第7話 ライム襲撃、左足奪還の戦い

【攻撃強化】によって赤いオーラを帯びた槍の穂先が、デスアントの胴体に深々と突き刺さる。

 厄介な前足はすでに地面にちぎれ落ちている。

 新しい魔法と武器によって、デスアントはもはや脅威ではなくなった。

 2体同時に現れることがあったが、問題なく対処できるほどだ。


 翌日も俺はエトナと一緒にダンジョンに潜っていた。

 少しずつ強くなっていくのが楽しくなっていた。


 しかし、今日のエトナは表情が硬い。

 いつもすました顔をしているのでわかりにくいが、何か物思いにふけっているようにも見えた。


「このぐらいにしておきましょ。帰るわよ」

「えーっ、まだまだ余裕あるぜ?」


 やっと調子が上がってきたところだ。

 勢いに乗じて地下4階にも挑戦してみたかったが。

 エトナは入口に向かってすたすたと歩きだしていた。

 しょうがない、俺は師匠の言葉にしたがった。


 太陽は登りきったところだ。

 青い空がどこまでも広がっている。

 ダンジョンを出たエトナはいつもと違う道を歩いていく。

 少し小高い丘に登ると、木々が風にそよぐ気持ちの良い場所に出た。

 周囲に人影はない。

 こんないい場所があったのか。

 投石や槍の訓練をするのにもってこいの広場じゃないか。


「そこに座って」

「へっ? なんで」

「いいから」


 エトナはしきりに辺りを見回している。

 俺は指示通り大木の下に座り、幹にもたれかかった。


【魔法解除】


 エトナが小さな声でささやく。

 なんで魔法を解除しちゃうの……?

【制御】によってつながっていた俺の頭と鎧が切り離されてしまった。

 試しに鎧の体を動かそうとするものの、指一本動かない。

 胴鎧の上に俺の頭が乗っているだけの状態だ。


 何をする気なんだ――?

 俺はその質問を飲み込んだ。

 まわりの空気が張り詰めているように感じる。


「逃げなくていいのか?」


 不意に男の声がした。

 少し離れた木の陰から、フードをかぶった赤毛の男が姿を現す。

 俺より少し年上だろうか。

 無精髭を生やした、精悍な顔つきの男だった。

 金属の鎖の輪を編み込んだ、チェインメイルってやつを着込んでいる。


「ライム。どうしてあなたがここにいるの?」


 エトナの声には緊張が混じっていた。

 やはりこの男がライムか。

 油断のない立ち姿だ。


「トリアの酒場でヒゲのおっさんが話してたんだよ。『頭しかない兄ちゃんに助けてもらった』ってな」


 ナイトウルフに襲われていた、チョビひげのおじさんか。

 そういえば南の街トリアに行くって言ってたな。

 ライムは盗賊らしく、いろんな場所で情報収集をしていたようだ。

 あっさり見つかってしまった。


「すぐにピンと来たぜ。勇者の頭だってな。エトナ、なんですぐに取り込まなかったんだ?」

「別に理由なんてないわ。気が進まなかっただけよ」


「哀れな勇者に情がわいたのか。お前らしいな。甘っちょろいところは変わってねえ」


 ライムが吐き捨てるように言う。

 誰が哀れな勇者やねん。


「ねえエトナ、あいつ知り合いなの?」

「私たちは貧民街で育ったの。生きる術を教えてくれた、兄貴みたいな存在だったわ」


 エトナはライムから視線を外さずに言った。

 左手は短剣の柄に添えられている。


「教えたのは人様から盗むことだがな。『妹分』のお前を痛めつけるのは気が進まねえ。その頭を俺によこせ」

「欲しいものがあるなら奪え。あなたが教えてくれたことでしょ」


 ライムは大げさに肩をすくめて笑った。

 しかしその眼光は鋭いままだ。


「わかった。俺はここから動かねえよ。【鑑定】でよく見てみろ。それから戦うかどうか決めればいい」


 俺は覚えたばかりの【鑑定】を使った。

 空中に光る文字が浮かび上がる。


-----------------------

 ライム


 レベル:58

 体力:1200

 魔力:1000

 攻撃:1500

 防御:900

 敏捷:1200

 魔法:鑑定・吸収・防御強化Lv.3・火炎弾Lv.4

-----------------------


 つ、つええ。

 自信満々なわけだ。


「これでわかっただろ。勝ち目のない戦いはするな、とも教えたはずだぜ」


 ライムは俺に向かって手をかざした。

 空中に現れた光る文字に目を走らせる。


「ふん。レベルたったの5か。お前は問題にならんな」


 光の文字が消えていく。

 ライムは俺に対する興味を失ったようだ。

 エトナは俺の力を隠すためにいったん【制御】を解除したのか。

 しかし、俺って鎧とつながってなかったらレベル5しかないんだ。

 ……なんか悲しいな。


「勇者の力を取り込めば、俺たちを見下してきたヤツらにも復讐できる。『母さん』の仇だって討てるんだぞ」

「まだ引きずってるの? 母さんは死んだのよ」


 ライムの表情が険しくなった。

 母さんとはいったい誰なんだろう。

 ふたりにとっての、育ての親だろうか。


「お前だって吹っ切れてないはずだ。でなきゃそんな格好してないだろうよ」


 どうも『母さん』って人はエトナの服装にも関係しているらしい。

 ライムの全身から青いオーラが立ち昇っている。

 姿勢を低くして、魔力を右手にためているようだ。


 エトナが小さく【制御】とつぶやいた。

 俺の頭と鎧が再びつながる。


「俺は力を手にして母さんたちの無念を晴らす。手加減はできんぞ、エトナ!」


 ライムが突き出した手のひらから炎の弾が放たれる。

 激しく燃え盛る炎。

 ひとつの大きさがバスケットボールぐらいはある。

 3つの炎弾が弧を描き、エトナに向かって飛んでいく。


 エトナが回避のために横に飛ぶ。

 しかし、その先にライムが回り込んでいた。

 ひとつひとつの動作が素早い。

 ライムは腰から短剣を抜き放ち、斬りつける。


 がきん、と刃物がぶつかる音がした。

 エトナも短剣で応戦している。


 俺はぽかんと口を開けたまま、ゆっくりと立ち上がった。

 全然レベルが違う。

 しかし見とれている場合ではない。

 俺はいそいそと背負い袋から石を取り出し、槍を拾い上げた。


 目の前では激しい戦いが繰り広げられている。

 炎の魔法と短剣による波状攻撃を、エトナは間一髪でかわしていた。

 メイドエプロンが恐ろしい速度で舞っている。

 おそらく【敏捷強化】を使っているのだろう。

 距離が離れたら【電撃】を使い、近間では短剣を振るう。

 その動きには一切の無駄がなく、美しくさえあった。

 あたりに金属音が鳴り響く。


 スピードではエトナが圧倒しているが、攻撃力はライムが上回っている。

 打ち合うごとにエトナが体勢を崩していた。

 体重の差も大きい。

 俺はハラハラしながら攻撃のチャンスをうかがっていた。

 体当たりを食らったエトナが吹っ飛び、尻もちをつく。


「とどめだ!」


 ライムが腰を落として、右手に魔力を集中させる。

 ここだ――!

 俺は【攻撃強化】を使うと、脚を前後に大きく開いた。

 ライムは俺のことなど眼中にないようだ。

 全力で魔力を込めた石を投げつける。


「ぐっ!?」


 石はライムの脇腹に直撃し、粉々に砕けた。

 硬い。

 そういえば魔法の欄に【防御強化】の文字があったな。


「石だと。あいつか? 何だこの威力は」

「うおおおおお!」


 脇腹を押さえるライムに向かって、俺は槍を握りしめて突進した。

 全身が赤い光のオーラに包まれる。

 実際のレベルは30にも満たないのだが、今の俺は得体のしれない敵としてライムの目に映っているだろう。

 少なくとも、注意を引きつけるには十分だった。


 起き上がったエトナが、高速の掌底をライムの顎に叩き込む。




 死角からの一撃は見事にライムの意識を絶った。

 エトナが肩で息をしている。

 白い首筋に汗がにじんでいた。

 ところどころに切り傷を負っている。

 不意打ちがうまくいったから勝てただけで、ギリギリの戦いだったのだ。


「エトナ、ごめん」

「何よ?」


「だってこの人はエトナにとっては恩人みたいなモンだろ。俺のせいで戦わせることになっちまった」

「いいわよ別に。ライムも私もしょせんは盗賊。欲しいものは力で奪うしかないの。そんだけよ」


 呼吸を整えながら、エトナは短剣を鞘におさめた。

 ずいぶんドライな世界観だ。

 そりゃそうか。

 貧民街で盗みを働きながら暮らしていたんだもんな。

 平和な日本でのんびり暮らしてきた俺には想像もできない。


「さあ、ライムが起きる前に【吸収】を解除しましょ」


 エトナが地面に突っ伏しているライムに向かって手をかざした。

 俺の体の一部は【吸収】によって、魔力ごとライムに取り込まれている。

 ついに一部とはいえ俺の体が戻るのか。

 なんだか緊張してきた。

 今俺に心臓があれば、鼓動が速くなっていたに違いない。


【魔法解除】


 ライムの全身が優しい光に包まれる。

 そして、俺の左足に懐かしい感覚が蘇ってきた。

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