第4話 投石練習とダンジョン潜入
窓から差し込む柔らかな光が、新たな一日の始まりを告げる。
……はずだったのだが、実際はエトナに叩き起こされた。
俺の体を奪った5人と知り合った、盗賊ギルドとやらで情報収集をしてくるらしい。
ギルドってのは同業者たちの自治団体で、盗品の鑑定や買い取り、街中の噂話を集めたりもしてるそうだ。
盗賊の団体なんてものが街にあっても良いのだろうか。
とにかく、古城で散り散りになった5人の盗賊たちを探すにも手がかりが全くない状態なのだ。
何か知っている人がいないか、関連している人物に聞き込んでいくしかない。
エトナはいくつかの硬貨を俺に渡して出ていってしまった。
俺は1階で朝食をすませ、街を歩き出す。
とにかく魔法でつないでもらった鎧の操作に慣れなければ。
石造りの家々を眺めながら、10分ほど歩くと公園らしき場所にたどり着いた。
公園といっても遊具はなく、芝生と木々が広がっている。
心地よい風がそよいでいた。
おう、いいじゃないか。
ここなら存分に体の操作を練習できそうだ。
ストレッチは……必要ないな。
俺は何度か速歩きを試してみた。
いけるぞ。
まだ若干ふらふらするものの、つまづいたりすることはない。
次は思いきって走ってみる。
視界が揺れた。
転生する前は何気なくやっていたことなんだけど、走るっていうのは意外と高度な運動なんだな。
腕、上体、腰、膝、足。
連動している部分が多い。
俺はひたすら芝生の上を走り続けた。
がしゃんがしゃん、と金属音が鳴り響くが、幸い周囲には誰もいない。
おまけに息切れすることもなかった。
これは利点だな。
30分ほどは走っただろうか。
『走る』という動作には少し慣れてきた。
次に、5メートルほどの短距離をダッシュで詰めてみる。
武器を持っていない今は拳だけが頼りなのだ。
間合いを詰めるためにもダッシュは鍛えておく必要がある。
「そうだ、間合いといえば」
俺はひとりごとを言いながら、あたりに落ちていた石を拾っていく。
拳大ほどの大きめの石だ。
できるだけひし形に近い、尖ったものを選んでみる。
人がいないことを確認して、その石を木に向かって投げてみた。
腕だけで投げる『手投げ』ってやつだ。
軽く投げたつもりだったが、石は空気を切り裂き、乾いた破裂音とともに太い木の幹にめり込んだ。
す、すごい。
投石っていうのは簡単な割に威力が高い、となにかの本で読んだことがある。
人間の体は『物を投げる』という動作に向いた構造になっているのだとか。
そもそも、俺は戦いなんて無縁な世界で暮らしてきたからな。
剣とか盾の使い方なんてわからないし、手にしたすらない。
でも、石なら子どものころに河原で投げた経験がある。
スポーツを通じて投げるという動作にも慣れている。
単純だけど、意外と効果はあるんじゃないか。
俺はひたすら石を投げ続けた。
少しずつフォームを大きくしていく。
下半身の力を伝えるために大きく振りかぶった時には、バランスを崩して倒れてしまったりもした。
何度も起き上がって投げているうちに、バランスを取るのにも慣れてきた。
「フォームは小さい方がいいかな? 今から投げますよ、と言ってるようなもんだしな」
ダーツのように、肘から先だけを動かして投げてみる。
放たれた石が木の幹のど真ん中に突き刺さった。
ナイトウルフぐらいなら余裕で倒せそうな威力だ。
狙いもつけやすいし、アリかもしれない。
俺は手ごろな石をいくつか拾い、腰に提げた布袋に入れておいた。
体の操作の練習に夢中になっていたら、日が高くなっていた。
朝から動きっぱなしだ。
さすがに疲れた俺は、大きめの岩の上に腰掛けた。
この体なら立っていても座っていても似たようなモンだが……気持ちは大事。
エトナは今頃どうしているだろうか。
盗賊ギルドで何か情報をつかめたらいいんだけど。
それにしても、【制御】の魔法は術者と離れていても効果があるんだな。
頭と鎧をつなげるところだけであって、つなぎ続けるのには俺の魔力を使っている、とか言ってたっけ。
ぼんやりと考え事をしながら休んでいると、ぽつんぽつんと人影が増えてきた。
みんな剣や斧、鎧で武装している。
公園の西側にある森の中へと向かう人が目につく。
「何か面白いものでもあるのかな?」
俺は腰を上げると木々の間から森の中を覗いてみた。
なだらかな丘と岩壁があり、その中央には洞窟らしき穴が空いている。
人がひとり、立ったまま入れるほどには大きい。
中から出てくる人もいれば、入り口付近で装備の点検をしている人たちもいる。
「あのー、教えてほしいんですけど。この穴って何なんですか?」
俺は洞窟の入口に立っていた、金髪のお兄さんに声をかけた。
腰に剣をさげて、なめした皮革で作られた鎧を着込んでいる。
どちらも使い込まれている様子だ。
いかにも『冒険者』といった風貌だな。
「ん? 何って『ダンジョン』だよ。みんなレベル上げのために来てるのさ。あんた、そんな格好してるのに知らないのか?」
そうだった、俺はいま全身鎧を着込んでいるんだった。
はたから見ればやる気まんまんである。
金髪のお兄さんは素っ気ない話しぶりとは裏腹に、細かくダンジョンについて教えてくれた。
なんでもイニティの街ができたころから存在するといわれるダンジョンで、階層によって分けられているらしい。
中には魔物が巣食っていて、『冒険者』と呼ばれる人々がレベルアップと魔石を目当てに探検しているのだとか。
地下1階なら初心者でも問題ないが、それより深い階層には手強い魔物が現れるそうだ。
「それだけガチガチに着込んでたら大丈夫だろうけど、無理はするなよ。普通に死んでるヤツだっていっぱいいるんだからな」
そう言い残すと金髪のお兄さんは後から来たメンバーとともにダンジョンの奥へと消えていった。
その背中には不安とか緊張は感じられない。
俺と同い年ぐらいに見えたが、魔物との戦いには慣れているようだ。
昨日のナイトウルフとの戦闘を思い返す。
確かに舐めてかかると大怪我しそうだ。
このダンジョンにはもっと手強い魔物が潜んでいるんだろう。
しかし、それだけに俺のレベルアップも早いはずだ。
手に入る魔石も高値で売れるに違いない。
せっかくなので俺は1階の入口にだけ入ってみることにした。
ぽっかりと空いた穴の中は岩をくり抜いたような構造だ。
石を積んで作られた階段をおそるおそる降りていく。
薄暗くはあるが、何も見えないわけではない。
よく見ると、壁や天井に魔石を使った照明器具らしきものがセットされている。
松明なんかは持って入らなくても問題はなさそうだな。
中は迷路のように入り組んでいた。
あまり奥に入ると迷ってしまうな。
周りには誰もいないので、助けを呼ぶこともできない。
何も準備をしていないし、今日はこのぐらいで帰るとするか。
入口に向かって振り返ろうとした瞬間、通路の奥に小さな影が見えた。
唸り声のような音まで聞こえてくる。
俺はそっと布袋から石を取り出す。
よく目を凝らすと通路の先には3体の魔物がいた。
犬の顔に人間のような体。
むき出しの牙からは、よだれが垂れている。
身長は小さい。
120cmぐらいか。
手には錆びた短剣を握りしめている。
赤い目で俺を睨みつけながら、唸り声を上げていた。
これはもしやコボルトというやつじゃないか。
漫画やゲームで見たことがある。
地下生活に順応した悪い妖精かなにか。
単体では強くないけど複数で冒険者に襲いかかってきて……
ゴアァッ!
狭い通路に獣の咆哮が響いた。
考えがまとまる前に、コボルトの群れは俺に向かって突進してきた。
しかし俺は妙に落ち着いていた。
首から下は刺されたところで痛くはないし、身長だって俺のほうが50cm以上は高い。
恐れる理由はなにもないのだ。
むしろ、今日試した投石の効果を見たくてウズウズしていた。
あと10歩ぐらいの間合いで、俺は手に持っていた石をぶん投げた。
水風船が破裂するような音がした。
コンパクトなフォームで放たれた石は先頭にいたコボルトの頭を砕き、すぐ後ろにいた2体目の顔面をもえぐった。
甲高い吠え声。
黒い血が飛び散る。
俺は短くダッシュして間合いを詰め、怯んでいる3体目のコボルトをぶん殴る。
壁まで吹き飛んだそいつは、紫色の霧になって蒸発した。
魔石がころん、と地面に落ちる。
残ったコボルトは、怒り狂って短剣を突き出してくるが、俺の顔面までは届かない。
コボルトの横っ面に向かって拳を振り下ろす。
骨が砕けた感触があった。
「ふう。焦った……」
俺は立ちすくんだまま、呼吸を整える。
短い戦闘だったが、額をぬるい汗がつたっている。
しかし投石はかなり有効であることがわかった。
敵から離れた場所から、一方的に攻撃できるのは大きいぞ。
実戦で十分使える威力だとわかっただけでも大収穫だ。
それにしても、公園で軽くトレーニングをするつもりがちょっとした冒険になってしまったな。
金髪のお兄さんの忠告にしたがって、今日はこれで帰っておこう。
俺はちゃっかり魔石を拾い集め、ダンジョンをあとにした。
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