第20話 フロックスとの激戦、右足奪還へ
「うおおお、沈む!」
そして周りにつかめる物もない。
な~にが『深くなってるからね』だ!
魔法で作り出した渦潮じゃねえか。
でも湿原なんだから、そんなに深くはないよね……?
【凍結】
フロックスが杖をかざすと、俺の腰から下の水分がすべて凍結した。
カッチカチである。
右手と下半身がまったく動かない。
おまけに左足がめちゃくちゃ冷たい!
「あっはっは! 君はそこで見ていなよ。後でゆっくり取り込んであげるからさ」
フロックスは頭上から5メートルほど離れた場所に浮かんでいる。
微妙に遠いな。
これじゃ【爆閃】もギリギリで届かない。
俺は【鑑定】を使った。
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フロックス
レベル:62
体力:1200
魔力:1900
攻撃:1100
防御:800
敏捷:1200
魔法:魔力感知・浮遊Lv.4・渦潮Lv.8・水弾Lv.9・凍結Lv.10・氷柱Lv.6・魔法盾Lv.8
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強いといえば強いけど。
全然やりあえないレベルじゃないよな。
やっぱり戦う場所がマズかったか。
二人がかりなので圧倒的にこちらが有利なはずなのに。
フロックスは水で作った弾をエトナに向けて撃っている。
エトナはそれをかわし、合間に【電撃】を放って応戦。
「少しでも当たったらレンみたいに凍らされる……面倒な魔法ね」
「湿原で僕と戦うなんてどうかしてるよ」
フロックスは距離を保ったまま、一方的に攻撃を仕掛けていた。
水を跳ねながら、エトナが走り出す。
背の低い木を蹴って、跳び上がった。
短剣を鞘から抜き、斬りつける。
しかし、フロックスはさらに高度を上げてかわした。
「危ない危ない。さすがに素早いね。でも君の武器じゃ、ここまで届かないだろ」
着地したエトナに向かって、フロックスはさらに【水弾】を浴びせる。
エトナが打ち返した【電撃】は、フロックスの周囲に展開された魔法の球体によって威力が減衰してしまっている。
あれはディモンも使っていた【魔法盾】ってやつだな。
「魔法合戦じゃ僕には勝てないよ。君たちが遊んでいる間も、僕は魔法を練磨し続けた。僕を追放した、魔導協会のヤツらを見返すためにね」
「そんなヒネた性格してるから、追放されるのよ」
「ふん。未練はないさ。『宵闇の魔杖』はいただいたからね」
そう言ってフロックスは怪しい光をまとう杖をかかげた。
エトナの周囲に雨のような【水弾】が飛んでいく。
足元の水分が凍りだしていた。
俺は残った左手で、腰から下の巨大な凍りを叩いていた。
魔力を込めたパンチなら破壊できそうだが、体勢が悪すぎる。
うまく力が伝わらない。
湿原という場所もフロックスにとって有利だが、あの魔導協会から盗んだと見られる杖が厄介だ。
ヤツの魔力を増幅させているように見える。
「エトナ。僕は君を気に入っていたんだ。命乞いするなら助けてあげるよ」
フロックスは杖に魔力をめぐらせて言った。
なんだコイツ、エトナのファンだったのか。
でもそのアプローチの仕方はマズいだろ。
エトナは肩で息をしている。
【俊敏強化】を使いながら、雨のような攻撃を避け続けたのだ。
明らかに疲労している。
「あんたに命乞いするぐらいなら、死んだほうがマシよ」
「この……! 僕の情けを踏みにじったな。許さない」
フロックスが怒りの形相で攻撃を再開する。
同時に、俺の右腕が氷から抜けた。
俺は腰の下にある氷のかたまりに、手のひらをのせる。
この距離から撃つと自分にも少しダメージがありそうだが、そこは退魔のローブの軽減効果を信じよう。
【爆閃】
手のひらから放たれた光の球は、氷を一瞬で蒸発させた。
地面に大穴が開き、周囲の水によって満たされていく。
これで体は動かせるぞ。
「な、なんだ!? こいつ」
氷から解き放たれた俺に向かって、フロックスは杖をかざした。
青く光る魔法陣が浮かび上がる。
無数の氷の柱が空中で作られていく。
【氷柱】
鋭く尖った氷が俺に降り注ぐ。
バックラーでそれらを打ち払い、なんとか投石するタイミングを待ったが……。
フロックスは、氷の柱を絶え間なく撃ち続けていた。
その間も【魔法盾】は展開したままである。
アイツの魔力は無尽蔵なのか?
あの宵闇の魔杖がある限り、撃ち疲れを待つのは難しいようだ。
エトナが短剣を抜き、俺に目線で合図をした。
【俊敏強化】を使い、まっすぐに俺に向かって走り込む。
すごい勢いだ。
俺が踏み台になれば、フロックスの位置まで届くかもしれない
「何をするつもりだ。大人しく見ていろ」
フロックスの意識がエトナに向いたその瞬間、俺は手のひらを空に掲げて【爆閃】を放った。
飛んできた氷柱はすべて空中で蒸発する。
至近距離でいきなり発生した強い光に、フロックスも目がくらんだようだ。
「よし、来いッ!」
俺は腰を落として、手を前に組んだ。
バレーのレシーブをする時のように。
エトナは俺の組んだ両手を踏み台にして、真上に跳び上がった。
タイミングは完璧。
「う、うわっ」
フロックスが反射的に突き出した杖を、エトナの短剣が両断する。
杖の切断面から霧のように魔力が放出されていく。
浮遊魔法の効果も解けたようだ。
フロックスが湿原に着地する。
水しぶきが舞った。
俺は走り寄り、その鼻先に槍の穂先を突きつけた。
近距離戦は苦手とみた。
距離をとって魔法攻撃ばっかりしてきたもんな。
「くっ、わかったよ。降参だ」
折れた杖を投げ捨て、フロックスは両手を上げた。
「好き勝手やってくれたわね」
エトナが不機嫌そうにフロックスをにらんだ。
服も髪も濡れている。
「はあ。絶対勝てると思ったんだけどな」
フロックスは、ずぶ濡れになったローブの裾を絞った。
心底残念そうな表情だ。
「で、君は何がしたかったんだよ。俺からは右足、魔導協会からは杖まで盗んだんだろ?」
「僕は――強くなりたかったんだよ。それだけだ」
「元からそこそこ強かったじゃない。もっと強くならなきゃいけない理由があったんでしょ」
フロックスは、観念したようにポリポリと頭をかいた。
「僕に魔法を教えてくれた師匠の村が、魔王軍に襲われてね。魔導協会に助けを呼びかけたんだ。だけど、あいつら言い訳ばかりで動こうとはしなかった」
エトナの表情が曇った。
きっと故郷のルピナスが襲撃されたことを思い出したんだろう。
「村は全滅したよ。魔王軍も憎いけど、魔導協会のヤツらに腹がたった。何のための魔法なんだ、ってね」
「それで、なりふりかまわず強くなろうとした、ってことか。じゃあ、俺があんたの代わりに師匠の仇を取ってやるよ」
魔導協会も会員ひとりを救うために、組織を動かせなかったのかもしれない。
ただ、魔法が使えるのだから力のある人たちの集まりであることは、間違いないだろう。
フロックスのいらだちも理解できる気がした。
「僕の見立てじゃ、君が全身を取り戻しても魔王にはおよばない。無駄死にするだけだ」
「俺は体を取り戻しながら強くなってるんだぜ。試す価値はある」
フロックスは軽く頭を振ると、ため息をついた。
わかってないな~って感じだが、俺も魔王の幻体と戦ってその強さの片鱗は理解しているつもりだ。
決してくつがえせないほどの差じゃない。
エトナがフロックスの背に手のひらを当てる。
【魔法解除】
俺の鎧の右足部分が、内部から発光する。
やがて光がおさまり、懐かしい感覚が戻ってきた。
右足の足首まで、水に浸かっている間隔だ。
正直、あまり気持ちの良い感触ではないが、生身の感覚が戻ってきたことが嬉しい。
「おお~、これこれ! この感覚ですよ」
俺は一歩ずつ湿原を踏みしめる。
鎧の隙間部分から入り込んだ水が冷たい。
そのまま速度を上げ、走り出した。
速い!
両足が鎧、片足だけ生身の足、というのを体験したが、両足がそろうと段違いに走る速度がアップした。
その場で飛び跳ねてみる。
足が水に浸かった状態でも、問題なくジャンプできた。
これなら戦闘時に敵との間合いを詰めたり、攻撃を回避するのもスムーズになるだろう。
やっぱり自分の体は最高だな。
しかし、着地したつもりなのに地面を踏む感触がない。
そのままズブズブと沈んでいく。
調子に乗った俺は、自分の【爆閃】で開けた大穴にハマってしまった。
「うおおお沈む! た、助けて! 鎧が重たい!」
「エトナ、君は……」
「何も言わないで。私も苦労してるの」
必死に立ち泳ぎをする俺を、エトナが呆れた様子で眺めていた。
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