第18話 真の冒険者への道のり

「よし! 卒業試験といこうじゃねえか。存分にかかってきな」

「ありがとうディモン。今日こそは一本取るよ」


 武具店の裏にある練習場で、俺はディモンと対峙していた。

 俺は腰を落として槍を構える。

 ディモンは幅広の剣を下段に構え、真剣な眼差しを投げかけてきた。


 俺は一歩踏み込み、【攻撃強化】を使って槍を突き出す。

 本気の一撃である。

 ディモンは槍の穂先をバックラーで打ち払うが、俺はバックラーを前に掲げてタックルをかます。


「おう!」


 衝撃を受けてグラついたディモンに向かって、俺は【爆閃】を放った。

 爆音とともに砂煙が舞う。

 魔王の幻体すら吹き飛ばした俺のとっておき。

 ディモンの防御力を信じていなければ、とても人間相手に撃てるものではない。


「やったか……!? うぐお!」


 不意に砂煙の向こうから銀色の円盤が飛んできた。

 腹に直撃してからわかった。

 あのオッさん、バックラーを投げやがった。

 ディモンが言った『相手の想像力を超えろ』ってのはこういう意味か。


 砂煙の中からぬっと姿を現したディモンは、半透明の球体に包まれていた。

 おそらく【魔法盾】という魔法だろう。

 俺の【爆閃】によるダメージはなさそうだ。

 一瞬戸惑った俺にディモンが組みつく。


「おるぁッ!」


 ディモンのゴツい腕に首をつかまれ、力任せに投げ飛ばされた。

 立ち上がろうとするところに、鋭く剣が振り下ろされる。

 その後も一進一退の攻防が続いた。


 剣戟の音にさそわれて、店の客も集まっていた。

 なんだよ、見世物じゃないぞ。


「何やってんだ兄ちゃん! しっかりしろ」

「バカお前、そこは頭突きだろうが!」


 無責任に盛り上がっている。

 この世界、日本に比べたら娯楽は少なそうだしなぁ。


「さあ、張った、張った! そろそろ締め切るぞ。5:1でディモンだ」


 賭けまで始まる始末。

 この練習場でディモンと渡り合えるのは今のところ、俺だけらしい。

 物珍しさもあいまって、観戦は白熱していた。


 稽古をつけてもらった初日よりは、ずっとまともに戦えるようになった。

 ただ、強化魔法を使ってもなお、ディモンとの力の差は歴然としている。

 このままじゃジリ貧だ。

 なんとかしてディモンの想像を超える攻撃を仕掛けなくては。

 冷静かつ慎重に、相手の動きを観察する。


 俺は大きく振りかぶって槍を投げつけた。

 ディモンはやすやすと槍を避け、突進してくる。

 剣の間合いに入った。

 十分にひきつけた俺は、フリスビーのようにバックラーを投げつけた。


「ふゴッ!?」


 きらめく円盤がディモンの顔面に直撃する。

 隙あり!

 俺は手をかざした。

 しかし、ディモンはまったくひるまなかった。

 魔法を発動する前に、ディモンの剣が俺の首元にピタリと突きつけられていた。


「よおおっし! ディモンの勝ちだ!」

「チクショオ、何やってんだ兄ちゃん」


 勝手なヤジが飛んできた。

 くうう……くやしい。

 あと一歩及ばなかった。


「フッフフ。最後の一撃は悪くなかったぜ」


 すげえ量の鼻血を流しながら、ディモンが笑った。

 前歯が血で濡れている。


「ごめんなさい。加減する余裕なんてなかったんで」

「謝るこたぁねえさ。まさか槍投げからの盾投げとはな……お前の創造性、見せてもらったぜ」


 流れる鼻血をぬぐわずに、ディモンはグッと親指を立てた。

 タフなオッさんで良かった。


「お前ならたどり着けるかもしれねえな……『冒険者のいただき』によ」

「あ、はい。がんばります」


 正直、フワッとしていて冒険者のいただきが何かわからない。

 そもそも、俺はそんなものを目指していたんだっけ……?

 しかし、納得せざるをえない熱気がディモンにはあった。


「またいつでも相手してやる。俺から一本取ったら酒を奢ってやるぜ。じゃあな」


 そう言ってディモンは店に戻っていった。

 俺はその背中に深々とお辞儀をした。

 単純なレベル上げでなく、戦う術を教えてもらった。

 感謝しかない。




「ちょうどいいところに来たわね。長が手がかりを見つけてくれたの」


 そろそろ情報が集まっているかな、と期待して訪れた盗賊ギルドにはエトナがいた。

 いつものメイドさんスタイルである。


「もう歩いて大丈夫なん? 無理してないか」

「いつまでも寝てられないわよ」


 エトナが伸びをしながら言った。

 顔色はいい。

 肩の傷もほぼ回復したようだ。


「お前らが探している盗賊のひとり、フロックスの消息がつかめた。ヤツは今、ヘーゼル湿原にいるらしい」

「イニティから少し南東に行ったところね。何してるの?」


「さあ、そこにいる理由まではわからねえ。近くを通った隊商が荷物を奪われたそうだ。なんでも水の魔法を使うらしい」

「せっかく勇者の魔力で強くなったのに、あいつも追い剥ぎみたいなことやってるのね」


 今度の敵は湿原にいるのか。

 ようは湿った草原だよね。

 いかにも足場が悪そうだな。

 機動力が低い俺にとっては、相性の悪い地形だ。


「盗賊なのに魔法が得意なのか。エトナは戦ってるのを見たことある?」

「一度だけね。水を自由に扱っていたわ。フロックスは元々魔法使いなのよ。素行不良で魔導協会から追い出されたって聞いたけど」


 エトナの話では、魔導協会というのは魔法使いが所属する組織のようなものらしい。

 ギルドとは違って、学校なんかも運営しているのだとか。

 一定の基準を満たした者が、魔法使いだと認定されるそうだ。

 魔導協会には認定機関としての側面もあるんだな。


「後は竜騎士ゼハインだな。ルピナスの近くにある街で魔王軍の兵士を蹴散らしているって話だ。なんでも魔王軍の南下を単独で退けているとか」

「でしょうね。そのあたりをウロついてると思ったわ。北に行くって言ってたし」


 ゼハインって、確かエトナが盗賊の中で一番強いって言ってたヤツか。

 竜騎士ってのは、おそらく竜を操る騎士の総称だろう。


「なんだ、エトナはゼハインがルピナス付近にいることを知ってたの?」

「ま、大体ね。居場所がわかっていても、今の私たちじゃアイツには勝てないわ」


 ずいぶんハッキリ言うなぁ。

 でもゼハインは素でレベルが60、勇者の魔力でそれ以上の力を持っているのだから、ふたりがかりでも厳しそうだ。

 単独で魔王軍を退けるってのも、相当な実力がないとできないことだからな。


「ゼハインが操ってる竜だけでもレベル70相当って話だ。なんでも、数日前に魔王の側近であるガヴェラを倒したとか」

「ガヴェラを? いくらなんでもそれはないでしょ。レベルは100を超えているはずよ」


「俺も信じられなかったがな。ルピナス近郊の村に派遣してるウチのメンバーの話だ。確かな情報だぜ」


 盗賊ギルドの長は腕を組み、眉をひそめた。

 魔王の側近って言うぐらいだから、相当強いんだろうけど……ゼハインはそれ以上だってことか。

 おまけに連れている竜がレベル70相当、ゼハインはそれ以上と考えたら確かに勝ち目はない。

 あくまで現時点では。 


「それにしたって、誇り高い騎士様のくせに盗賊ってどうなのよ」

「あいつは盗賊ギルドで情報を集めていただけで、物を盗んだりはしてないわ。持っていったのはあんたの体だけね」


「そっか。盗賊じゃないけど、手段は選ばないって感じか」

「カネも名誉も興味なし。強くなることしか頭にないヤツね」


 シンプルな動機だ。

 だからこそ厄介かもしれない。

 戦うなら一番後回しにした方が良さそうだ。


「まずはフロックスを倒しましょう。あと二箇所、体を取り戻せばゼハインとも渡り合えるはずよ」

「よし、それで行きますか」


 俺たちは長に礼を言って、盗賊ギルドを後にした。





 翌朝、俺たちは飛竜便でイニティに戻ることにした。

 盗賊ギルドの長に教えてもらった場所は、学校の運動場ぐらいの広さがあり、5体ほどの竜がのしのしと歩いている。

 受付で手続きを済ませて金貨を支払うと、黒ぐろとした竜が1体近づいてくる。

 生まれて初めて見る竜は、馬より少し大きいぐらいだった。

 受付のおばちゃんの話では、人間が飼いならせるのはこのぐらいが限界だそうだ。


 光沢のある鱗に覆われていて、巨大な翼を持っている。

 翼で生じる浮力だけでは空を飛べないはず。

 魔法で自らの体重を軽くしているのではないか、という説があるらしい。

 どういう理屈なのかわからないまま利用している点はちょっと怖い。

 ただ、俺は好奇心を抑えられなかった。

 せっかく異世界にいるんだし、空飛ぶ竜に乗ってみたい。


 飛竜の背中には鞍が据え付けてあり、御者と俺、エトナの3人が乗っても余裕があるほど広かった。

 御者の【制御】によって操られた飛竜は、雲をさわれそうなほどの上空へと飛び上がる。

 一定の高さまで上昇すると、今度はイニティに向かって飛翔した。

 向かってくる風が強い。

 エトナは俺の影に隠れて座り、脚を組みながら本を読んでいた。


 単純な体の大きさ、放たれる魔力の量。

 風を切って空を突き進むパワフルさ。

 ナイフのように鋭い牙。

 人間に操られているものの、飛竜も相当に強いことが実感できた。

 今の俺が一対一で戦ったら、勝てたとしても相当苦戦しそうだ。


 竜を倒す方法も考えておいた方がいいな。

 ゼハインが使役する竜は、俺が今乗っている竜よりも強いのだから。

 朝日に照らされた街並みを見下ろしながら、俺たちは空の旅を堪能していた。

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