第14話 ガザニアに到着、盗賊ギルドからの依頼

 日差しが弱まり、あたりに夕暮れの気配が漂っている。

 岩山を抜けるとガザニアの街はすぐそこにあった。


 明らかにイニティよりも規模が大きい。

 灰色の城壁が街全体を囲っていた。


 周辺には農地らしきものもあるが、岩山が目立つ。

 山を背負うような立地で、外敵から守りやすそうな地形だ。


 様々な方角に街道が伸びているのを見るに、交易で栄えた街なんだろう。


 荷台の中でエトナが【制御】をかけなおしてくれた。

 ジェキルに断ち切られた左腕部分が胴鎧にくっつく。


 全身鎧姿ってだけでも目立つからな。

 おまけに横から見られたら鎧の中身が空っぽなのがバレてしまう。


 マウロの叔父さんが許可証のようなものを門番に見せ、俺たちを乗せた馬車は城門をくぐって街の中に入っていく。


 中央通りの左右には、民家や店が多数並んでいた。

 レンガを積み上げて作られた外壁はいかにも頑丈そうだ。


 商店から活気のある声が聞こえてくる。

 賑やかな街だなぁ。


「やっと着いたぞ。山賊に襲われた時は肝を冷やしたが……ありがとうよ、兄ちゃんたち」

「仕事ですからね。俺もプチ旅行気分で楽しめました」


「さっそく荷物を収めてくるよ。これは約束の報酬だ。ちょっと色を付けておいたよ」


 俺は金貨の入った布袋を受け取った。

 ズシリと重い。


 手付と合わせて40万ゴルドか。

 護衛の仕事も無事に完了。


 叔父さんたちは馬車の上から手を振って、中央通りを進んでいった。


「さて、俺たちはどうする? もう夕方だし、今日は休んで明日帰ろうか」

「しばらく滞在しましょう。せっかく大きな街に来たんだから情報収集しておきたいわ」


 俺は街を見渡した。

 住んでいる人の数はイニティの2倍以上はいるだろうか。


 これだけ大きな街なら俺の体を持っていった盗賊の手がかりも見つかるかもしれない。


「日が落ちるまでまだ時間はあるわね。盗賊ギルドに顔を出すわ」


 すたすたと歩き出すエトナについていく。

 迷いのない足取り。


 ガザニアは初めて来るわけじゃないようだ。


「盗賊ギルドってどこにでもあるの?」

「どこにでもってわけじゃないけど、大きな街にはだいたいあるわね。歓楽街を裏から仕切ってたり、治安維持も請け負ってたりするの」


 へえ~マフィアみたいなモンかな?

 人が多いと『裏社会』ってやつができるんだな。


「盗賊たちの集まりなら大っぴらに活動できないでしょ」

「領主や貴族にカネを治めてるのよ。いわゆる『公然の秘密』ってやつね」 


 エトナは入り組んだ裏路地に入っていく。

 大通りはあんなに明るい雰囲気だったのに、すこし内側に入るとスラムっぽい雰囲気が漂ってきた。


 俺は迷子にならないようエトナの後をついていく。


 小さな看板のかかった酒場にたどり着いた。

 扉の横にある椅子に座っていた男が、俺に鋭い視線を投げかけてくる。


 フードを目深にかぶった痩せぎすの男だ。

 頬に傷跡があった。


 いかにもカタギじゃなさそうだな。

 しかし、エトナを見て男の表情がほころんだ。


「おいおい、エトナじゃねえか。いつガザニアに来たんだ」

「さっき着いたとこよ。ちょっと仕事でね。長はいる?」


 ああ、と答えながら男は俺を見た。


「大丈夫、私の連れよ。アイツの身元は保証するから」


 男は黙って扉を開けてくれた。

 目線は俺に向けられている。


 おそらく俺とエトナの関係が気になるのだろう。


「エトナって顔が広いんだな」

「まあ、長いことやってるからね」


 1階の酒場を抜け、木製の階段を上がっていく。

 その先にも分厚い木の扉があり、見張りらしい男が立っていたがエトナの顔を見て無言のまま扉を開ける。


 中には10人ほど先客がいた。

 長い木製カウンターと椅子が並んでいる。


 バーみたいな作りだな。

 盗賊らしい男がカウンター越しに何かを交渉している。


 どうも盗品の買い取りと価格交渉をしているようだ。


 壁側にはいくつかの張り紙があった。

 人探しの依頼や、骨董品の売買価格、街で起こった喧嘩のこと。


 こうやって様々な情報を共有しているのか。

 中にはイニティからの穀物輸送について書かれたものまであった。


 なんでこんな情報まであるんだよ。

 恐ろしい情報網だな……ジェキルもここで俺たちが来ることを知ったのだろうか。


 俺の目の前で店員らしき男が張り紙を剥がす。

 もう無事に馬車がガザニアに着いたことまで把握してるってわけか。


「おう、エトナ。久しぶりだな」


 カウンターの奥から短髪であご髭を生やした男が姿を見せた。

 歳は40歳ぐらいか。


 背が高く、体つきもゴツいわりに足音がしない。

 黒いシャツの上にチェインメイルを着込んでいた。


「仕事でガザニアに寄ったのよ。実は今、人探しをしているんだけど」


 エトナは椅子に腰掛けながら、俺たちが探している盗賊たちの特徴を説明していった。


 盗賊ギルド同士で情報を共有していたりするんだろうか。


「わかった。ウチのギルドメンバーに聞いてみるが、少し時間はかかるぞ」

「ありがとう。数日は滞在するつもりよ」


「そうか。じゃあ俺たちが調べてる間にひとつ頼みごとを聞いてくれるか? どうも最近、街の周りにアンデッドモンスターが増えていてな」

「そういえば来る時にもリビングアーマーと遭遇したわね」


「他にも北東の森でスケルトンに襲われたヤツがいる。軽く調査してくれねえか」


 エトナは俺の方を振り向いた。

 さてどうしたものか。


 できれば厄介事に巻き込まれたくはない。

 とはいえ、人探しを手伝ってもらうわけだから断りづらいな。


「そういうのは冒険者ギルドが片付けるものじゃないの?」

「情けねえ話だが、ギルドメンバーがひとり殺られちまってる。できれば身内でカタをつけたい」


 俺が迷っている間にエトナが情報を引き出していた。

 やっぱり存在するのか冒険者ギルド。


 剣と魔法の世界には欠かせないよね。

 で、盗賊ギルドとしては殺されたギルドメンバーの仇を討って、体裁を保ちたいわけか。


 ここは恩を売っておいたほうが良さそうだな。

 情報探しにも気合いを入れてくれそうだし。


「わかった。請け負うよ」

「助かるぜ兄ちゃん。報酬はとりあえず10万ゴルド。解決してくれりゃ、さらに倍だ」


 合計20万ゴルドか。

 悪くない報酬額だな。


 アンデッドモンスターってのがどんだけ手強いかしらないが、レベル50に近づいた俺なら多分問題ないだろう。

 今ならリビングアーマーにも苦戦することはない。


 俺たちは盗賊ギルドを後にして、長が紹介してくれた宿に向かった。

 荷台に乗っていた時に少し眠ったものの、体は疲れている。


 いや、正しくは頭が疲れている、か。

 魔法も使いすぎたし、しっかり休んでおきたい。


 長が紹介してくれた宿はかなり立派な作りだった。

 レンガを積んだ外壁と金属で作られた重厚な看板。


 いかにも高級そうな宿だな。

 中央通りに面していることもあり、ロビーは宿泊客で賑わっていた。


 客も身なりが良い。


「じゃ、おつかれ。また明日ね」


 エトナが手をひらひらさせて階段を登っていく。

 ええ~別室なの?


 まあ当たり前なんだけど、ちょっと寂しいな。


 俺はあてがわれた部屋に入り、長椅子に腰掛けた。

 鎧の左足と右腕部分を繋いでいる、皮革のバンドを外していく。


 久しぶりに見る、俺の足と手。

 手のひらをじっと見ていると体が戻ってきた実感が湧いてきた。


 それ自体は嬉しいことだが、懸念もある。

 異世界に来てからというものの、巻き込まれる形で戦いに参加してきた。


 それまでは喧嘩すらしたことなかったのに。

 臆せず戦えたのは、体が鎧だったから、というのが大きい。


 生身の体ほど魔力もなく、自由も効かないが、怪我をすることもないのだ。

 鎧の所々は凹んだり、擦り切れている場所がある。


 体が戻れば戻るほど魔力は強まりレベルは上がるが、その分怪我のリスクも増える。

 防御手段をもっと考えたほうがいいな。


 魔物たちやライム、ジェキルとの戦いを思い返す。

 ほとんどの攻撃を、俺は回避できていなかった。


 距離を取ったり、サイドステップで体ごとかわしても、鎧の体ではスピードに限界がある。


 鎧の防御力と魔法の【防御強化】にまかせてゴリ押ししている感がある。

 いずれも運良く勝ち残っただけに過ぎない。


 攻撃面は飛躍的にアップした。

 強化魔法による上乗せだけでなく、【爆閃】という強力な武器も得たのだ。


 おそらくレベル50~60程度なら通用するだろう。

 そうなると、今後の課題はスピードと防御力の底上げだな。


 まずはアンデッドモンスターを蹴散らし調査を終わらせて、盗賊ギルドから俺の体を奪ったヤツらの情報を得る。


 その後、イニティに戻ったら退魔のローブの他に防具も新調しよう。

 やることが明確になったらなんだか眠くなってきたな。


 俺は長椅子に体を横たえて、そのまま眠ってしまった。

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