第17話 ディモンの武具店
「ありがと、レン。今回はあんたに助けられたわ」
「いいって、そんなの。エトナはずっと助けてくれていたじゃないか。ここんとこ戦ってばっかだったし、ゆっくりしてくれよ」
肩の傷はほぼ治りかけているが、念のためエトナはしばらく休むことになった。
完全に痛みが消えるまで、回復魔法をかけ、そしてひたすら寝る。
常に魔物と戦い続けている冒険者にとって、体こそが資本。
大怪我をした後こそ、しっかり治しきるのが大事だな。
俺はというと街を散策するしかなかった。
ガザニアの近くにはダンジョンもないらしい。
どうせなら鍛錬しておきたかったが……仕方ないな。
街の規模が大きい分、商店も賑わっている。
ここなら今まで見たことのない武器や防具も見つかるかもしれないな。
俺は街の人に聞いた、ガザニアいちの品揃えだというディモンの武具店に向かった。
『力こそ正義』
戦斧の絵の下にそう書かれた看板がかかっている。
ここがディモンの武具店か。
どうやら、かなり偏った思想をもった店主らしい。
しかし、異世界に来てからは力の重要性を痛感させられた。
強くなければ生き残れないのである。
石造りの建物の裏は、広場のようになっていた。
扉を開けると、中で10人ほどの冒険者たちが武具を物色している。
「おう、いらっしゃい!」
カウンター越しにゴツい男が、明るく出迎えてくれた。
袖のないシャツから見える肩は、筋肉が盛りあがっている。
角刈りに長めのもみあげ。
まつ毛も妙に長い。
歯を見せてニカッと笑っている。
いい人そうだが、なんかクセがあるな。
おそらくこの男が店主のディモンだろう。
「なんか探してんのか? 兄ちゃん」
「冒険者やってるんですけど、ここは街一番の品揃えなんですよね? 今の俺に足りないものが見つかるかなーって」
俺の身分は冒険者ってことにしている。
盗まれた体を取り戻す旅をしています、なんて説明しても混乱するだろうし。
「おう、いい判断じゃねえか。ガザニアで最強を目指すならこの俺、ディモンに相談するのが一番の近道よ。まずは装備を見せてみな」
「装備って言っても……防具は今着てる鎧だけ。武器は槍とスティレットだね」
「ほお~なかなか骨太だな。盾も欲しいところだが……オイちょっとまて、このスティレット見せてもらっていいか?」
「はあ。いいッスよ」
ディモンはスティレットの柄を指でなでると、目を伏せた。
なんだその憂いのある表情は。
「これ、どこで手に入れたんだ?」
「ガザニアに来る途中、リビングアーマーに襲われて。そいつが持ってたんだよ」
「そうか。間違いねえ。これは俺が昔、親友に贈ったモンだ」
「えっ!? ごめんなさい。勝手に貰っちゃった」
「いいんだ。戦場で散ったのは5年以上も前の話だ。まさか、不死者にされちまってたとは」
「魔王が亡くなった人を使って兵士にしているんだよ。ディモンさんの友達も、きっと……」
ディモンは「そうか」とだけつぶやいて、スティレットをカウンターに置いた。
手で目元を覆う。
俺は拳を握りしめた。
人の魂をなんだと思っているんだ。
魔王はたくさんの怒りと悲しみを生んでいる。
「これ、返しますね」
「いや、いい。そのまま使ってくれ。アイツは街を守るために戦った。その想いを引き継いでやってくれ」
ディモンは寂しげに笑った。
冒険者として魔物を狩ることは、街の人々を守ることにもつながる。
持ち主の遺志を継いで、せめて大事に使わせてもらおう。
「さて、本題だ。今の兄ちゃんに足りないモンは、ずばり盾だ」
そう言ってディモンは壁にかかっていた、銀色の丸い盾を持ってきた。
直径は50センチぐらい。
中央がドーム状に盛り上がっている。
裏面に付いている革製のベルトを前腕に固定することで、片手を塞がずに使用できるようだ。
いいじゃん、これ。
両手で槍をあつかう俺にピッタリだ。
「鎧で防ぐにも限界はある。このバックラーなら体に届く前に刀剣を打ち払えるし、なんだったら武器としても使えるぜ」
お値段は10万ゴルド。
なかなかに高価だが、俺はひと目で気に入ってしまった。
中距離の攻撃は弾き、懐に入られた時は盾でブン殴る。
シンプルでいい。
「これ貰うよ。さっそく試したいんだけど、ガザニアの近くにはダンジョンはないよね」
「おう、それなら裏の練習場を使っていいぜ。武器の試用のために開放してるんだ」
「あー、それは有り難いけど……今ひとりなんだよね」
「盾を試すなら相手がいるよな。元冒険者の俺が稽古つけてやるよ」
そう言うとディモンは店員らしき青年に声をかけ、幅広の剣を手に取った。
チェインメイルまで着込んでやる気満々だ。
アクティブなオッさんだなぁ。
裏の広場では、冒険者風の出で立ちをした若者たちが組手を行っていた。
武器の使用感を確かめてから購入できるらしい。
持ち主と武器・防具の間には相性があるもんな。
良いシステムだ。
ディモンもバックラーを装着し、兜をかぶって肩に剣を乗せていた。
じゃあ、怪我させない程度に試させてもらうか。
俺は力加減を調整するために、【鑑定】を使った。
-----------------------
ディモン
レベル:65
体力:1800
魔力:1200
攻撃:1700
防御:1100
敏捷:700
魔法:鑑定・攻撃強化Lv.7・防御強化Lv.6・魔法盾Lv.7
-----------------------
なんだぁこのオヤヂ!?
強いよ強いよ。
今まで見た中で最強候補じゃねえか。
元冒険者って言っても、今は40歳を過ぎているはず。
「さあ、やるか。バックラーは着けたな? 俺は魔法ナシでやるが、兄ちゃんは使っていいぜ」
ディモンが例のニカッとした笑いを向ける。
くぅ~舐めやがって……余裕だな。
しかし戦力はあちらが上。
俺は【防御強化】を使った。
「おう、行くぜ!」
ディモンが鋭く踏み込み、上段から斬りおろしてきた。
俺は前腕に取り付けたバックラーで受け止める。
激しい金属音が鳴った。
体重が乗った重い一撃だ。
【防御強化】を使っていなかったら、きっと立っていられなかった。
ただ、盾の中央にあるドーム状の突起が、うまく刃をすべらせて勢いを殺している。
「ま、悪くねえ。だが、バックラーは『受け止める』より、『打ち払う』使い方の方がいい。俺の剣をはじくつもりでやってみな」
俺はディモンの教え通り、バックラーを振るった。
今までは鎧と【防御強化】でゴリ押ししてきたが、積極的に敵の攻撃を防げるのは良い。
剣をはじくことでディモンの体勢がグラついた。
俺は槍を横薙ぎに叩きつける。
しかし、その槍もディモンのバックラーで弾かれた。
「お前にできることは俺にだってできる。常に冷静に、だ。相手の想像力を超えろ」
ディモンはバックラーの使い方だけでなく、戦いの臨む心得も教えてくれていた。
武具を売るだけでなく、持ち主の力を最大限に引き出す方法も伝えているのだ。
もちろん売るためやっている側面はあるだろうが、自分の扱う商品と顧客に対する熱意を感じた。
「ふう。こんなとこだな。若いヤツの相手すんのは疲れるぜ」
「……あざっした」
一時間以上は練習に付き合ってくれただろうか。
俺は疲労しきっていた。
息切れはしない体だが、強化魔法を使いながらの戦闘は頭が疲れる。
一方、ディモンにはまだまだ余裕がありそうだった。
疲れはしたが、その分収穫も大きい。
バックラーによる打ち払い、近間での打撃、体当たり。
どれも今後の戦いに活かせそうだ。
槍やスティレットと同時に使えるのも良い。
エトナが完全に復帰するまで、まだ数日はかかるだろう。
俺はディモンに稽古をつけてもらうよう、頼んだ。
「もちろん構わねえぜ。兄ちゃんの技はすべて教科書通りだからな。実戦で使える戦い方を教えてやる」
ディモンは片方の眉をクイッと上げて、快諾してくれた。
「一時間あたり1万ゴルドでいいぜ」と付け加えてきたが。
そこはまあ、商売人。
貴重な時間も使ってもらうことだし。
戦いに関してはエトナから基礎を教えてもらったに過ぎない。
ここらで腕のたつ人からしっかり教えてもらうのも悪くないよな。
それから5日間、俺はディモンにがっつり稽古をつけてもらった。
日が昇ったら支度をして、ディモンの武具店に向かう。
実戦で培った技術を教えてもらい、少しずつ強くなる。
目標に向かって前進していることを体感できる、俺にとって楽しい時間だった。
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