第22話 土竜の撃破と小さな宴

 黄土色の鱗に覆われた巨大な頭部からは、無数のトゲが生えている。

 オレンジ色に輝く目はトカゲのように、縦線が入っていた。

 体長は6~7メートルはあるだろう。

 鋭い牙が生えた口元からは炎がチラチラと見えている。


 背中には翼は生えていなかった。

 先日、ガザニアから帰る時に乗った飛竜との大きな違いはそこだ。

 ずっとダンジョンにいるから退化してしまったのだろうか。

 よし、コイツは土みたいな色をしているから土竜って呼ぼう。


「まずは小手調べだな」


 俺は背負い袋から取り出した拳大の石を5個、空中に放り投げた。

 すかさず右手を前にかざす。


【暴風】


 吹きすさぶ突風とともに石が土竜に襲いかかる。

 しかしミノタウロスとは違い、土竜の体はまったく動かなかった。

 重心が低いからか、余裕を持って踏ん張っている。

 土竜は体を丸くして突風に耐えていた。


「うーん、さすがに硬いな」


 石はすべて土竜の背に当たり、砕け散っていた。

 鱗が剥がれている部分もあるが、ダメージは小さいようだ。

 目眩ましぐらいにはなるか。

【暴風】は他の攻撃手段と組み合わせたり、工夫しやすい魔法だな。


「エトナ、退がっていてくれ」

「あんたに任せるわ。無理しないでよ」


 エトナが後退するのと、土竜が炎を吐くのはほとんど同時だった。

 俺は退魔のローブで体を覆い隠し、【魔法盾】を発動させる。

 キマイラの炎とは段違いの威力だ。

 放射状に吐かれた炎が、石壁を照らしている。


「ふう、すげえ迫力だったけど問題ないな」


 俺と土竜の間にはレベル差はほぼない。

 それでも無傷でしのぐことができた。

【魔法盾】のレベルが上がれば、魔王の攻撃魔法でも防げるだろう。


「じゃあ次は白兵戦だな」


 俺は間合いを詰めると、槍を突き出した。

 土竜は穂先を頭で弾く。

 この硬さ、ワイアームを思い出すな。

 竜の鱗で覆われている部分は、生半可な武器じゃ太刀打ちできないらしい。


 巨大な顎による噛みつき。

 前足による引っかき。

【防御強化】を使っている俺なら、バックラーで防ぐことができた。

 問題なのが、尾による横薙ぎの一撃だ。

 これだけは食らうとヤバイ。

 体重差があるので踏ん張れないだろう。


「レン! 私も――」

「大丈夫だって! そこで見ててよ」


 蛇やトカゲのように、竜の腹は鱗で覆われてはいない。

 防御力は落ちるはずだ。

 だからこそ、飛んでくる石を背中で受けていたのだろう。

 なかなか腹を見せないのが問題だが。


 俺はバックステップで距離を取った。

 それを見た土竜が大きく息を吸い込み、のけぞる。

 ここだ――!

 炎を吐く瞬間、土竜が腹を見せる。


 俺は素早く踏み込むと【攻撃強化】を使い、槍をまっすぐに突き出した。

 魔力によって強化された穂先は、何の抵抗もなく土竜の腹に突き刺さる。

 絶叫がダンジョン内にこだました。

 土竜の巨体が紫の霧に包まれていく。


「すごいじゃない。【爆閃】も使わずに倒すなんて」

「ゼハインと戦う前に、竜について知っておきたかったんだよ。炎は防げるか、攻撃方法とその間合い、ダメージが通りやすい場所、とかね」


「へえ~調べながら倒すってことは余裕あったのね」

「余裕ってほどじゃないけど、強化魔法も使えばレベル70ぐらいの敵でも戦えるんじゃないかな」


 度重なる戦いの中で、俺は確かな手応えを感じていた。

 ただ、敵も強化魔法を使ってくる可能性はある。

 慢心はできない。


「レン、見てよこれ! こんなに立派な魔石があるなんて」

「本当だ。これ、背負い袋に入るかな」


 土竜が霧になった後には、直径が30センチ以上はある魔石が転がっていた。

 投石用にストックしておいた石を取り出して、背負い袋に魔石を押し込む。


「まだ進めそうだけど、腹も減ったし宿に戻ろう」


 地下7階に挑戦してみたい気持ちはあるが、魔力を使い切る前に宿に戻ることにした。

 アスターってヤツが襲撃してくるかもしれない。

 余力は残しておかないとな。





 串焼きにスープ、パンにサラダ。

 普段は頼まない煮込み料理もテーブルに並んでいる。

 宿の1階にある食堂『紅玉の鹿亭』が誇る絶品たち。

 エトナは果実酒まで頼んでいる。


「どんどん持ってきて! 今日は宴なんだから」


 ミノタウロスと土竜が落とした魔石は、合計で150万ゴルドになった。

 買い取ったロダンも初めて査定したらしい。

 買取価格が出るまでに20分以上は待たされ、エトナは不機嫌そうだったが……。

 査定額を見た瞬間に、満面の笑顔になっていた。

 うーん、現金な人だなぁ。


「前から気になってたんだけどさ、エトナって手に入れたお金はどうしてるの? 何か買ってるわけでもなさそうだし」

「へっ? まあ、いいじゃない。貯金よ貯金」


「ええ~本当に? コツコツ貯金するような性格じゃないでしょ」

「お金はいくらあっても邪魔にならないじゃない」


 そう言ってエトナはグラスを傾けた。

 もう3杯目だ。

 こんなペースで飲んじゃって大丈夫なんだろうか。

 たしかに150万ゴルドは大金だが、エトナがお金を使っているところをほとんど見たことがない。


「エトナには助けてもらった恩があるけどさ。魔石は俺が倒した魔物の分も渡してるし、聞くは権利あるだろ?」

「ま、まあ……確かにそうね」


 エトナはバツが悪そうにパンをかじった。

 もぐもぐしながら迷っている。

 俺は何も言わずに待った。


「……故郷のルピナスを復興させたいの。魔王軍にボロボロにされちゃったからね」

「復興って、ひとりで街を?」


「そりゃ街ごと復興は無理だろうけど。焼かれた建物だけでも、ちょっとずつ戻していきたいのよ。今は誰も住めない状態だから」

「そうか。そのための貯金だったんだな」


 言葉が続かなかった。

 それで建築の本なんて読んでいたのか。

 俺が思っているより、エトナは故郷のことを大事にしているようだ。


「その前に魔王をブッ殺さないとね。正直あんたには期待してなかったんだけど、今日の戦いを見る限り望みはあるかも」

「お! やっぱりそう? ついにエトナにも俺の実力が認められる時が来たか。素直に嬉しいね」


「調子に乗らないでよ。やることがあるでしょ」

「うん。あとふたつ、体を取り戻さないとな」


 体を取り戻し、魔王を倒す。

 ルピナスの復興はその後だ。


「で、アスターってのはどんなヤツなの?」

「マッチョで大柄なおっさんよ。盗賊っていうより、山賊の方がイメージに合うわね」


「ふーん。豪快なタイプか。がははって笑う感じ?」

「そうそう。元は聖職者だったらしいわ」


「なんだソレ! 聖職者と盗賊って真逆じゃん。なんでそうなったんだろ?」

「さあ。信じるものが神から力に変わっただけじゃないの? 聖職者として各地を回っている間に、見たくないものもたくさん見たでしょうし」


 なるほど、今度の敵は破戒僧か。

 マッチョということは白兵戦になるかな。

 俺の力を狙っているのなら、すでにこの近くに潜伏しているのかもしれない。


「フロックスは、襲撃に備えて拠点を変えたほうがいいって言ってたよな。今日は別の場所に泊まるのか?」

「襲撃って言ったって、いつどこで仕掛けて来るかわからないじゃない。いいのよ、いつも通りで」


「ふーん、そんなモンかな」

「どうせ襲われるなら、馴染みのある場所の方がまだ戦いやすいでしょ」


 エトナは5杯目のグラスを空けていた。

 この人、アスターが襲いかかってきても戦うつもりないな?

 まあ狙われているのは俺なんだし、仕方ないか。


「アスターが使う魔法とかレベルってわかる?」

「攻撃魔法はひとつね。典型的な物理攻撃タイプだったわ。回復しながら殴るタイプ。レベルは今のあんたと大差ないはず」


 物理攻撃が得意な上に、自分で回復できるとか面倒な敵だな。

 一発で気絶させるなりしないと長引きそうだ。


「大体わかったよ。でも、大柄な男なら目立つだろ。人が大勢いる街なかでは、仕掛けてこないんじゃないか?」

「かもね。こっちが何人で行動しているのも知らないでしょうし。フロックスじゃないけど、誘い出した方がいいかも」


 俺も同意見だった。

 いつどこで襲撃してくるかわからない相手なんて、備えようがない。

 どうせ戦うことになるなら、俺たちが戦いやすい場所で待ち伏せするのも手だな。

 問題はどこで迎え撃つか。

 人気がなくて足場が悪くない場所がいいな。

 湿原はもう懲りごりだ。


「とりあえず今日は飲んで、明日盗賊ギルドで情報を集めましょ。あんたも疲れたでしょ」


 まだまだ余力はあるけど、確かに疲労はしている。

 レベルが上がって魔力が増えたからか、魔法を使ってもあまり疲れなくなってきた。

 しかしエトナの言う通り、今は情報不足だな。

 俺は目の前に並んでいるご馳走に手を付けた。

 しっかり食って、ぐっすり眠る。

 戦いに備えて、万全の状態を作っておくことにした。

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