第15話 不死者の森と魔王

 力任せに叩きつけた槍が、白い頭蓋骨を粉砕する。

 それでもなお、骸骨の姿をした魔物――スケルトンは俺に向かって歩こうとする。


 この調子ですよ。

 魔物の中でも不死者ってのは厄介な存在だね。


 特に物理攻撃がメインの俺にはあんまり相性がよろしくない。

 聖なる魔法で骨に取り憑いた亡霊を祓う――そんな戦い方ができればいいんだけど。


 エトナの振るう短剣の刃が薄暗い森の中できらめく。

 リビングアーマーもそうだったが、不死者たちは基本的にノロマだ。


 エトナなら止まっているように見えるだろう。

 スケルトンたちは剣や盾、鎧で武装してはいるものの、いずれもひどく錆びている。


 強化魔法を使うまでもなく、空中に断ち切られた骨が舞った。


 森の中で迷って死んだのか、近くにある戦場跡で何かを守るために戦死したのか。

 経緯はわからないが、このスケルトンたちだって元は人間なのだ。


 叩きのめすのは気が進まない。

 ただ、こうもワラワラと現れると感情が麻痺してくる。


 俺たちはガザニアの北東にある森の中を調査していた。

 まだ朝なのに、うっそうと茂った木々の陰のせいで薄暗い。


 おまけに怪しげな霧まで立ち込めている。

 街道を外れて森の中に入った瞬間、嫌な予感がした。


 何かがいる。

 しかし生き物の気配ではない。


 それだけはハッキリとわかった。

 直後、獣道で木々の間からスケルトンたちが襲いかかってきたのだ。


「なあエトナ。たいして強くはないよな、コイツら」

「レベル20前後ってとこね。私たちなら余裕だけど、普通の人が襲われたらひとたまりもないわ」


 エトナは魔石を拾いながら、周囲を警戒していた。

 すでに6体分の人骨が散らばっている。


 森に入ってすぐにこれだけの数が襲ってくるのだから、奥に進んだらどうなることか。


「適当なところで切り上げないと、キリがなさそうだぜ」

「もう少し北に進んだところに砦跡があるそうよ。50年ほど前に激しい戦場になった場所なんだって。そこまでは調査しましょう」


 ギルドの長の話では、このあたりには昔ガザニアが周辺の小国と戦争していたころの戦場跡がたくさんあるのだとか。


 鉱物資源をめぐっての争いが絶えなかったらしいが、森の中にある砦か。

 戦地に向かうまでの中継地点だったのかもしれない。


 歩く時は俺が前、エトナが後だ。

 防御力には自信がある。


 敵が現れたらエトナに援護してもらいながら俺が迎撃する。

 シンプルな分業だが、役割が明確なので動きやすい。


 さらに進むと、木々の奥がオレンジ色に照らされていた。

 怪しいな。


 空中に炎の玉がゆらゆらと浮かんでいる。

 見覚えがあるな……確かライムが使った【火炎弾】って魔法じゃないのか。


「レイスね。魔法を使う分、スケルトンより手強いわよ」


 エトナと俺は背中合わせに立つ。

 これまでの不死者は物理攻撃ばかりだったが、レイスってのは魔法も使えるのか。


 俺ですら最近覚えたというのに、生意気な。


 炎の玉が俺に向かって飛んできた。

【防御強化】を使いながら、炎の玉を槍の穂先で斬る。


 魔法で作られた炎を斬るっていうのは不思議な感触だが、魔力が込められた武器なら十分に可能だ。

 勢いを失った炎の玉が空中で消えていった。


 そして木々の間を縫うように、黒いローブを着た人影が飛んでくる。

 眼窩の中には目玉はなく、歯がカチカチと音を立てていた。


 杖を持った空飛ぶ骸骨。

 初めてレイスを見た俺の印象である。


 おおかた亡霊が魔法使いの骨に取り憑いた魔物なんだろう。


 幽霊のように半透明だったりしたらどうしよう、と思っていたが骨という実体はある。


 だったら、亡霊が取り憑く対象である骨自体をバラバラに砕けば動けなくなるはず。


 レイスは俺の槍が届かない位置から炎の玉を飛ばしてくる。

 距離を取るということは、こちらの物理攻撃を警戒しているということだろう。


 俺は鋭く踏み込み、槍を突き出した。

 穂先がローブを裂くが、ダメージはないようだ。


 やはり骨の魔物に突きというのはイマイチだな。

 俺は槍の重量に任せて振り回した。


 レイスは明らかに怯み、より大きく距離を取る。


「面倒ね。さっさと消えなさい」


 エトナの手のひらが発光し、火花が散った。

【電撃】か。

 確かに遠距離からの魔法攻撃が有効なのは間違いないだろう。


 俺は目線でエトナを制した。

 この調子だと不死者はまだまだ登場しそうだ。

 貴重な魔力は無駄遣いできない。


 俺は背負い袋から手ごろな石を取り出すと、レイスに向かって放り投げた。

 肩に直撃し、腕の骨が散らばる。


 レベルの上昇とともに、投石の威力も上がっている。

 次に投げた石は頭蓋骨部分を粉砕。


 頭を失った骨とローブが地面に落ちる。

 あっさりと決着がついた。


「あんたの投石も馬鹿にできない威力になったわね。魔力もたいして使わないんでしょ、それ」

「まあね。右腕が戻ってきたからさらに投げやすくなったよ」


 エトナも感心するほどの威力と命中率だ。

 鎧の体にも慣れてはきたが、やっぱり自分の体が一番。


 動く敵が相手でもよほど小さくない限り命中させるのは難しくない。

 なにより石はどこででも簡単に調達できるってのがいい。


 ただ、硬い相手にはあんまり通じないんだよなぁ。

 鉄球を用意してもいいかもしれない。


 毎度拾いにいかないといけないが、威力はさらに上がるだろう。

 いっそ、大砲用の砲弾をぶん投げるのもアリかな。


 この世界にも火薬はありそうな気がする。


 時折現れるスケルトンやレイスを倒しながら、俺たちは獣道を進んでいく。

 30分以上は歩いただろうか。


 背の高い木が生えていない、開けた場所に出た。

 小高い丘になっている。


 その中央に木材を組んで作られた砦跡があった。

 

 ツタが外壁を覆っている。

 腐敗して崩れている部分もある。


 あたりの木々を材料にして建築した、簡易な砦のようだ。

 それでも大きさは50メートル四方はあるだろう。


 霧の中でぼんやりとたたずむその姿は、おとぎ話に出てきそうな雰囲気を醸し出している。


「なーんかヤな感じね。ネガティブな魔力が渦巻いてるっていうか」


 エトナの顔がいつにも増して白い。

 ただならぬ気配は俺も感じていた。


 かつて多くの人々が命を落とした場所だからか?

 俺はあんまりオカルトを信じないタイプなんだけどなぁ。


 しかし、今となっては鎧の体で槍を振りまわし、歩く骸骨をぶっ飛ばしている身である。

 俺の存在がもはやオカルトめいているな……。


 森に入った時から漂っている霧がさらに濃くなった。

 俺は砦に向かって歩き出そうとした。


「レン。隠れて」


 エトナがささやく。

 彼女が俺の名前を呼ぶ時は本気モードなのだ。


 今までの経験からそう学んだ。

 俺は無言で彼女に従い、巨木の陰に隠れた。


 おぼろげに人影が見えた。

 砦の前に誰かが立っているのだ。


 ただ、人間にしては身長がデカすぎる。

 おそらく3メートル以上はあるだろう。


 巨大な角のついた兜。

 黒いローブを羽織った大男だ。


 その肩幅の広さから男だということがわかる。

 不思議なことに、体全体が薄く透けているように見える。


 表情は見えない。

 兜の中は真っ暗で、目の代わりに赤い光がふたつ浮かんでいた。


「不気味なヤツだな。あれも不死者かな」


 俺は小声でエトナに訪ねた。

 しかし返答はない。


 男は両手を前にかざして、何かをつぶやきだした。

 上半身から怪しい光が立ち昇っている。


 空中に魔法陣のような模様が浮かび上がった。

 何かの魔法を使っているようだ。


 地面が盛り上がり、小さな泥の山から白い手の骨が突き出された。

 スケルトンがゆっくりと這い出してくる。


 5、6……どんどん出てくるぞ。

 あっという間に男の周りに10体以上のスケルトンが並んだ。


 いずれも錆びた剣や槍、斧など武器を持っている。


 さらに、砦の前で朽ちていた鎧が空中に浮かぶ。

 腕、足部分がひとりでにつながっていき、直立した。


 あれは俺がガザニアへの道中で倒した魔物、リビングアーマーじゃないか。

 魔法で亡霊と鎧をつなぎ合わせているのかもしれない。


 ってことは、あいつがこの辺を徘徊している不死者たちを作り出していたのか?

 なんだか息苦しい。


 押しつぶされそうな黒い気配が漂ってくる。

 ヤバいぞ。


 今まで戦ってきたどんな魔物にもない圧迫感。


 振り向くとエトナが短剣の柄を握りしめて震えていた。

 おびえきった表情。


 目には涙を浮かべ、唇は震えていた。

 いつもの勝ち気なエトナからは想像できない姿だ。


「エトナ――!」

「間違いないわ。アイツは……」


 男は首を回してこちらを見た。


 なんの感情も読み取れない、赤い光だけが兜の中に浮かんでいる。

 とっくにこちらの存在に気づいていたのだ。


「魔王ヴェルギア……どうしてアイツがここにいるの」

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