第8話 レベルアップと新魔法の習得
俺は地面に座っておそるおそる鎧の左足部分に触れた。
ある――!
鎧の膝裏部分は動かしやすいように金属の網でできている。
その網の間からチラリと人間の肌が見えているのだ。
「生足だよ、エトナ!」
「ま、まあそうね。おめでと」
俺は興奮して叫んだ。
左だけとはいえ、膝を曲げている感触もある。
手やお尻のあたりに感触がないのは相変わらず不思議だが。
それにしても奪われた俺の体が戻った時には、自動的にあるべき場所に戻るんだな。
まあ、胴体がないので『鎧の上に頭が乗っている』という構図に変わりはない。
ただ左足だけとはいえ、体の一部が戻ったことは俺にとって大きな進歩だった。
少しずつだけど前には進んでいるぞ。
俺は立ち上がろうとしてバランスを崩した。
片方が生身の脚で、もう片方が鎧のままなのだ。
少し慣らさないといけないな。
「レベルが上がってるわね。新しい魔法も習得できたみたいよ」
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レン
レベル:35
体力:800
魔力:1000
攻撃:800
防御:600
敏捷:300
魔法:鑑定・攻撃強化Lv.2・防御強化Lv.1
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「んん~強くはなってるけどさ。なんか地味だなぁ。俺、もっと一気に強くなるのを期待してたんだけど」
「そうね。たぶん頭と左足がつながってないから、魔力が上手く巡らないんじゃないの」
なるほど、そんなものか。
胴体があれば頭と脚がつながって、もっと力を取り戻せるのかもしれない。
俺はさっそく覚えたての魔法【防御強化】を使ってみる。
手のひらをじっと見つめていると、青白いオーラが立ち昇ってきた。
これはライムが使っていた防御力がアップする魔法だな。
なんか俺、強化系の魔法ばっかだな。
顔を上げた瞬間、エトナの右ストレートが飛んできた。
華奢な拳が俺の顔面にクリーンヒットする。
「痛ぁい! 何すんだよ!」
「あっごめん。痛かった?」
いやいや、当たり前でしょうよ、鼻面を思いっきり殴られたんだから……
あれ?
そんなに痛くないな。
鼻血も出てないぞ。
「ん。やっぱりあんま痛くないかも」
「へえ~。ちゃんと効果があるんだね。ノロマなあんたには良い魔法じゃない」
エトナはやさしく微笑みながら俺を見ている。
この人もしかして、ちょっとSっ気があるのだろうか。
それにしても恐ろしく速い突きだった。
気づいたときにはもう食らってたもんな。
【防御強化】の効果を試すにしても、もう少しやり方があるでしょうよ。
納得がいかない部分もあるが、エトナの言う通りまだ俺は速く動けない。
とっさに回避ができないというのは戦闘では致命的だ。
体自体が頑丈になるのはありがたいな。
「強化系の魔法ってさ、自分以外の人にも付与できるの?」
「魔法がLv.3以上になればできるわよ。ただ、魔力消費が激しいけどね」
なるほど、魔法のレベルを上げるのも大事だな。
やはり何ごとも慣れ。
常日頃から使っておくようにしよう。
強化魔法は地味なんだけど、一定時間だけとはいえ能力を上げられるのは熱い。
魔力に余裕があれば、自分も仲間も強化できる。
エトナの弱点である防御の低さをカバーできるってところも気に入った。
何より、格上と戦う時には使えそうだ。
エトナはライムとの戦いで負った傷を自らの魔法、【回復】で癒やしている。
手をかざした場所にあった傷が、みるみる消えていく。
まるで動画の逆再生を見ているみたいだ。
俺が【防御強化】を上手く使いながら前衛の役目を果たすことができたなら、エトナに傷を負わせることもなくなるだろう。
またひとつ強くなるべき理由が増えた。
前衛の俺が敵をひきつけて、後衛のエトナが魔法で補助する。
シンプルだが理にかなった戦法だ。
ダンジョンのように左右に壁がある場所なら、回り込まれる危険も少ないしな。
「うう……いたた。やられちまったか」
気絶していたライムが、顎をおさえながらゆっくりと体を起こした。
「ライム、私……」
「かまわねえよ。負けた俺が悪いんだ。強くなったな、お前」
そう言ってライムは笑った。
いやみのない、爽やかな笑顔だった。
貧民街の子どもたちにとって良い兄貴分だったのも想像できる。
俺は二人がかりで戦ったことに、少し負い目を感じてしまった。
「あなたが本気だったら、こうはならなかったでしょ」
「本気だったさ」
ライムは立ち上がり、鎧についた土を払った。
そして開いた両手をじっと見つめる。
さっきまでライムの中にあった勇者の力は失われているのだ。
俺からしたら返してもらっただけだが。
「これからどうするの?」
「トリアにでも戻るさ。あそこなら魔王軍もしばらくは来ないだろう」
「ちょっと待った、魔王軍だって? この世界には魔王がいるのか?」
思わず俺は会話に割り込んだ。
勇者といえば魔王。
剣と魔法の世界において対となる存在だ。
「ああ、そうだ。ここからずっと北にある俺たちの故郷は、魔王によって滅ぼされた」
「私たちの育ての親も殺されたのよ」
そうか、少し話が見えてきたぞ。
貧民街で育ったふたりは盗賊として生きてきた。
そして魔王に育ての親を殺され、故郷を追われた。
勇者の力を取り込んで、魔王軍に対抗しようとしたのか。
「ってことは、もしかしてエトナが俺に倒させたいヤツって魔王?」
「そうよ。不死者による軍を率いて数々の国を滅ぼした魔王。今のあんたじゃ、倒すなんて到底ムリだけどね」
エトナがしれっと言った。
手強いとは聞いていたが、そんな恐ろしいヤツだとは。
なんだよ不死者の軍って。
俺は剣や鎧で武装した骸骨の群れを想像した。
「なんだお前、魔王を倒すつもりなのか?」
「はあ。なんか成り行きで」
俺の気の抜けた返事を聞いたライムは快活に笑った。
まばらにヒゲの生えた顎をなでる。
「成り行きで魔王を倒す、か。豪気なことだ。しかし勇者の力を持つお前なら可能かもな」
「私はたいして期待してないけどね」
「さて、そろそろトリアに帰るとするか。レン、だっけか。エトナのこと、よろしく頼むぜ」
そういってライムは歩き出した。
しっかりとした足取りだ。
まだまだ余力がありそうに見える。
やはりさっきの戦いでは、全力を出していなかったのかもしれない。
「あ、そうだ。お前らにひとつ忠告だ。ゼハインには気をつけろ。ヤツも勇者の力を狙っている」
ライムが振り返り、軽く手を振った。
去り際も爽やかな男だ。
俺はライムに少し好感を持っていた。
しかし、気になる忠告だな。
「ゼハインってのは俺の体を取り込んだ5人の盗賊のうちのひとりだよな。強いの?」
「仲間内じゃ最強ね。あんたの体を取り込む前からレベルは60に近かったわ」
「ええ!? そんなに強いやつが、さらに勇者の力でパワーアップしちゃってるのかよ。確かにマズイなそれは」
仮にレベル60だったとして、そこから10ぐらい上がってるとしたらレベル70か。
いや、もっと高くなっているのかもしれない。
そんなヤツに襲われたらひとたまりもないぞ。
「俺の体を分割した時に、欲張って2個以上取り込もうとするヤツはいなかったの?」
「勇者の力を取り込むと、自分の体にどんな影響があるかわからなかったのよ。魔力を吸収しきれなくて暴発したらイヤでしょ? 盗賊って慎重なヤツが多いの」
分相応な力を得て自滅する話ってのはよく聞くもんな。
それで、とりあえず5個に分けた体の一部を取り込んでみた、と。
意外とイケそうだから2個目のパーツを狙っているのか。
俺の体で勝手に争奪戦を始めないで欲しいんだけど。
「さ、私たちも帰りましょ。魔力の使いすぎで疲れたわ」
いつもは涼しい顔をしているエトナにも、さすがに疲労した様子だ。
俺も大して動いていないのにもう眠い。
ライムとの戦いで緊張していたし、慣れない魔法も使ったからな。
頭が休息を欲しているのを感じた。
宿に戻った俺たちは、着替える間もなくベッドやソファにもたれかかり、そのまま爆睡していた。
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