第3話 戦力の確認

 チョビひげのおじさんが馬車に乗せてくれたおかげで、夕方になる前に街に着いた。

 大陸の南側にあるという街イニティ。

 俺がしばらく厄介になる、エトナが部屋を借りている街だ。


 街の中央にある、大きな噴水の前で何度もお礼を言うおじさんに別れを告げる。

 ここから馬車で2時間ほど南下したところにある大きな街、トリアに向かうそうだ。

 ちなみに首が取れた件については、今練習中の手品だという説明で押し切った。

 ちょっと強引すぎるか、とは思ったが、そもそもここは魔法が存在する世界。

 おじさんも納得してくれたようだった。

 

「へえ~。ここがイニティか。結構栄えてるんだな」


 馬車に向かって手を振りながら、俺は当面の拠点となる街イニティを見回していた。

 噴水の前には石造りの家が立ち並んでいる。

 道路も石畳でしっかりと舗装されていた。

 気温は前の世界で言うところの秋ぐらいかな。

 頭しかないのでイマイチ温度がわかりづらいが、過ごしやすい気候だ。


「こっちよ」


 エトナがひときわ大きな建物のドアの取っ手に手をかけた。

 レンガ状の石を積んで作られた壁が、太陽の光を受けて白く輝いている。

 建物の1階は酒場になっていた。

 マンションの1階が飲食店になっているような感じか。

 酒場の横にある階段を登った、2階の奥がエトナの部屋だった。


 中は広かった。

 10畳以上はあるだろうか。

 ひとりで過ごすには十分だ。

 中には木製のベッドと2人がけのソファ、小さな円形のテーブルと椅子、そして大きめの書棚があった。

 書棚の中は本でいっぱいだ。

 エトナは読書家なんだな。


「じゃあ、あんたはそこの壁に向かって立ってて。今から着替えるから」

「あ、ハイ」


 俺は気をつけの姿勢で壁際に立った。

 ここは素直に従っておく。

 今の俺は居候だからな。


「振り向いたら殺すわよ」


 冷たい声である。

 静かな部屋に、衣擦れの音。

 エトナがすぐそこで着替えている。

 あのメイドさんみたいな格好から部屋着になるのだろうか。


 見たい。

 見るなと言われたら見たくなるのが人間だ。

 こんなことなら部屋の外で待っていればよかった。

 エトナの機嫌を損ねるのはマズい。


 ただ「振り向くな」というのはフリかもしれない。

 お笑い芸人が言うところの「押すなよ、絶対押すなよ」である。

 その可能性もあるのではないか。


 試しに俺は少ーしだけ、首を動かしてみた。

 音は鳴らない。

 いける!

 静かに首をまわし、ちらりと視線を動かす。

 その瞬間、服を脱ごうとしているエトナと目があった。


「警告したよね」


 エトナの手のひらに光が集まっていく。

 バチバチと稲光のようなものが見えた。


「やだなぁ、エトナさん。違うんですよ、これは……ぐおおおおおう!」


 電撃が俺を貫く。

 なるほど、これがナイトウルフを仕留めた魔法だな。

 理解すると同時に、俺の意識が途絶えた。






 窓から指す光が部屋をオレンジ色に染めている。

 俺はしばらく気絶していたようだ。


「やっと起きた? 変態さん」


 床に倒れている俺を、エトナが見下ろしている。

 服装は部屋着らしい、白いTシャツのような服とショートパンツ姿に変わっていた。


「すんません。好奇心に勝てませんでした」

「正直なヤツねぇ」


 エトナは腰に手を当てて呆れている。

 ちょっと怒った顔も可愛い。

 こんな美少女が着替えていたら、そりゃ見ようとするでしょうよ。


「ちなみに俺が食らったのは魔法?」

「ええ、そうよ。電撃ね。割と初歩の魔法よ」


 ははあ、初歩の魔法であの威力か。

 なすすべもなく気を失ってしまった。

 俺は床の上でゆっくりと上体を起こす。


「もしかして、エトナって強いの?」

「誰と比べるかによるけど、まあまあってとこね。見せてあげようか」


 エトナが【鑑定】とつぶやくと、空中に光る文字が浮き上がった。

 なんだこれ!

 RPGのステータス画面みたいなモンか?

 俺には馴染みのない文字だが、不思議と意味は理解できた。


-----------------------

 エトナ


 レベル:45

 体力:800

 魔力:1000

 攻撃:800

 防御:700

 敏捷:1200

 魔法:鑑定・吸収・回復Lv.3、敏捷強化Lv.5・魔法解除Lv.3・制御Lv.3・電撃Lv.7

-----------------------


 レベルとか見れるのか。

 魔法のレベルは習熟度ってところかな。

 ステータスは盗賊らしく敏捷が高い。

 でも防御の値は低めみたいだし、俺がしっかり守らなきゃ。


「なあ、俺は? 俺のも見たい」


-----------------------

 レン


 レベル:21

 体力:500

 魔力:600

 攻撃:400

 防御:400

 敏捷:200

 魔法:なし

-----------------------


「弱ッ! 魔力だけまあまあだけど、その他は全部よわよわじゃん!」

「仕方ないじゃない。頭しかないんだもん。ちなみに鎧とつながってなければ、もっと弱いからね」


 くうう……

 まあゲームでも最初はレベル1からだもんな。

 鎧とつながってなかったらレベル5ぐらいなんだろうか。

 レベル21でもありがたいと思うことにしよう。

 逆に頭だけで20あるということは、全身がそろったら100を超えるのだろうか?


「魔法なしってのも寂しいなぁ。どうやったら使えるようになるの?」

「レベルが上がれば自然に習得できるわ。レベルはさっきみたいに魔物を倒したり、訓練することで上げられるの」


 そう言いながらエトナはテーブルの上に置かれた石を手に取った。

 アメジストの原石のような、紫色の石だ。

 うっすらと内側から光っているように見えた。


「なにそれ」

「これは魔石。さっきナイトウルフを倒したでしょ? 死んだ魔物は霧になって、魔石を残すのよ。売ればお金になるわ」


 ほう。

 魔物を倒せばレベルも上がり、魔石でお金も稼げる、と。

 一石二鳥じゃないか。

 魔物を倒した時は、魔石の回収を忘れないように気をつけよう。


「魔石は魔力の結晶なの。明かりを灯したり、大きな物を動かす動力としても使われてるわ」


 元の世界で言うところの電気みたいな存在なのかな。

 そういえば、窓から見える街灯もうっすらと光を放っている。

 あれもきっと魔石の恩恵なんだろう。


「ま、ここの生活にも少しずつ慣れていけばいいわ。どっかの変態さんが気絶してたせいでもう夕方だし、ご飯にしましょ」


 気絶させた本人が言うのか!?

 引っかかる部分はあったが、この世界の食事には興味がわいた。

 おじさんがくれた果物を見るに、元いた世界で食べていた物とかけ離れていないはずだ。


 1階の食堂で出されたのはパンとスープだった。

 パンはやや硬いが、独特の風味があって悪くない。

 スープは塩漬けにした肉と野菜を煮込んだものだ。

 塩と胡椒だけのシンプルな味付けだが、やや濃い目で俺が好きな味だった。

 木製のスプーンでがつがつとかき込む。

 食べたものがどこに行くのかはわからないが、頭だけになっても腹は減るのだ。


 食事を終えて部屋に戻った俺は、床にゴロリと転がると天井を見上げた。

 エトナは1階にある大浴場に行くらしい。

 風呂か。

 俺も入ってみたいけど、洗う部分が少ないな。


 何をやってるんだろう、俺は――

 天井を眺めながら、俺は元いた世界のことを思い返していた。

 両親は俺が幼いころに亡くなっていたし、兄弟もいない。

 職場に連絡はできなかったけど、どうせたいした仕事はしていないから問題はないだろう。

 そう考えれば未練はない。

 こっちの世界でまずは体を取り戻そう。


 満腹になったからか、急にまぶたが重たくなってきた。

 初めてのことだらけで気疲れしたのもあるだろう。

 あっという間に俺の意識は薄れていった。

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