第11話 ガザニアへ出発、魔物への親近感

 夜明けって早朝の5時ぐらいだったっけ。

 とにかく眠い。

 俺は宿にある共同の洗面所で冷たい水をかぶった。

 厚手の布でごしごしと顔を拭いても、眠気はなくならない。

 会社勤めをしていた時も、朝は苦手だったんだよな。


 エトナは平然としていた。

 結構酔っていたような気がしたんだけどな。

 昨晩も酔いつぶれたマウロを置き去りにして、きっち身支度をしてから眠っていた。

 うまいこと酒の飲み方をコントロールしてるんだな。

 きっと、常に備えていなければ生きていけない世界で育ったからだろう。


 そんな事を考えながら宿を出ると、噴水の前に2台の屋根付き馬車が見えた。

 俺たちは御者とマウロの叔父さんに軽く自己紹介すると、馬車の荷台に乗り込む。

 積み込まれた大量の穀物の他に、人がふたりゆったり座れるだけのスペースは用意されていた。

 帆布で作られた幌があるので、日差しが強くても問題はなさそうだ。

 馬車がのんびりと動き出す。


 荷代にもたれて本を読み出すエトナ。

 どうも建築関係の本のようだ。

 意外にも難しそうな本を読むんだな。

 勝手に穀物の入った袋をクッション代わりにしている。

 俺はその涼し気な顔をこっそり見ていた。

 顔色は白いけどいつものことだし、二日酔いの心配はなさそうだ。


 この馬車が魔物や山賊に襲われたら、俺たちが迎撃しなきゃいけない。

 今なら戦える自信はあるが、誰かを守りながら複数の相手と交戦することになるのだ。

 俺ひとりで、というのは心もとない。


「なあ、エトナ。そのジェキルってやつはどんなヤツなの?」

「無駄にエロい格好した女盗賊よ。どうせ、そこらの荒くれ者をたぶらかして手下にしてるんでしょ」


 エロい格好をしている、だと。

 俺の目がぎらりと鋭さを増す。

 実に興味深い。

 そういうのを待ってたんですよ。

 ますます興味をかきたてられるじゃないか。


「何よ、その顔。ま、あんたみたいな変態にはお似合いの露出狂よ」


 おっといけない、無意識に前のめりになってしまっていた。

 そして、またエトナに変態と言われてしまう。

 健康な若い男ってこんなモンですよ。


 それにしても露出狂っていったいどういうことなんだ。

 剣と魔法の世界にはおなじみの『ビキニアーマー』ってやつが見られるんだろうか。


「いや俺はエトナみたいな感じがタイプだから」


 白いブラウスにロングスカート、そしてメイドエプロン。

 露出度はかなり低い方だろう。

 でもそれはそれで良いんだよ。

 男だからって肌の露出が多ければ喜ぶってわけじゃない。


「ふーん、あっそ。別に嬉しくないけど」


 エトナは開いていた本に目を落とした。

 ちょっとだけ口角が上がっている……ように見える。

 少しは男として見られているのかな。

 俺は昨日のマウロを思い返していた。

 好意を隠そうともせず、エトナを口説き続けていた。

 うーん、俺ももっと積極的に攻めた方がいいか。


 仮にジェキルがライムと同等の力を持つとして。

 今の俺なら少しは対抗できるだろうか。

 強化魔法を使えば短い間はやりあえるはずだ。

 短期決戦になると思ったほうがいい。


 荷台から外を眺める。

 日が少しずつ登っていき、朝日が草原を照らしていた。

 山の方から優しい風が吹いている。

 のどかな風景だなぁ。


 それに馬車ってもっと揺れるものかと思っていたが、意外と乗り心地が良い。

 音も静かなモンだ。

 主要な街をつないでいる街道は、敷石でしっかり舗装されていた。

 道幅は5メートルぐらいはある。

 両脇には歩道らしきものまで作られていた。

 御者の話では渓谷や山、岩場も迂回することなく、可能な限り直線になるように建設されているそうだ。


 目的地のガザニアまでは順調に行っても半日はかかるらしい。

 馬たちを休憩させながら進むわけだし、早くても到着は夕方以降かな。

 時間は十分にある。

 俺は荷物の点検をしておくことにした。


 まず石。

 攻撃魔法を持たない俺にとって、貴重な遠距離攻撃の手段。

 手のひらに収まるサイズのものを10個ほど背負い袋に入れておく。

 ナイトウルフぐらいなら投石だけで追い払えるだろう。


 そして槍。

 使い始めたころに比べるとずいぶん扱いにも慣れてきた。

 リーチの長い魔物とも渡り合える、貴重な武器だ。

 穂先はロダンの道具店で購入した砥石で手入れしておいた。


 さらに食料。

 食堂の主に言って分けてもらった、果物とパン。

 金属製の水筒には水もたっぷり入っている。


 これだけ備えてあれば一日ぐらい余裕で過ごせるだろう。

 そう思った時に馬車が急に止まった。


「おう、兄さん! さっそく出番だ」


 荷台の前から御者の声がする。

 俺は槍を手にして馬車から降りる。

 街道の奥にぼんやりと人影が見えた。

 3人かな。

 いずれも全身鎧を着込んでいる。

 長い長剣の先を引きずりながら、ゆっくりとこちらに向かってきていた。

 歩き方がやや不自然だ。

 足を踏み出すたびに、左右にぐらぐらと揺れている。


「リビングアーマーね。あんたと一緒で中身は空っぽよ。近くの戦場跡から這い出てきたんでしょ」


 エトナが短剣を抜き放つ。

 なんか悪口が混ざった気がするが。

 いわゆるアンデッドモンスターってやつか。

 亡霊が取り付いた、動き回る鎧。

 今の俺には親近感のある魔物である。


 俺は馬車の前に立つと、背負い袋から取り出した石を投げつけた。

 1体に命中したものの、石は砕け、リビングアーマーも少しぐらついただけだった。

 見た目通り硬いな。

 俺は駆け出し、槍を横殴りにして叩きつけた。

 鍋を叩いたような、鈍い金属音が草原に響く。


 リビングアーマーはよろめきながらも、長剣を振り回してくる。

 俺は槍で刀身を払いながら、距離を取った。

 全然ダメージがねえな!

 こういう敵は棍棒とかハンマーのような、重たい打撃武器の方が有効なのかもしれない。

 金属でできていようが、体重を乗せて思いっきり叩けば変形はするだろうし。

 俺が持っている槍もそこそこ重量はあるんだけど、鎧ごと叩き潰すのは骨が折れそうだ。


 俺を追い抜いたエトナが、2体目のリビングアーマーを斬り上げた。

 鎧の肩から先が宙に舞う。

 エトナは魔力を付与した短剣で、鎧の継ぎ目の部分を狙っているようだ。

 ははーん、なるほど。

 そうやって戦うのね。

 俺もまずは力づく! じゃなくて頭を使わないとな。


 よく見てみると胴鎧と腕当てのつなぎ目、わきの下あたりは装甲が薄い。

 膝裏も金属ではなく、なめした皮革で繋がれていた。

 俺は槍の穂先を使って、胴鎧と腕、足部分を切り離していく。

 1体を動けなくしたころ、エトナが3体目のリビングアーマーも倒していた。

 鎧の隙間から紫色の霧が漏れていく。


「あれ? 鎧自体は消えないのか」

「鎧や剣は実物だからね。中で操っていた亡霊が魔物としての本体よ」


 死んだ後も鎧に取り憑き、生者を呪って襲いかかる。

 なんとも悲しい話だ。

 この鎧の持ち主たちにも家族がいただろうに。


「あ、コイツ、金貨持ってるじゃん。魔石のサイズもまあまあね」


 エトナは地面に転がった鎧を物色している。

 俺の感傷的な気持ちは吹っ飛んでいった。

 たくましいなぁ。

 しかし殺らなければ殺られるだけの話なのだ。

 エトナを見習って、気持ちを切り替えていこう。


 それに護衛の報酬だけでは退魔のローブは買えない。

 道中で倒した魔物からもしっかり魔石を回収しておかねば。


 俺が倒したリビングアーマーは金貨を持っていない代わりに、腰に短剣のようなものを身に着けていた。


「なんだこれ」

「スティレットね。鎧の間から貫くための武器よ」


 長さは30センチぐらいだろうか。

 短剣というには長く、柄の部分には獅子の模様があしらわれていた。

 十字架のような形で、先端が尖っている。

 刃は付いていないので突き刺すための武器なんだな。

 物騒だなぁ。

 ただ、俺には接近戦用の武器がない。

 ありがたく拝借しておこう。


「たいしたもんだな、あんたら。もう片付けたのか。これなら安心して旅ができるよ」


 マウロの叔父さんは目を丸くしていた。

 リビングアーマーのレベルは30相当らしい。

 一般的には強敵だろうが、俺たちにとっては脅威でもない。

 エトナに倒し方のヒントを見せてもらえなかったらヤバかったけど。

 

「もう少し進めば岩山に差しかかる。馬を休めるから、兄さんたちも休憩してくれ」


 叔父さんと御者は馬車を街道の脇に止めると、ぷかぷかと煙草をふかした。

 街道の先には山々があり、そのふもとに岩場が見える。

 両側が険しい崖になっていて、その中央に街道が続いている形だ。


 山賊がいる岩山というのは、あのあたりだろう。

 向こうから俺たちの馬車は丸見えのはず。

 罠が仕掛けられているのかもしれない。

 それでも進む以外に道はない。

 もし山賊の頭領がジェキルという女盗賊なら、俺の体を取り戻せるかもしれないのだから。

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