第9話 地下4階の攻略と護衛のお仕事

 左足を取り戻した翌日は、生身の脚で歩いたり走ったりすることに慣れるため、訓練にあてた。

 そしてその翌日、俺たちはいつものダンジョンに潜入している。

 もはやデスアントは余裕で倒せるほどになっていた。

 強化系の魔法を使うこともなく、槍で突き、重さにまかせて横殴りにする。

 遭遇からデスアントが霧状に散っていくまで、5分とかからない。


 ダンジョンの階層はひとつ下るごとに、出現する魔物のレベルがおよそ10ずつ上がっていくらしい。

 今の俺はレベル36になっているので、地下3階なら少し余裕があるわけだ。

 早く強くなるためには、少し格上の敵と戦わなくてはならない。

 そう判断した俺は地下4階へと進んだ。


 地下4階はさらに天井が高く、通路も広くなっていた。

 壁全体がぼんやりと光っているように見える。

 このあたりの階層になってくると、冒険者とすれ違うことも稀だ。

 きっと多くの冒険者はレベル30にも満たないのだろう。


 通路の奥から獣の唸り声が聞こえてくる。

 嫌な予感がするが、強敵と戦わないと修行にならないしな。

 薄闇の中に突然、炎が浮かび上がった。

 獅子のような顔が炎に映し出されている。


 通路の奥から現れたのはキマイラという魔物だった。

 マンガやゲームで見たことがあるぞ。

 たしか神話に登場する怪物じゃなかったっけ。


 獅子のような体と頭。

 その横に、黒い山羊の頭がついている。

 太い尻尾は蛇になっていた。

 尻尾だけでもニシキヘビぐらいの大きさはある。

 おまけに、獅子の口からは炎がもれていた。


「キマイラか。まあまあ手強いわよ。加勢してあげよっか?」


「いや、やらせてくれ。ヤバくなったら頼む」


 極力エトナには頼りたくない。

 安心はできるが、その分自分の力は伸びないからな。


 俺は背負い袋から取り出した石を投げつける。

 獅子の顔面に直撃したが、キマイラは小さく唸ってたてがみを揺すっただけだった。

 バ、バカな、俺の自慢の投石が……!

 レベル40相当の魔物にはめくらましほどの効果しかないな。


 俺は槍を持ったままダッシュで間合いを詰めると、【攻撃強化】を使いながら槍を連続で突き出した。

 赤いオーラをまとった鋭い穂先が、キマイラの体に突き刺さる。

 いずれも当たってはいるが、浅い。

 キマイラの勢いはまったく衰えていなかった。

 鋭い爪のついた前足で牽制しながら、尻尾の蛇が俺に噛みつこうとしてくる。


 やりづらいな。

 敵は1体だというのに、複数の敵と戦っているみたいだ。

 俺が攻めあぐねて後退すると、いきなり獅子の口から炎が吐き出された。


「わわっ! あつっ!」


 俺は思わずのけぞってかわす。

 直撃していなくても十分、顔に熱さを感じた。

 これは当たったらヤバイやつ。

 俺はバックステップでさらに距離を取った。


「危なっかしいわね。ホントに大丈夫なの~?」


 背後からのんびりとした声が聞こえる。

 キマイラは地下4階に来て最初に遭遇した敵である。

 エトナの力を借りるのはまだ早い。

 俺はふたたび間合いを詰めると、槍で牽制しながらキマイラの動きを観察した。


 遠距離なら炎を吐く。

 中距離なら尻尾の蛇が噛みついてくる。

 近距離なら獅子の牙と爪、山羊の角で攻撃。

 こんなところだ。


 どうも俺との位置関係によって攻撃方法を変えているらしい。

 そして、間合いを調整しているのは脚だ。


 俺は短いダッシュで距離を詰め、穂先でキマイラの前足を払った。

 重量のある槍で膝を叩かれ、体勢がぐらつく。

 そのスキに後ろ足も突き刺した。

 傷口から赤黒い血が噴き出す。


 この距離なら尻尾の蛇が攻撃してくるはずだ。

 予想ができてさえいれば対処は余裕。

 俺は槍を振り上げて、読み通り食らいついてきた蛇の頭を潰した。


 再び間合いを詰める俺から、キマイラは距離を取ろうとする。

 しかし、傷ついた後ろ足は動かない。

 槍を深々と胴体に突き刺すと、絶叫を上げて霧散していった。

 拳大ほどの魔石がゴトリ、と地面に落ちる。


「へえ~やるじゃない。やっと少しは戦力になりそうかな」


 辛口の師匠にも少しは認めて貰えた。

 しかし、課題も見つかった。

 牙や爪などの物理攻撃は【防御強化】の魔法でカバーできるが、炎への対策がない。

 エトナぐらい素早ければ体ごと避けられそうだが、今の俺には難しい。

 そういえば、ライムも炎の魔法を使っていたな。


 外ではもう日が落ちかかっているだろう。

 地下4階でのデビュー戦を勝利で飾った俺は、深追いせずに街へと戻った。

 道具店の店主ロダンは大ぶりなキマイラの魔石に大興奮し、5万ゴルドの値を付けてくれた。

 炎の対策として魔法防御を高めてくれる『退魔のローブ』を提案してもらった。

 攻撃魔法や、魔物の吐く炎によるダメージを軽減してくれるらしい。

 しかし、お値段なんと50万ゴルド!

 今の俺にはどう頑張っても捻出できない価格だった。

 やっぱりどこの世界でもお金がモノをいうわけですよ。




 早めの夕食を取ることにした俺たちは酒場で席についた。

 肉と野菜の串焼き、パンとキノコのスープ。

 少し奮発して果物の盛り合わせも頼む。

 こっちに来てからは栄養のバランスなんて考えたことがなかったが、強くなるためには食事と睡眠の質にも気をつけた方がいいだろう。


 エトナの前に置かれた皿がどんどん空になっていく。

 戦いだけでなく、食べるスピードも圧倒的である。

 いっぱい食べる女の子って素敵だよね。

 俺はエトナの気持ちの良い食べっぷりに感心していた。


「よう。あんたら飯食ってるところを悪いんだが、少し話を聞いてくれないか」


 エトナの方ををチラチラと見ながら、金髪の青年が声をかけてきた。

 なめした皮革の鎧。

 腰に下げた剣。

 この使い込まれた感じは、どこかで見覚えがあったな。


「あ! 俺にダンジョンのことを教えてくれたお兄さんじゃないか。まあまあ、座りなよ」


 俺は隣りにあった椅子をひいた。

 あれからたいして日が経っていないのに、なんだか懐かしい気持ちになった。

 最近はかなり濃厚な時間を過ごしてきたからな。

 マウロと名乗ったお兄さんは、少し遠慮がちに椅子に腰掛けた。

 エトナはお兄さんには目もくれず、果実にかじりついている。


「さっきダンジョンで見かけたんだが、あんたらは地下3階まで進んでるのか?」


「いや地下4階に挑戦したところなんだ。キマイラをやっつけたとこ」


「キマイラを!? もうそんなに進んでるのか。あんなに初心者っぽかったのに」


 こちらの世界に来たばかりで何もわかっていなかったころだ。

 初心者どころではない。


「その腕を見込んで頼みたいんだ。俺の叔父は農家をやってるんだが、東の街に穀物を納めることになってね。その護衛を頼めないか?」


 護衛か。

 そういえば行商に出ていたチョビひげのおじさんも魔物に襲われていたもんな。

 今の俺たちならそこらの魔物には遅れを取ることもないだろうし。

 キマイラとの戦いの中で【防御強化】のレベルも3に上がっている。

 自分以外の誰かを守れるようになったのだ。


「ちなみに報酬は?」


「手付けで10万ゴルド。無事に東の街まで荷物を送り届けられたら、追加で30万ゴルド出す。悪い話じゃないだろ?」


 合わせて40万ゴルドか。

 それなら退魔のローブの購入にも一気に近づけるじゃないか。


「相場よりずいぶん高いじゃない。何か裏があるんでしょ?」


 ふいにエトナが割り込んだ。

 片方の眉がつり上がっている。


「裏ってわけじゃないが……道中の岩山に山賊が現れるって話がある。でも、あんたらなら蹴散らせるだろ?」

「他には?」


「街道で歩く鎧を見たとか……でも与太話だぜ、きっと」

「はいはい解散。そんな危ないことに首を突っ込めないわよ」


 エトナが食事を再開する。

 不要な危険は避けるべきってことなんだろう。

 ただ、ダンジョンに潜入するのだって危険なんだけどな。

 マウロはこちらの世界に来たばかりの俺に親切にしてくれたし、できれば力になりたいところだ。


「山賊ってどんなやつらなの? 人数とかわからないかな」


「襲われた商人の話じゃ、10人程度らしい。なんでも頭領は白い髪の女だとか」


 マウロの言葉に反応して、エトナの手が止まった。

 鋭い視線を投げかける。


「白い髪の女ですって。もしかしてジェキル?」


「いや、名前まではわからない。恐ろしく腕が立つらしいが」


 エトナは水を飲み干すと、グラスをテーブルに置いた。

 何か思い当たる節があるようだ。


「あのさ、その岩山を迂回したりはできないの? 陸路以外で運ぶとか」


「飛竜便を使えば空から安全に移動できるんだが、今回の荷物は穀物だからな。重量的に難しいんだ」


 この世界には飛竜便というものがあるらしい。

 文字通り、空を飛ぶ竜が人や物を運んでくれるサービスなんだとか。

 空を飛ぶ竜か。

 大空を竜の背にのって飛ぶなんて、きっと気持ちいいだろうな。

 一度乗ってみたいモンだ。


「いいわ。護衛の話、受けてあげる」


 いきなりエトナが返答する。

 よほど山賊の頭領のことが気になったのか。


「本当か!? ありがとう。出発は3日後を予定しているんだ。また明日の同じ時間にここで詳細を説明するよ」


 マウロは上機嫌で席を立った。

 叔父さんに報告しにいくのだろう。


「んで、エトナ。さっき言ってたジェキルって」


「あんたの右腕を持っていった盗賊よ。まだジェキルと決まったじゃないけどね」


 なるほど、それなら行く価値はある。

 上手くいけば40万ゴルドと俺の右腕を取り戻せるのか。

 しかし相手が女っていうのはやりづらいな。

 魔物ならともかく、人に槍を向けることにすら抵抗がある。

 俺はエトナの横顔を盗み見る。

 いつもより少しだけ、不機嫌そうに見えた。

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