第23話 破戒僧アスターの襲撃

 翌日、俺とエトナは朝から盗賊ギルドへと向かっていた。

 街の情報を集めるなら、まずは盗賊ギルドだ。

 もしかしたら、アスターも同じことを考えているかもしれない。

 盗賊ギルドがある裏路地のあたりは人通りも少なくなっていた。

 待ち伏せするにはぴったりだ。


 俺はいつもの鎧姿にバックラー、槍を装備して万全の状態で歩いていた。

 あと5分も歩けば盗賊ギルドに着く。

 広めの通路の両側には、小さな商店や家屋が並んでいた。


「レン! 上!」


 エトナの鋭い声と同時に、地面に大きな影が落ちた。

 俺は反射的に後ろへ飛び退く。

 さっきまで自分がいた場所に、ハゲ頭の巨漢が降ってきた。

 土煙が舞い上がる。


「ちっ。頭数を減らしておきたかったんだが……エトナは相変わらず鋭いのう」


 奇襲にまったく悪びれもせず、巨漢が言った。

 身長は俺より20センチは高い。

 意思の強そうな眼差しに、太い眉。

 胸まで伸びたあご髭と、黒の司祭服。

 肩も胸も筋肉で盛り上がっている。

 手には金色に輝く、重たそうな杖を持っていた。


「おいおい、不意打ちかよ。卑怯なおっさんだな」

「ふん、寝ぼけとるのか? 貴様。奇襲など、戦場においては常套手段のひとつにすぎん」


「へえ~ご立派。で、おっさんがアスターで間違いないよね」

「いかにも。――貴様はあの時の勇者か。取り込まれていなかったとは。まあよい。その力、もらい受けるぞ」


 勝手なおっさんだな。

 やっぱり、すでに俺たちを見つけて襲撃の機会をうかがっていたのか。

 全身鎧の男とメイド姿の美少女じゃ目立つからなぁ。

 ダンジョンで土竜を倒したことも、街でちょっとした噂になっていたみたいだし。

 それにしても、家の屋根から飛び降りてくるとは。

 ゴツい割には身軽なおっさんだな。


 俺はアスターに【鑑定】を使ってみる。


-----------------------

 アスター


 レベル:66

 体力:1600

 魔力:1100

 攻撃:1700

 防御:1500

 敏捷:700

 魔法:鑑定・吸収・回復Lv.8・攻撃強化Lv.6・防御強化Lv.8・魔法盾Lv.7・光弾Lv.7

-----------------------


 うーん、ゴリゴリのパワータイプ。

 防御系の魔法も充実してるし、タフそうだ。


「なんかあんたと似たような能力ね」


 後ろからエトナが鑑定結果をのぞき込む。

 え……!?

 俺ってあのおっさんとキャラかぶってるの?

 ただ、魔法で自身を強化しながら白兵戦メインで戦うってところは同じだな。

 おっさんの場合、自分で回復もできるところが厄介だが。


「一応聞くんだけど、あんたは何で勇者の力が必要なんだ?」

「決まっておろうが。強くなるためだ。ワシはまだまだ強くならねばならん」


「今でも十分強いだろ?」

「ふん。まったくもって足りておらんわ。……ただ、貴様にはワシが力を求める理由を聞く権利があるな」


 そういってアスターは長いあご髭をなでた。


「ワシはこれまでに魔王に滅ぼされた街をたくさん見てきた。そこで気づいたのだ。住む場所や親を失った子どもたちに必要なのは、『祈り』などではない、とな」

「祈りじゃ人は救えないってことか? あんた聖職者だったんだろう。祈る以外にもできることはあるんじゃないの」


「知ったふうな口を聞くな。人々が心に受けた傷は、他人が簡単に癒せるものではない」


 エトナは口を挟まず、アスターの話をじっと聞いている。

 彼女も魔王によって土地を追われた子どものひとりだからな。


「ワシに力があれば……そもそも魔王をブチ殺せる力があれば、力なき民に悲しい想いをさせることもなかったのだ」

「それで、教えを捨てて破戒僧になったってわけか?」


「がっははは! 破戒僧か。そうかもしれん。何と言われようがかまわんさ。とにかく現実の世界をワシの理想に近づけるためには、圧倒的な力が必要なのだ」

「俺が魔王を倒せば、あんたが理想とする平和な世界になるだろ?」


 アスターは体を揺らして豪快に笑った。

 禿げた頭をペシッと叩く。


「面白いヤツだ。無論、ワシ以外の誰かが平和な世を作ってくれるのなら文句はない。だがな、せっかく手に入れた勇者の力を差し出すだけの価値が、貴様にあるのか?」

「なんだよ、結局やるしかないってことね」


 アスターの表情が一変した。

 口元からは笑みが消え、鋭い眼差しを俺に向ける。

 どっしりと腰を落とし、金色の杖を槍のように構えた。


【光弾】


 アスターがつぶやくと、杖からバレーボールほどの光の弾が現れた。

 大きく弧を描き、俺に向かって飛んでくる。

 俺はサイドステップで弾の軌道を避けるが、光の弾は進路を変えて突っ込んでくる。


「うおっ!? 自動追尾か」


 魔力を込めたバックラーで弾くと、光の弾は空中でかき消えた。

 鎧の左腕部分がビリビリと振動している。

 威力はたいしたことなさそうだが、体に触れると衝撃が発生するようだ。


「ふん。これならどうだ」


 金色の杖から5個の光弾が発射される。

 そのうち3個は俺に向かってくる。

 避けるのは難しいと判断した俺は、【魔法盾】で防いだ。

 退魔のローブと組み合わせれば、衝撃は半分以下に抑えられる。

 しかし、残った2個の光弾はエトナに向かって飛んでいった。


「くっ! 面倒ね」


 エトナは短剣に魔力を込め、光弾を斬り裂く。

 その間、アスターは一歩も動かずに俺たちを観察していた。


「アズトラの宝杖でしょ、それ。教会からくすねてきたの?」

「人聞きの悪いことを言うな。少し借りているだけだ」

「なんだよ、このおっさんもフロックスみたいに魔法の武器を持ってるわけか?」


「かつて女神アズトラが持っていたとされる杖ね。【光弾】をアズトラの宝杖で自動追尾にしてるのよ」

「がっはっは! こんな便利なモン、使わない手はないだろう。教会でホコリをかぶっていた杖を、ワシが有効活用しているということだ」


 杖からさらに5個の光弾が発射される。


「エトナ! 下がっていてくれ。このおっさんは俺が倒す」


 俺は【攻撃強化】と【防御強化】を使って踏み込んだ。

 光弾のダメージは【魔法盾】で軽減させる。

 槍を下段に構えると、フェイントの突きを放ち、続けざまに横薙ぎの一撃を見舞った。

 ガキッと激しい金属音が鳴る。

 アスターは杖で防ぐと、回し蹴りを放ってくる。

 反射的にバックラーで受け止めたが、俺の体がふわりと浮いた。

 えぐいパワーしてるな、このおっさん。

 体勢を崩した俺に向かって、アスターの杖が容赦なく叩きつけられる。


「ぐははは! どうした勇者、そんなものか!?」


 杖で突き、払い、時折蹴りも織り交ぜてくる。

 アスターの体からは様々な色のオーラが立ち昇っていた。

 俺と同様、強化魔法を使っているのだろう。


 路地に金属をぶつけ合う音が響く。

【爆閃】や【暴風】を使いたいが、近くの家まで破壊してしまうだろう。

 中にいる人も無事では済まない。

 なんとか白兵戦で決着をつけたいところだ。

 しかしながら、おっさんの筋肉は伊達ではなかった。

 いわゆるモンクというやつだろうか。

 棒術に加えて、素手での武術もたしなむようだ。


 攻撃、防御面はアスターには及ばないが、スピードなら俺に分がある。

 アウトボクサーのように側面にまわりながら、俺は槍で突き続けた。


「ちっ、うざったいのう。これでも喰らうがいい」


 アスターは後ろに飛び退くと、再び杖を構えた。

 10個の光弾が杖のまわりに浮かび上がる。


「また追尾弾かよ! だったら――」


 俺はまっすぐに走り出した。

 光弾は弧を描いて飛んでくる。

 外側に大きく膨らんで飛ぶ、その瞬間にスキがある。


「ぬおっ!? 正面からきたか」


 俺は振り下ろされた杖をギリギリでかわし、アスターの足の間に頭から滑り込む。

 ヘッドスライディングでアスターの背後にまわると、その巨体を後ろから羽交い締めにした。

 俺を追尾する光弾が迫る。


「バカか!? 貴様も食らう――ンゴオオオッ!」


 10個の光弾が俺とアスターに叩きつけられた。

 1発の威力はたいしたことがないとはいえ、これだけの数を同時に食らうのはマズい。

 俺は【魔法盾】を使わずに受けきった。

 密着した状態で使ったら、アスターへのダメージも軽減されてしまう。

 鎧を着ている分、俺のほうがダメージは少ないはずだ。

 光弾の衝撃で、俺とアスターは吹っ飛んだ。


「ごほっ、効いたぜ。鎧を着ていても痛いもんは痛いな」

「イカレたやつだ……だがワシには回復魔法がある」


 ゆっくりと立ち上がったアスターは光を放つ手のひらを、自身の胸に当てた。

 全身の小さな傷がふさがっていく。

 頭部からの出血も止まった。


 地面に叩きつけられた俺も立ち上がり、再び槍を構える。

 鋭く踏み込み、フェイントを織り交ぜながら突く。

 アスターは杖でさばきながら、拳と蹴りで応戦してくる。


 ふいに、屋根から飛んだ人影が路地に着地した。

 同時に、アスターの体が電撃に包まれる。


「んがああああッ!? な、なんだ!?」


 そうそう、俺も食らったことあるけどさ。

 その【電撃】は効くんだよな。


 エトナは家屋の屋根をつたって、アスターの背後にまわっていた。

 さすがは盗賊、足音は俺にもまったく聞こえなかった。


【電撃】によってスキだらけになったアスターのあごに、俺の拳がめり込む。

 右腕にしっかりと手応えが伝わってくる。

 クリーンヒットだ。

 アスターは白目を剥くと、うつ伏せに倒れた。


 しかし手強いおっさんだった。

 正直、勇者の俺にとって『背後から奇襲する』という戦法は気が引けるんだが――

 なにせ『奇襲は戦場において常套手段』らしいからな。

 仕方ないね。

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