第12話 ジェキルの襲撃

 両側にゴツゴツとした岩壁が続いている。

 その中央に作られた街道の上を、馬車がゆっくりと進んでいく。

 魔物か山賊か、あるいは両方か。

 交戦する可能性が高い。


「なあエトナ。ジェキルってのはライムより強いの?」

「レベルは似たようなものね。あまり手の内を見せなかったけど、土魔法が得意だったわ」


 荷台で揺られながら、俺はライムとの戦いを思い返した。

 俺が隙を作ってエトナが仕留める。

 奇襲が成功したから勝てただけだよな。


「岩山を抜けるまで、私たちが前後で馬車を守りましょ。あんたは前ね」


 俺はエトナの指示通り、槍を携えて馬車の前を歩いた。

 岩山に挟まれた街道はまだ続いている。

 ちらりと人影が見えたかと思ったら、矢が飛んできた。

 来やがったな。

 警戒していた俺は、空中で矢をはらった。


「止まれ!」


 前方の岩山の上に矢をつがえた男が立っている。

 浅黒い肌に白っぽい髪。

 山賊で間違いないだろう。


 御者が慌てて馬車を街道の脇に止めた。

 事前に伝えていた通り、叔父さんと御者のふたりには荷台の中に避難してもらう。


 俺は無言のまま、背負い袋から石を取り出して投げつける。

 ぎゃっ、と小さな悲鳴をあげて男が倒れた。

 魔物相手に鍛えてきた投石は、人間相手なら十分な威力だな。


「やってくれたじゃないか。死にたくなければ荷物を置いて消えな」


 岩陰から白髪の美女と3人の山賊が姿を見せた。

 女は腰に小剣をさげ、ビキニタイプの水着に半透明の布を羽織ったような服を身につけていた。


 おへそが見えているうえに、ムチムチの太ももまで露わになっている。

 実にけしからん。


 褐色の肌と肉感的なスタイルに、ポニーテールにした白い長髪が映える。

 ちょっと手下の山賊たちを羨ましく思ってしまった。


「馬車が2台、ね。お宝がギッシリ詰まってそうじゃないか。今日はツイてるね」


 女が荷台に積み上げられた荷物に視線を動かす。

 小さく鼻歌まで歌っている。


「もしかして、お姉さんがジェキル?」

「ん? お前は……見覚えがあるな。あの時の勇者か。なるほど【制御】で鎧と頭をくっつけているわけか」


 やはり俺の右腕を持っていった女盗賊で間違いないようだ。

 ジェキルに向かって【鑑定】とつぶやく。


-----------------------

 ジェキル


 レベル:60

 体力:1100

 魔力:1500

 攻撃:1200

 防御:800

 敏捷:1400

 魔法:鑑定・吸収・分割・俊敏強化Lv.3・火炎弾Lv.3・石弾Lv.5

-----------------------


 マズい。

 ライムよりちょっと強いぐらいじゃないか。


 魔法の火炎弾が気になるが、おそらく使ってこないだろう。

 馬車の中の荷物も燃えてしまう。


 だとしたら警戒すべきは【石弾】ってやつか。


「品定めは終わったか? だったら勝てないこともわかっただろう」

「フッ、そうでもないさ」


 俺は精一杯強がってみせた。

 しかし勝算が全くないわけじゃない。


 ジェキルの防御力は低めだから【攻撃強化】を使えば俺でもダメージを与えられる。

 なんとか接近戦に持ち込むしかないな。


「で? 何でさっきからアタシの胸ばかりチラチラ見てるんだ?」

「てめえ! 姐さんのカラダまで鑑定してんのか!?」


 手下の山賊たちがいきりたつ。


「なんだよ、そんな格好しておいて見るなって方が無理だろ」

「開き直るんじゃねえ、この変態め!」


 山賊たちはジェキルに惚れ込んでいるらしく、敵意むき出しで俺を睨んでいた。


 ジェキルはニヤニヤと笑いながら俺を見ている。

 この女も自己肯定感が高い系か。


「エトナ! こっちに来てくれ。ジェキルってやつが現れた」

「ふん。エトナもいるのか。あいにくヤツは忙しいと思うぞ」


 振り向くとエトナが4人の山賊と対峙していた。

 中央のひときわゴツい大男は、鉄板で補強された棍棒を握りしめている。


 山賊たちは革鎧やチェインメイルを着込み、剣や斧で武装していた。


「レン。すぐに片付けて加勢するわ。それまで時間を稼いで」


 エトナが振り向かずに言う。

 視線を大男から外さない。

 あなどれない敵のようだ。


「ふふ。片付けるだって? 面白い」


 腕を組んだままジェキルが笑った。

 取り巻きの3人の盗賊が俺を大きく囲むようににじり寄ってくる。


 俺は槍を構えながら戸惑っていた。

 できれば戦闘は避けたい。


「なあ、ジェキル。怪我はさせたくない。見逃してくれないか?」


「何を言うかと思えば……怪我はさせたくないだと? アタシに触れられると思っているのか」


 そりゃそうだよな。

 俺の力も【鑑定】でバレているだろうし、多勢に無勢だ。


 オマケに、こちらは馬車と叔父さんたちを守りながら戦わなければならない。


 ただ、俺が本気で槍を振るえば死人が出るだろう。

 4対1で手加減できるとは思えない。


「荷物はアタシらがありがたく頂いておく。怖いならさっさと失せな」

「そうはいかない。俺たちは護衛として雇われているんだからな。なんで山賊なんてやってるんだ? 真っ当に働けばいいじゃないか」


 それだけの美貌と強さを持ち、おまけに魔法まで使えるんだ。

 いくらでも仕事は見つかるだろう。


「世迷い言を。ダークエルフと人の間に生まれたアタシたちは、どちらにも馴染めず迫害されてきた。まともな職になどつけるわけがない」

「ダークエルフだって?」


 そういえば耳が少し尖っている。

 褐色の肌も日焼けしているわけじゃなくて、ダークエルフの血の影響なのか。


 そういえば浅黒い肌と尖った耳をした人を見かけたことがあるな。


「何の努力もせず勇者になったお前に、アタシらの気持ちはわかるまい」

「おいおい、不幸自慢か? だったら俺も自信はあるぜ。なにせ目が覚めたら頭しかなかったんだからな」


 ジェキルが顎を少し動かした。

 その合図と同時に、一番手前にいた山賊が無言で斬りかかってきた。


 もう少し時間を稼ぎたかったが仕方ない。

 俺は横に跳んでで山刀をかわし、石突きでみぞおちを突く。


 山賊は悶絶しながら地面に膝をついた。


 背後から激しい剣戟の音が聞こえてくる。

 一瞬振り返ると、エトナの足元には山賊がふたり倒れていた。


 残った山賊のひとりがエトナに斬りかかり、大男はその戦いを観察している。


「たいした自信だね。よそ見するなんて」


 ジェキルの声と同時に、斧と剣を持ったふたりの山賊が踏み込んでくる。

 俺は槍で足を払い、体勢を崩したところに蹴りを放つ。


 ひとりが吹っ飛び、ひるんだ残りの山賊を石突きで突いた。

 どちらもレベル20程度だな。


 ふたりが相手でも問題はない。


 しかし、俺の意識が山賊に向かった瞬間をジェキルは見逃さなかった。

 鋭く踏み込み、小剣を振り上げる。


 刃は俺の脇腹を通り抜け、銅鎧と左肩のつなぎ目を断ち切った。

 俺の左腕部分が、ガシャッと音を立てて地面に落ちる。


 速い!

 ほとんど動きが見えなかった。


 体から緑色のオーラが立ち昇っているところを見るに【俊敏強化】を使っているのだろう。

 俺はジェキルに体当たりすると、後退して距離を取った。


「まずはひとつ。バラバラにした後、ゆっくり取り込んであげるわ」

「勘弁してよ。今でも十分バラバラだよ」


 全体重を乗せた体当たりでも、たいしたダメージにはなっていない。

 ほとんど鎧の重量だけだからな。


 ジェキルは体勢を立て直すと、前傾姿勢になった。


【防御強化】を使っていたのに、左腕部分が断ち切られてしまった。

 俺がリビングアーマーと戦った時のように、つなぎ目を狙われたのだ。


 ジェキルは鎧を着た相手とも戦い慣れている。


 そうだ、リビングアーマーといえば。

 俺は槍を地面に置くと、腰のベルトに差しておいたスティレットを取り出した。


 片手で槍を扱うのは難しい。

 おまけにジェキルはあっという間に懐まで飛び込んでくる。


 短い武器のほうが対抗しやすいだろう。


 ジェキルが手をかざすと、周囲に落ちていた石が浮かび上がった。

 これが【石弾】か。


 俺は【防御強化】を使い、高速で飛んでくる石をスティレットで弾いた。

 一発の威力はさほど高くはない。


 飛んでくるのは手のひらに収まるほどの小さな石だ。

 しかし数が多い。


「ほらほら、どうしたの。このまま殺られる気?」


 ジェキルは薄笑いを浮かべたまま、容赦なく石を叩きつける。

 魔力量を考えると撃ち疲れを待つのは難しそうだ。


 このままじゃジリ貧だ。

 俺は賭けに出ることにした。


 飛んでくる石を全身に受けながら猛然とダッシュ。

【攻撃強化】を使い、スティレットを大きく振り上げる。


 石の弾幕がやみ、ジェキルが鋭く踏み込んだ。

 超高速の斬撃が来る!


 しかし狙いが俺の右肩であることは読んでいた。

 膝や足の付け根は硬い板金で覆われているからだ。


 俺は身をよじって小剣をかわし、スティレットでジェキルの手首を打った。

 刃こそ付いていないが鉄の棒で叩かれたのだ。

 骨は折れただろう。


「ぐ、うう……!」


 ジェキルは苦痛に顔を歪めながら後ずさる。

 その時、背後で何かが倒れる音がした。


 エトナが最後に残った大男を仕留めたところだった。


「勝負ありね。治してあげるから負けを認めなさい」


 エトナが俺の横に立った。

 ジェキルはまだ戦える。


 片手でも俺ひとりならねじ伏せられるだろう。

 しかし、同時にふたりを相手にできるほどの力の差はない。


「ちっ。やっぱり今日はツイてないね」


 ため息をつきながらジェキルは小剣を放り投げた。

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