第25話 ダンジョンの最下層

「うわっ、広いな。地下にこんな広大なスペースがあるなんて」


 アスターとの戦いから3日後、ダンジョンの最下層である地下7階にたどりついた俺は目の前の広大な空間に驚きを隠せなかった。

 天井までは10メートル近くはある。

 地下6階から降りてきたこの部屋は、体育館ぐらいの大きさだ。

 しかも、扉がいくつもある。

 壁は俺の身長ほどもある大きな石を切り出し、積み上げて作られていた。

 よくわからない調度品や置物が配置されている。

 いったいこんなに大規模なダンジョンを誰が作ったんだろう。


「レン、気を付けて。そこらじゅうに魔物の気配があるわ」

「わかった、慎重に行こう」


 はっきり言って、地下6階までは余裕だった。

 ミノタウロスも土竜も、今の俺にとっては強化魔法を使うほどでもない相手だ。

 新しく習得した魔法を練習しながら突き進む。

 ただ、ここから先も苦戦しないという保証はない。

 そもそも天井が高いということは、大型の魔物が潜んでいる可能性だってある。


 俺が一歩足を踏み入れると、10体以上のコボルトが置物の影から現れた。

 なるほど、最下層はこれまでに登場した魔物が襲いかかってくるわけか。

 右手をかざし、【暴風】を使うとコボルトたちは壁に激突し、そのまま紫色の霧へと変わった。




 俺たちは次々に扉を開け、中にいた魔物たちを蹴散らした。

 リザードマンやデスアント、キマイラにミノタウロス。

 時には20体以上が待ち構えている部屋もあった。

 しかし【暴風】で吹き飛ばし、【凍結】で凍らせ、残った魔物を槍で倒すだけで突破できた。


 7つめの部屋で土竜を倒し、新たな扉の前に立つ。

 どうも今までとは雰囲気が違う。

 まず扉がデカい。

 俺の身長の3倍ぐらいの高さがある。

 この扉が必要になる魔物ってのはどんだけデカいんだよ。

 一瞬不安になるが、ここまで来て帰るつもりはない。


「レン、魔力は問題ない? 魔法レベルを上げるためにバンバン使ってきたでしょ」

「まだ余裕はあるよ。十分に戦える」


「そう。じゃ、行きましょうか」

「エトナは下がっていてくれ。俺が扉を開ける」


 俺は両開きの扉をゆっくりと押した。

 分厚い金属製の扉は、普通の人間には開けられないほどに重たい。

 金属が軋む音がダンジョン内に響いた。


 扉の向こうにも灰色の石壁で囲われた、ひときわ広い部屋があった。

 さっきまでの部屋の3個分ぐらいはありそうだ。

 一番奥の壁際には祭壇のようなもの設置されている。

 それ以外は特に目新しいものはない。


「あれ? なんだよ、もう終わりか」


 俺は最後の部屋に足を踏み入れる。

 特に何も起こらない。


「何よ。静かすぎて逆に怖いわね」


 エトナもおそるおそる部屋に入った。

 俺たちが部屋の中央を歩いた時、扉がひとりでに閉まった。


「えっ!? まさか閉じ込められたの?」

「扉の前まで下がっていてくれ。なんか来るみたいだぜ」


 祭壇の前に黒い煙のようなものが現れた。

 空中でくすぶるそれは、徐々に大きくなっていく。

 黒い煙から電撃がほとばしる。

 耳をつんざく甲高い鳴き声。

 黒い怪鳥が煙の中から姿を現した。


 全身に電撃をまとっている。

 翼の端から端までの長さは10メートル以上あるだろう。

 とんでもなく巨大な鳥だ。

 その目は煌々と光り、青みがかったクチバシは槍の穂先のように尖っていた。


 怪鳥は天井に向かって大きく吠える。

 その周囲で電撃が渦巻いた。

 バチバチと音を立て、青白い光がほとばしる。

 俺は退魔のローブで全身を覆い、【魔法盾】を使いながら突っ込んで全身に電撃を浴びた。

 ダメージは軽減できているが、それでも体にしびれが残る。

 コイツの範囲攻撃は威力がありすぎるな。

 俺が標的になるしかない。


 壁際まで下がったエトナが杖から【電撃】を放つ。

 弧を描いた光の筋が怪鳥に直撃するも、まるでダメージがない。


「でしょうね……。やっぱり電撃は効果ないか」


 怪鳥の光る目がエトナをとらえる。

 自分を攻撃してきた人間をにらんでいた。

 まずいぞ。

 俺はありったけの強化魔法を使い、怪鳥に向かって【暴風】を発動させた。

 手のひらの前に浮かび上がった光の魔法陣から、突風が吹き荒れる。

 怪鳥は吠え声をあげながら壁に叩きつけられた。


 しかし、そのまま地面には着地せず、翼を羽ばたかせながら俺を見た。

 ほとんどダメージはないようだ。

 タフな鳥だな。

 魔力には余裕があるが、さすがに【暴風】を連発するのは難しい。


 怪鳥は周囲の電撃を集め、俺に向かって放ってくる。

 そして自らもクチバシと爪で猛攻撃を仕掛けてきた。

 攻撃はどれも重く、素早い。

 バックラーと槍で応戦するが、すべての攻撃を避けるのは不可能だ。

 このままじゃジリ貧だな。

 エトナは【俊敏強化】を使い、電撃の雨をかわしながら俺の元に走り寄る。


「おいおい、あぶねえって。あの電撃食らったらひとたまりもないぞ」

「だからって観戦してるわけにもいかないでしょ」


 エトナは俺の背中に手を当てると、【俊敏強化】を使った。

 俺の全身が淡い光に包まれる。


「じゃ、後は任せたわ」


 そう言ってエトナは壁際に向かって走り出した。

 降りしきる電撃を器用に避けていく。

 その華奢な後ろ姿に向かって、空中から怪鳥の爪が迫った。


「させるかよ!」


 俺は駆け出してから驚いた。

 恐ろしく速い。

 あっという間に、目の前の風景が俺の背後へと消えていく。

 一瞬で怪鳥の真下に入り込むことができた。

 この間合いなら――


【爆閃】


 高温の光る球が部屋の中央できらめく。

【攻撃強化】によって威力が増大した爆発は、怪鳥の半身を吹き飛ばした。





「最下層のボスってだけあって、手強かったわね」


 紫色の霧になって消えていく怪鳥の姿を見て、エトナが言う。

 彼女が機転をきかせてくれたおかげで勝利できた。

 レベルは追い越したけど、まだまだ彼女から学ぶことは多いな。


「す、すごい。これ売ればいったいいくらになるのかしら。サイズも大きいけど、放ってる魔力が段違いよ」


 さっそく怪鳥が落とした魔石の品定めをしている。

 その目がキラキラと輝いていた。

 まあ、これからの戦いに備えて武具や道具も買っておかないといけないもんな。

 この現金な性格も見習おう。


 魔石のサイズは直径1メートルぐらいはあった。

 試しに持ち上げてみたものの、やはり重い。

 持って帰るのは大変だな。

 ただ、これまでの相場を考慮すると300万ゴルドを超える価格になるかもしれない。

 持ちやすくするために割ることを提案してみたが、『そんなことしたら買取価格が落ちるでしょ!?』とエトナに一蹴された。

【分割】の魔法はこういう時にこそ便利だと思うんだけどな。

 あいにく俺もエトナも使えないんだよね。

 そんなわけで、俺は巨大な魔石を抱きかかえながら来た道を戻ることになった。




「な、なんじゃこりゃ!? 本当に魔石かコレ!」


 冒険者たちの魔石を買い取り続けてきた道具店のロダンにとっても、怪鳥の魔石は特別な物のようだった。

 引き出しから大きな虫眼鏡を取り出し、食い入るように鑑定している。


「おいおい、これはとんでもない代物だぞ。レン、どこで手に入れたんだ?」

「さっき、ダンジョンの最深部まで行ってきたんだよ」


「えっ おま、ダンジョンを攻略しきったってのか? はあ~信じられねえ。しかし、お前らならあり得るか」


 ロダンはあご髭をしきりに撫でながら感心していた。

 魔石をコンコンと叩いてみたり、持ち上げてみたり、と忙しそうだ。

 エトナは俺のとなりでソワソワしている。


「それで、いくらぐらいになりそうなの?」


 煌めく瞳でカウンター越しにロダンを見つめる。

 圧がすごい。

 低めの査定額を出したら大変な目にあいそうな迫力である。


「お、おう。そうだな……300万ゴルドでどうだ?」

「はあ? 冗談でしょ。500万は硬いはずよ」


「いやいや、さすがに500万はねえよ。安い家なら買える値段だぞ」

「なによ、誰も攻略できなかったダンジョンを踏破したご褒美なのよ? 家ぐらい買えたっていいでしょ」


「目一杯で350万だ。これで無理なら他所で売ってくれ」

「レン、帰るわよ」


「待った、380万まで出す」

「わたしも鬼じゃないわ。450万で手を打ってあげる」


 俺はふたりの値段交渉を背中で聞きながら、店内を物色していた。

 装備は今のままでも特に不自由はない。

 傷を治したり、魔力を回復させるポーションとか売ってないのかな。


「なんだコレ」


 棚の上に置いてある、黒っぽい球を手に取る。

 錆びた鉄のような質感。

 砲丸投げに使う球みたいな……あ、これは砲弾か。

 やっぱりこの世界にも火薬はあるんだな。


「ちきしょう、わかった。430万で買うよ」


 ロダンの半泣きの声が聞こえてきた。

 どうやら交渉が成立したらしい。


「さあ、レン。今日は飲むわよ!」


 エトナも納得したらしく、ニコニコしている。

 俺はカネにも酒にも興味ないんだけどなぁ。

 早く帰って、ゆっくり飯を食いたいよ。

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