第5話 後方腕組師匠と地下潜入

 俺の目の前には、肉と野菜に串を通して、両面をじっくり焼き上げた料理が並んでいる。

 味付けはシンプルに胡椒と塩。

 しかしほのかな甘味がある。

 元いた世界で言うところの『照り焼き』っぽい風味。

 う、うまい。

 この串焼きは宿屋の1階にある食堂『紅玉の鹿亭』の人気メニューで、店主いわくイニティの名物らしい。

 確かに、こちらの世界に来てから食べたモノの中でぶっちぎりの味だった。

 やはり食が合うかどうかは大事だな。

 急に生きていける気がしてきた。


「で? あんたはどう過ごしてたのよ」


 豪快に串焼きをほおばりながらエトナが言う。

 端正な顔立ちには似合わない気もするが、逆にそこがまた良いんだ。

 ギャップ萌えというやつだ。

 ダンジョンから戻った俺はエトナと合流し、一階の酒場で夕飯をいただいている。

 公園でのダッシュ訓練や投石のこと、ダンジョンに潜入してコボルトを仕留めたことを手短に話す。


「ふーん。ダンジョンで修行ね。いいんじゃない? あんたが弱っちいままだと私も困るし」

「フフフ……なんとなくだが、戦闘のコツはつかんだ気がする。すぐにエトナより強くなっちゃうかもよ?」


 俺はアツアツの串焼きを味わいながら、不敵にほくそ笑んでみた。

 もちろんコボルトがたいした敵じゃないのはわかっている。

 しかし、ひとりで魔物を仕留めたという経験は自信になった。


「能天気でいいわね。こっちはほとんど収穫なし。ただ、気になる話がひとつだけあったの」


 神妙な顔つきでエトナが話す。


 まず盗賊ギルドはメンバーである盗賊たちを支援しつつ、管理もしている団体らしい。

 あらゆる組織に潜入させた諜報員によって情報を集め、盗賊たちに情報を提供したり、道具や人員を手配している団体なんだとか。

 ただし、所属する盗賊たちの個人的な情報まで把握しているわけではなく、俺の体を奪った5人の行方はわかっていない。


 空振りかと思いきや、ギルド長が昼過ぎにフードをかぶった赤毛の男を見かけたらしい。

 街道を歩くその男は、5人の盗賊のひとり、ライムによく似ていたという。


「なるほど。古城で解散した後、ライムって男はイニティに戻ってきたのかな?」

「そこが引っかかるの。ライムは確か、南の街トリアに宿を借りていたはず。イニティに用事なんてないはずよ」


「エトナがこの街を拠点にしているってことを、ライムは知ってんの?」

「話してないわ。偶然かもしれないけど、警戒はした方がいいわね。あんたの魔力を狙っているのかも。今日みたいな単独行動は危険よ」


 エトナはグラスに注がれた水を飲み干すと、静かにテーブルに置いた。

 真剣な眼差し。

 どうやらライムは危険な男らしい。


「襲われたら返り討ちにしてやるけどね」

「バカ言わないで。元々私とそう変わらない実力なのよ。一部とはいえ勇者の魔力を取り込んでいるんだから、二人がかりでも倒せるかどうか」


 ふーむ、それは確かにマズイな。

 エトナのレベルが45だから、ライムもそのぐらいだとして。

 勇者の魔力を取り込んだ後は、レベル60ぐらいにアップしてるんだろうか。

 だとしたら、ひとりでいる時に襲われたら終わりだな。


「じゃあこれからは一緒に行動しよう。エトナの近くにいられる方が俺も嬉しいし」

「ハア……ポジティブでいいわね、あんたは」


 エトナが呆れた様子で頬杖をついた。





 翌朝、俺たちは1階で朝食を取ると公園に向かった。

 まずは短距離のダッシュや投石で体を慣らす。

 そして手ごろな石を拾って、エトナにもらった布の背負い袋に入れておく。

 これで準備万端。

 俺は意気揚々とダンジョンに入っていった。


 地下1階に現れたのはまたしてもコボルトである。

 俺たちを見つけると、不快な叫び声をあげた。

 今度は5体も同時に現れたが、投石と殴りで問題なく倒せた。

 なにしろ今日は後ろにエトナが控えているのだ。

 退屈そうに腕組みをしたまま、俺の立ち回りを眺めていた。

 まるで弟子を見守る師匠だ。

 心強い。


 薄暗いダンジョンの奥には下り階段があった。

 たしか、下層に進むほど敵が強くなるんだよな。


「降りてみましょ。今のあんたでも地下2階のザコぐらいは倒せるわ」


 師匠のお墨付きをもらった俺は、慎重に石で作られた階段を降りていった。

 鎧の体にも慣れてはきたが、高低差がある場所はまだちょっと苦手なんだよな。


 階段を降りた先はさらに通路が広くなっていた。

 天井も高い。

 3メートル以上はあるだろう。

 たまにすれ違う冒険者は槍や長剣を持っているが、これなら十分に振り回せそうだ。


「エトナって手ぶらなの?」

「私はコレで十分よ」


 エトナはメイドエプロンの裾を上げた。

 その下には皮革のベルトで吊るされた、短剣があった。

 柄の部分には青い宝石がはめこまれている。


「結構ゴリゴリの近接系武器なんだな。魔物に近づいて大丈夫なん?」

「ふふん。当たらなきゃどうってことないわ。あんたみたいなノロマじゃないのよ」


 そういってエトナは腰に手を当てつつ、大きなお胸をそびやかせた。

 うーん、ご立派。

 確かに鑑定で見た限り、敏捷が高かったな。

 遠距離から電撃魔法、近づいて短剣で仕留めるという戦闘スタイルなのか。

 かっこいいじゃないか。

 しかし俺には投石がある。

 遠距離は投石、近距離はパンチだ。

 ずいぶん原始的な攻撃方法だが、エトナにも負けてないぞ。


 通路を進んでいくと曲がり角に差しかかった。

 ガチャガチャと金属がこすれる音が聞こえてくる。

 レベルアップのためにダンジョンを探索している冒険者――というわけではなさそうだ。


 曲がり角からぬっと顔を出したのは、直立するトカゲのような魔物だった。

 古びた剣と木製の盾を持ち、使い込まれた鎧まで着込んでいる。

 ギョロリとした無感情な目玉が俺をとらえている。

 これはリザードマンってやつじゃないか。

 ゲームだと序盤に出てくるザコ敵って感じだが……目の前のそいつは思っていたよりゴツかった。

 身長も俺とほぼ変わらない。

 コボルトのようにはいかないだろう。


「師匠! 俺がやります。手出しは無用です」

「ん、師匠なの? 私。まあいいわ、任せる」


 俺は素早く背負い袋を地面におろすと、中から石を取り出した。

 リザードマンが奇声を上げて突進してくる。


「くらえ!」


 俺は力いっぱい魔力を込めて石を投げた。

 放たれた石は空気を切り裂く音とともに、リザードマンが持つ盾に直撃した。

 盾がまっぷたつに割れる。

 それでも突進は止まらず、刃こぼれした直剣が俺に向かって突き出された。


 やはりコボルトとは勢いが違う!

 だが落ち着け……どうせ首から下は斬られたって平気なんだ。

 俺は左手で刃を振り払い、足の裏でリザードマンのみぞおちを蹴りつけた。

 まっすぐに蹴りながら押す感じだ。


「よおしッもう一発!」


 尻もちをついたリザードマンに向けて、俺は次の石を投げた。

 今度は胴体に命中し、拳大の風穴があく。

 ボロい鎧と硬そうな鱗をあっさりと貫通している。

 我ながらエグい威力だ。

 甲高い叫び声をあげながら、リザードマンの体が紫色の霧になっていく。

 その後にはコボルトのものよりずっと大きな魔石が転がっていた。


「どうですか、師匠! なかなかの戦いぶりでしょ」


 俺はこれ以上ないドヤ顔で振り返ったが、エトナはあくびを噛み殺していた。


「はいはい、次行きましょ。こんなザコ敵、数こなさないとレベルアップできないわよ」


 すたすたと歩き出すエトナ。

 くっ この程度では褒めてもらえないか。

 しかし!

 もっと強くなれば、このクールすぎる女盗賊もデレるはず。

 確かな手応えを感じつつ、俺はいそいそと魔石を拾った。

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