! おもしれえ! 俺に勇者の力を見せてみろ」


 竜が咆哮をあげ、翼をはためかせた。

 端から端まで15メートルはありそうな翼が、あたりに風を起こす。

 空中から一方的に攻撃する気か。


「まずは小手調べだ! 楽しませてくれよ」


 ゼハインの声を合図に、竜が空中から炎を吐きかけた。

 範囲が広い。

 避けるのは無理だと判断した俺はエトナを抱き寄せると、退魔のローブでくるむ。


「な、なによ、いきなり」

「いいから」


 レベル5まで上げておいた【魔法盾】を展開する。

 俺たちを包む半透明の球が、炎を退けた。

【魔法盾】の範囲外に生えていた草が燃えていく。


 俺は両手を空に掲げると、【攻撃強化】の発動と同時に【暴風】を使った。

 手のひらの向こうに凄まじい突風が発生する。

 竜はバランスを崩しながらも、風に耐えていた。

 エトナが放った【電撃】が弧を描いて、竜に直撃する。


「ほう、やるじゃねえか。これはどうだ?」


 電撃を浴びながら、ゼハインは竜の背の上に立ち、指を鳴らした。

 空が光ったその瞬間、エトナが【俊敏強化】を使い、地面を蹴った。

 俺たちが居た場所に巨大な雷が落ちる。

 轟音が高原の空気を震わせた。


「はあ!? なんだアイツ、雷まで落とせるのか」

「今のを食らってたらマズかったわね……さすがに連発はできないでしょうけど。どうするレン、遠距離戦は分が悪いわよ」


 確かにエトナの言うとおりだ。

 空から一方的に炎や雷で攻撃されるとなると、反撃もままならない。

【魔法盾】で防ぐにしても限界はある。

 予想を超える強さだな。


「エトナ、追尾する【電撃】でスキを作ってくれ」


 俺は背負い袋を地面に降ろす。

 見せてやるぜ、俺の対竜戦法。


 飛んでくる電撃を避けようと、竜が旋回する。

 どこまでも追尾してくることに気づいたようだ。

 電撃が直撃し、竜の動きが一瞬止まった。


「そこだッ!」


 俺は大きく振りかぶると、ロダンの道具店で買っておいた砲弾をぶん投げた。

 空中にいる敵を狙うのは難しいが、標的の竜はとにかくデカイ。

 まっすぐに飛んだ砲弾は、竜の翼の付け根に当たって大きな爆発を起こした。

 そこに【暴風】で追い打ちをかける。

 さすがの竜も大きくバランスを崩し、ゼハインを乗せたまま地面に墜落していった。

 地響きとともに砂が四方に飛び散る。


 俺は着地点に向かって走る。

 一気に勝負を決めるチャンスだ。

 しかし、ふいに土煙の中から巨大な尻尾が現れた。

 鞭のようにしなる尾が、俺に叩きつけられる。


「うおっ!?」


 とっさに【防御強化】を使い、バックラーで受け止める。

 しかし俺の体は後方にふっ飛ばされた。

 勢い余って地面を転がる。


「レン!」

「だ、大丈夫」


 俺はすぐに起き上がって槍を構えなおした。

 畳み掛けようとおもったが甘かった。

 あの尻尾の勢いを見るに、竜はまだまだ戦う力を残している。


 風がゆっくりと土煙をさらっていく。

 唸り声をあげ、怒りを露わにした竜の姿がはっきりと見えた。

 翼の付け根は黒く焦げ、赤黒い鮮血がしたたり落ちている。

 しばらくは飛べないだろう。

 そして、その背にはほぼ無傷に見えるゼハインが立っていた。


「砲弾を投げたのか。おもしれえヤツだな」


 ゼハインは竜の背からジャンプし、地面に着地した。

 全身に鎧を着込んでいるとは思えない、身軽な動きだ。

 結構な爆発だったはずだが、どっちも元気そうだな。

 さて、なんとか地上戦には持ち込めたが、ここからが本番だ。

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