第27話 本来の力vs竜臨

「マズフレイ、休んでろ」


 ゼハインは俺から視線を外さずに、竜へと呼びかけた。

 その声に反応してマズフレイと呼ばれた竜は地面に座り込む。

 納得がいかないらしく、小さい唸り声をあげていた。

 おいおい、ゼハインはひとりで向かってくるつもりか?

 ありがたい展開ではあるが。


「エトナ」

「はいはい、わかってるわ。後ろで大人しく見てるわよ」


 ふたりがかりで攻撃する方が有利なのは間違いない。

 ただ、エトナを守りながら戦うのは避けたかった。

 俺は強化魔法を使い、槍を構える。

 ゼハインは魔槍を片手に、ゆっくりと歩いてきた。


「ほお~強化魔法も使えるのか。じゃあ、俺も見せてやる」


【爆動】


 ゼハインの全身が赤いオーラに包まれる。

 おそらく強化魔法だろう。

 それも複合型っぽい。


【竜閃】


 ゼハインが片手で突き出した魔槍から、閃光が放たれる。

 間一髪で身をかわした俺の胸元に向かって、青白い光を放つ穂先が迫った。

 速えぇ!

 バックラーで跳ね上げ、槍を横薙ぎに叩きつける。

 ゼハインはすり足で後退してかわすと、鋭く魔槍で突いてきた。


 まずい、俺の素人槍術とはわけが違う。

 おまけにバックラーにはヒビが入っていた。

【防御強化】まで使ってるのに。


 どう考えても、この距離での差し合いじゃ勝てないな。

 俺は身を低くして、距離を詰めた。

 槍を手放し、手をかざす。


【爆閃】


 高熱の球がゼハインの全身を覆った。

 目の前で爆発が起こり、空気を焦がす。

 直撃だ。

 倒せないまでも、ダメージはあるだろう。

 しかし炎の中でゼハインは身じろぎもせずに俺を見ていた。


「うそだろ、効いてな――うぐっ!」


 ゼハインが放った中段の蹴りを避けられず、俺は後方にふっ飛ばされた。


「レン!」

「大丈夫、まだやれる」


 俺はすぐに起き上がったが、攻める選択肢を失っていた。

 槍は通じない。

 最大威力の魔法も効かない。


「俺の家系は竜の化身と呼ばれていてな。炎は効かねえんだよ」

「なんだよそれ、ずるいぞ」


 俺は思わずボヤいた。

 そうなると【暴風】か【凍結】ぐらいしか手がないな。

 ただ、それはあくまで魔法で戦うなら、の話だ。

 捨て身で接近戦に持ち込むか――。

 地力に大きな差はないのだから、勝機はあるはずだ。


「ふん、やっぱ俺の性分に合わねえな。おい、エトナ! 俺に【魔法解除】を使え」


【魔法解除】なんて使ったら、【吸収】の効果がなくなるじゃないか。

 ゼハインの言葉の意味を、俺はしばらく理解できないでいた。

 勇者の力を手放すつもりか?


「はあ? どういうことよ、それ。絶対、罠でしょ? 何たくらんでるのよ」

「たくらんでねえよ。借り物の力で勝負するのはつまらねえって話だ」


 エトナが慎重に歩を進める。

 おびき寄せて、先にエトナを仕留める……いや、ゼハインの力があればそんなことをする必要はない。

 何より、ヤツは騙し討ちみたいなことはしない。

 そんな気がしていた。

 エトナがゼハインの背中に手を当てる。


「本当にやるわよ」

「いいから、早くやれよ」


【魔法解除】


 一瞬、ゼハインの体が光を帯び、すぐに消えていった。

 そして俺の体に懐かしい感覚が戻ってくる。

 呼吸するたびに胸が動いているのがわかる。

 胴鎧のすぐ下に、俺の本物の体が息づいているのが理解できた。

 それと同時に、全身に魔力がみなぎってくる。

 バラバラだった体が胴体によって繋げられ、それぞれに込められた魔力が循環していく。


「これが……俺の本来の力か」


 俺は全身がそろったことを実感できないでいた。

 しかし手足や首だけでなく、胸や腰にも鎧に触れている質感がある。

 体の内側に爆発的な魔力が宿っていた。


「ハハッ! 予想以上だな。だったら俺も本気を出すぜ」


 ゼハインが地面に槍を突き刺し、両手でつかんだ。

 足元から黒いオーラが立ち昇っていく。

 小さく地面が揺れていた。

 ゼハインの内側から底知れない魔力がわき上がって来るのを感じる。


【竜臨】


 かすれた声が聞こえた。

 竜の力を降臨させる、という意味だろうか。

 ゼハインの目が真っ黒に変わっていく。

 そしてその中央に、赤く光る瞳が現れた。


【鑑定】を使うまでもない。

 おそらく今のゼハインはレベル100を超えているだろう。

 魔王の側近もこの技で倒したに違いない。


 ゼハインは地面を蹴り、一瞬で間合いを詰めると魔槍で突いてきた。

 俺は紙一重でかわし、体当たりをかける。

 槍を拾いあげて追撃する。


 高原に金属がぶつかり合う音が響く。

 俺の槍もゼハインの体をかすめている。

 小さなダメージを積み重ねるが、傷は【自動回復】によって消えていった。

 距離を開ければ【天雷】が襲いかかり、近づこうとすると【竜閃】が飛んでくる。

 どちらも【竜臨】によって格段に威力が上がっていた。


 しかし、それでも俺は余裕を持って対処できていた。

【魔法盾】でしのぎ、すべての強化魔法を駆使して槍を叩きつける。

 今までに数多の戦いをともにくぐり抜けた槍は、ゼハインの攻撃に耐えきれずへし折れてしまった。

 こうなったら接近戦で決着をつけるしかない。


 ゼハインは竜のような咆哮をあげると、一直線に俺に向かってくる。

 その足元に【凍結】を放った。

 ゼハインの突進を止められる威力はないが、わずかな隙ができた。

 俺はダッシュで間合いを詰めると、渾身のボディブローをお見舞いした。


「ぐ、うっ!」


 うめきながらゼハインがこらえる。

 しかし踏ん張りきれずに後方へと吹っ飛んでいった。

 地面を転がった後、仰向けに倒れる。

 その体から、徐々に黒いオーラが消えていった。

【竜臨】の効果が切れたのだろう。


「ちっ。時間切れか。しょうがねえな」


 空を見上げてゼハインがつぶやく。

 すっきりとした表情のまま、大の字で寝転んでいる。


「……俺の負けだ」


 赤く光っていた瞳が消え、人間の目に戻っていった。





「俺はいい。マズフレイを治してやってくれ」


 ゼハインは腹を押さえながら起き上がった。

 俺が与えたダメージはすべて【自動回復】によって癒やされているらしい。

 全力の勇者パンチを耐える防御力だけでなく、回復力も規格外だ。

 まったく隙がないな、コイツは。


「よくわからんヤツだなぁ。俺に胴体を返さずに【竜臨】を使えば勝てただろうに」

「かもな。ただ、全力のお前と戦ってみたかったんだよ。悪いか?」


 ゼハインがゆっくりと立ち上がる。

 まるで主人公のライバルみたいなことを言うなぁ。

 純粋に戦うことが好きなのだろうか。

 ゼハインは俺に向かって魔槍を放り投げた。


「貸してやる。お前の槍はへし折っちまったからな」

「いいの? これ、なんかいわく付きの槍だろ?」


 俺は受け取った槍をまじまじと見た。

 30センチほどの穂先は青白く光を放っている。

 黒っぽい金属の柄はいかにも頑丈そうで、よくしなる。


「古代竜の牙から作ったって伝説がある『魔槍ディスキア』だ。相手の防御魔法を無視してダメージを通せる」

「へえ~道理で効いたわけだ。俺の【防御強化】を無視してたのかよ、この槍。でもそんな大事なもん、借りていいのか?」


「ああ。持っていけ。それでお前、これからどうするんだ?」

「全身が戻ったからな。魔王をぶっ飛ばす」


「だったら、ついでにマズフレイも貸してやる」

「ありがと――ええ!? あの竜のことだよな」


 俺はエトナの回復魔法によって機嫌を直した竜を指差す。

 たしかに味方になってくれたら心強いけど。


「魔王の拠点まで歩いていくつもりか? 不死者どもがうじゃうじゃいるってのによ。【制御】を使えばお前らでも乗りこなせるだろ」

「でもさ、借りるって言ったってどうやって返せばいいんだよ」


「【制御】を解けば、俺の元に返ってくる。俺はしばらくリカステで休ませてもらうぜ。目一杯殴りやがって」


 ゼハインは腹を押さえながら俺をにらんだ。

 手加減なんてできないし、仕方ないだろ。

 ただ、さすがのゼハインもあれだけの魔法を使っての連戦は無理か。

 

「話はまとまった? この子ももう飛べるみたいよ」

「ああ。リカステの街に戻ろう」


 肩を貸そうとする俺の手を、ゼハインは払い除けた。

 プライドの高い兄ちゃんだな。

 お前らが勝手に体を分割して持っていったおかげで、俺はどれだけの苦労を強いられたか。

 ただ、なんとなく俺はゼハインのことを嫌いになれないでいた。

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