第21話 風魔法と牛頭の怪物

「いやぁ助かった。せっかく足が戻ったのに、あのまま沈んでいくかと思ったよ」


 フロックスの浮遊魔法で助けてもらった俺は、ゆっくりと深呼吸をした。

【爆閃】で作った地面の穴は直径3メートルほど。

 水たまりと言うには大きすぎる。

 俺の全身がすっぽり収まる深さだ。

 なんとか呼吸がおさまった俺は、【鑑定】を使った。


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 レン


 レベル:64

 体力:1200

 魔力:1400

 攻撃:1400

 防御:1300

 敏捷:1100

 魔法:鑑定・攻撃強化Lv.7・防御強化Lv.6・爆閃Lv.3・暴風Lv.1・魔法盾Lv.1

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 おおおっ!

 かなり強くなってる……!

 何より敏捷の値がググッと上がっているじゃないか。

 自分の足がそろったからだな、きっと。

 エトナのスピードにはまだ及ばないけど、かなり戦い方が変わりそうだ。


 そして新たに習得した魔法がふたつ。

 敵からの魔法を防御する【魔法盾】、これ欲しかったんだよな。

 退魔のローブと組み合わせたら、相当魔法攻撃には強くなるはずだ。


 あとは【暴風】ってやつ。

 これは文字通り強い風を呼び起こす魔法だろう。

 敵と距離を取りたい時や、体勢を崩したい時にも使えそうだ。


「な、エトナ。ちょっと新しい魔法を試してみていい?」

「えー? 私疲れたんだけど。そんなの明日でいいじゃない。もう帰るわよ」


 エトナは湿原で水浸しになったので、早く風呂に入りたいらしい。

 あからさまに不機嫌な様子だ。

 こういう時はゴリ押ししちゃいけないんだ。


「そ、そうしようか。俺たちは街に戻るけど、フロックスはこれからどうすんの?」

「もう一度、魔導協会と話し合ってみるよ。エトナのせいで、宵闇の魔杖はまっぷたつになっちゃったけど」


 恨めしげにエトナを見つめる。

 宵闇の魔杖は込められていた魔力を失ったのか、白っぽく変色していた。


「なによ。仕方ないじゃない。あんたが仕掛けてきたんでしょ」

「ふふっ。冗談だよ。杖のことは正直に謝る。そのうえで正面から僕の想いを伝えるつもりだ」

「それがいい。腹を割って話せばきっとわかってくれるだろう」


 これで一件落着だ。

 危うく溺れかけたが得たものは大きい。

 レベルの上昇による能力アップもさることながら、魔法をふたつも習得できたのだ。

 魔法の威力を試すのが、今から楽しみだ。

 ちらりと横目で見たエトナは、頬をふくらまして腕を組んだままだった。


「ひとつ忠告だ。アスターも勇者の力を狙っている。襲撃に備えて、拠点は変えた方がいいと思うよ。じゃあね」

「そっか。気をつけるよ。来たところで返り討ちにするけどな」


 ニヤリと笑った後、フロックスは湿原を歩き出した。

 俺はその後姿をしばらく眺めていたが、彼は一度も振り返らなかった。





 部屋に戻ったエトナは着替えをつかみ、大浴場に向かった。

 異世界の人々にも大きな風呂は愛されているんだな。

 そういえば古代ローマにも公衆浴場があったんだっけ。

 いいなぁ、俺も湯船にゆっくり浸かりたいよ。


 いつも通り、エトナに分けてもらった湯と絞った布で体を拭いていく。

 頭だけの特は楽だったけど、今は右腕、両足も戻ってきたからな。

 くまなく拭きあげるのは大変だ。

 ただ、清潔にしておかないと病気になりそうだし。

 こっちの世界の風土病とか、免疫がない気がする。


 俺は新しい魔法を試したい気持ちをおさえながら、床に転がった。

 フロックス、強かったな。

『自分が有利に戦える地形かどうか』ってのは戦闘におおいに影響があることを学んだ。

 相手に力を発揮させず、自分は有利に戦える場所を選ぶ。

 ちょっと卑怯な気もするが、正面から戦っても格上の相手は倒せないからな。


 魔法を使いすぎた影響で頭がぼんやりしてきた。

 目を閉じた瞬間に俺は眠ってしまっていた。





 翌朝、空腹で起きた俺は1階の食堂でガッツリ朝食をいただき、エトナと一緒にダンジョンへと向かった。

 かつては苦戦したリザードマンやデスアント、キマイラですら今の俺にとっては雑魚敵である。

 キマイラの吐き出す炎は退魔のローブと魔法盾をあわせて使うことで、ノーダメージに抑えられたほどだ。


 かつての強敵たちよ、すまない。

 俺は少し強くなりすぎてしまったようだ。

 自分に酔いつつ、一気に地下5階まで突き進む。


 驚いたことに、地下5階はさらに天井が高くなり、通路も広がっていた。

 これだけの空間があれば【爆閃】も使えるな。

 壁に使われている石材は、表面が磨かれた高級感のあるものになっている。


「広いねぇ。ってことは、大型の魔物が登場するってこと?」

「そう思った方がいいでしょうね。私も来たのは初めてよ」


 道理で誰ともすれ違わないわけだ。

 地下2階ぐらいまでは、冒険者がうろついているんだけどな。


 薄暗い通路の奥に青い光がふたつ、浮かんでいる。

 これまでの経験で、それが魔物の目であることは予想できた。

 ただ、そのサイズが予想よりデカイ。


 闇の中に巨大な牛の頭が浮かびあがった。

 そして鎧におおわれた、筋骨隆々の人間のような体。

 身長は3メートル以上はあるだろう。

 二足歩行している。

 ただし、鎧の合間からは毛皮が見えていた。

 両手で持っているのは、俺の身長ぐらいはありそうな戦斧だ。


「牛の魔物!? 何よあれ」

「ミノタウロスだな」


「ん? なんであんたが知ってんのよ」

「えーっと、まあ説明は後でいいじゃん。来るよ」


 野太い吠え声をあげながら、ミノタウロスが突進してくる。

 元いた世界では神話に登場する魔物だった。

 それが目の前にいるなんて、なんとも不思議な光景だ。


【攻撃強化】


 俺は前後に足を広げて、腰を落とす。

 手のひらを前に突き出した。

 パワー勝負になりそうな予感がする。

 さあ、新魔法をさっそく使わせてもらおう。


【暴風】


 俺がかざした右手から、凄まじい勢いで風が吹いた。

 回転する竜巻状の風は、ミノタウロスの巨体を押し返す。

 突進する力よりも、吹きつける風の方が圧倒的に強い。


 ブモォオオオオッ!?


 ミノタウロスは明らかに困惑していた。

 そりゃそうだよな。

 普段はダンジョンに風が吹くことなんてないだろうし。

 使っている俺もびっくりの威力である。

 その巨体がふわっと浮くと、一気に向こうの壁際まで吹っ飛んだ。

 壁に叩きつけられたらしく、派手な音がした。

 

 走り寄ってみると、ミノタウロスの巨体が紫色の霧に変わっていた。


「ええ~、やっつけちゃったの?」

「倒したみたいよ。あんた人間離れしてきたわね……」


 ミノタウロスが霧になった後には、ボウリングの玉ほどはある魔石が落ちていた。

 こんなデカイ魔石は見たことがないな。

 一体いくらで売れるんだろう。

 俺は特大の魔石を背負い袋に押し込んだ。


「この調子なら地下5階は余裕みたいね。もう少し降りてみる?」

「ああ。実戦で慣らしてみるよ」


 その後も巨大な剣や斧を持ったミノタウロスが登場したが、触れられることもなく決着がついた。

 おそらくレベルは50前後といったところだろう。

 今なら強化魔法を使わなくても倒せる。


 ミノタウロスを5体ほど倒した後に、地下6階への階段は見つかった。

 広さはさほど変わらないが、壁に焼け焦げたような跡がある。

 炎を吐く魔物がいるということか。


 俺が前を歩き、エトナが背後を警戒しながら進む。


「もうすっかりあんたの方が強くなったね」

「そうかな。でもスピードはまだかなわないよ」


「それ以外はあんたの方が上でしょ。最初はあんなに弱かったのに」

「いや、それは君たちが勝手に俺の体を分割したからでしょ……」


「とりあえず、これからは私が支援役にまわるわ」

「おう、任せてくれ! ふふ」


「なによ」

「いや、嬉しいなと思ってね。早くエトナを守れるぐらい、強くなりたかったからさ」


 俺は自分の手のひらを見ながら歩いた。

 レベルだけでなく、戦闘経験を積んで強敵を倒してきた日々は、俺に大きな自信を与えてくれた。


「ふん。良かったじゃない。せいぜい私のために働きなさいよ」


 これは……エトナが照れている時の声のトーン。

 俺はどんな表情をしているのかを見るために、振り返ってみた。


「レン、前を見なさい! 来るわよ」


 ちぇっ、なんだよ、今いいとこだったのに。

 通路の薄闇に目を凝らしても、俺には何も見えなかった。

 しかし、重たいものをひきずるような音が聞こえる。

 地面を踏みしめるような足音も。


 突然、獣の咆哮が通路に鳴り響いた。

 空洞の胴鎧がビリビリと振動している。

 映画で見た、恐竜のような鳴き声だった。


 石造りの壁がオレンジ色に照らされる。

 口から吐き出された炎が映し出した姿は、巨大な竜だった。


「ほお~さすが地下6階。ついにドラゴンのお出ましか」

「ずいぶん余裕じゃない」


「まあ見ててよ。面白い戦法を思いついたんだ」


 そう言って俺は、石の詰まった背負い袋を地面におろした。

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