第2話 古城を出て街を目指す

 古城を後にした俺たちは、南にある街に向かっていた。

 とりあえずの宿として、エトナの部屋を提供してくれるらしい。

 ありがたいことだ。

 俺は一文無しだし、この世界のルールがまだ全然わからない。

 理解できたところで、頭だけのヤツに部屋を貸してくれる人がいるのだろうか。


「おお……!」


 俺は目に飛び込んできた風景に、思わずうなってしまった。

 青々とした空が絵画のように広がり、雲がのんびりと浮かんでいる。

 黄金色の小麦畑が風に吹かれて揺れていた。

 まるで旅行番組で見たヨーロッパの田舎のような風景だ。

 古城は小高くなった丘の上に建てられていて、辺りを一望することができる。

 明るさから推測するに、こちらの世界は今、昼下がりのようだ。


「さ、行くわよ。日が暮れちゃうわ」


 振り向きもせずエトナが言う。

 俺はその背中を、ゆっくりと地面を踏みしめながら追った。

 鎧ボディにも少し慣れてきたが、まだ早足で歩くのは難しい。

 歩きながら、俺はエトナに質問を投げまくった。


「ねえ、なんでそんな可愛い服着てるの? ひらひらして動きづらそうじゃん」

「なによ。似合ってるでしょ。領主の屋敷で働いているメイドって設定で部屋を借りてるのよ」


 本当の仕事は盗賊だもんなぁ。

 そりゃ部屋も貸してもらえないだろう。


「エトナは誰から盗むの。 もしかして悪い人?」

「そんなわけないじゃない。こんなに可愛い悪人がいると思う? 悪徳領主から拝借してるだけよ」


 眉をひそめながらエトナが振り返った。

 この人、すごい自己肯定感が高いな。

 そして悪人あつかいは不本意らしい。

 相手が誰であれ、盗みはマズイと思うんだが。

 メイドとして悪い領主の屋敷に潜り込み、隙をついてお宝をゲットしちゃうのか?

 いわゆる義賊というやつだろうか。


「拝借したお金は何に使ってんの?」

「何って……なんであんたにそんなこと話さなきゃいけないのよ」


 エトナは口をとがらせて、そっぽを向いてしまった。

 ちょっと踏み込みすぎたかな。

 なにか世のため人のために使っていると信じよう。

 とにかく領主がいたり農地があったり、貨幣も存在するらしい。

 俺がまったく想像もできない世界ではないようだ。

 さらに俺は街道を歩く人々も観察してみた。


 荷物を背負った商人らしいお兄さん。

 尖った耳を持つ、褐色肌の男。

 修道女のような格好をした金髪の女。

 そして使い込んだ鎧を着込み、長い剣を背負った無精髭の大男。


 いわゆる『剣と魔法の世界』に登場する冒険者って感じの服装だ。

 正直、嫌いじゃない。

 学生のころ、よく異世界に転生してみたいな~と思っていたもんだが。

 いざ自分の身に起こってみると、受け入れるのには時間がかかる。

 ま、仕方ない。

 少しずつ慣れるしかないな。


 そんな事を考えながら歩いていたら、前方から悲鳴が聞こえた。

 悲鳴といってもか細い女性の声ではない。

 おじさんの声である。

 野太い悲鳴とともに、猛獣の咆哮のような声まで聞こえてきた。

 うっ、嫌な予感。


「旅人がナイトウルフに襲われているみたいね。関わるのも面倒だから迂回していきましょ」


 エトナの視線の先に、街道にこぼれ落ちた果物が見えた。

 そのすぐそばにある屋根付きの馬車の前で、チョビひげのおじさんが短剣をぶんぶんと振り回している。

 紺色の狼っぽい3頭の獣に囲まれているようだ。


「おじさーん、大丈夫? 今行くよ!」


 俺は手を振りながら歩いた。

 生身なら狼なんて怖くて近づけない。

 しかし今の俺の身体は鎧なのだ。

 噛まれても痛くはないし、目の前で困っている人をスルーできない。


 1頭のナイトウルフが俺に気づき、走ってきた。

 うわっ、動きはや!

 そして近くで見たらデカイ!

 大型犬ぐらいはある。

 上下に生えた犬歯は鋭く尖っていた。

 しかも、殴るにしては背が低い。


 迷った俺はサッカーボールキックの要領で蹴った。

 反動で取れないように、左手で頭を押さえながら。

 甲高い鳴き声があたりに響く。

 俺の不格好な蹴りが、鼻先をかすめたのだ。

 ナイトウルフは一瞬ひるんだものの、すぐに体勢を整えて俺の膝に噛みついた。


「うおおおおう!」


 痛くないもないのに、俺は思わず叫んでしまった。

 ナイトウルフの噛む力は強く、踏ん張りがきかない。

 しかし噛むのに夢中で背中ががら空きだ。


 俺は壁を殴った時の感覚を思い出しながら、拳を握る。

 手首から先がうっすらと光を放った。

 毛皮で覆われたゴツいナイトウルフの背を、力いっぱい殴りつける。

 ギャンっと小さく声を上げると、ナイトウルフは地面に倒れ込んだ。

 白目をむいている。

 しばらく痙攣した後、その姿が霧のように蒸発していった。


「お、おお! やった!倒せたぞ」


 まだフラつくけど、パワーは十分あるんだよな。

 武器を操作するのには時間がかかりそうだけど、素手でも十分に戦えるぞ。

 あと、倒した魔物は体が消えてなくなるようだ。


「ひゃあああ! た、助けてくれ」


 馬車の中に隠れようとしたのか、おじさんがお尻を噛みつかれている。

 今行くぞ、と言いたいところだが駆けつけられないのがもどかしい。

 ゆっくりと歩み寄る俺の目の前で閃光が走り、二匹のナイトウルフが雷にうたれたように痙攣した。

 そして、ナイトウルフの体が紫色の霧になって消えていった。


「まったく、見てらんないわ」


 ぶすっとした表情のまま、エトナが言う。

 どうやら彼女が攻撃魔法で仕留めてくれたらしい。

 電撃を放つことができるのか。

 いいなー。


「はあっ、はああ……た、助かった」


 おじさんはおケツ丸出しで馬車の荷台にへたりこんでいた。




「ありがとうよ、お姉ちゃんたち。南のトリアまで行商に出るつもりなんだが、ナイトウルフに荷物を狙われてしまってね。いやぁ、危なかった」


 チョビひげのおじさんが尻をさすった。

 服がところどころ破れていて、小さなすり傷を負っている。

 まあ、このぐらいなら旅を続けられるだろう。


「私たちはイニティに帰るつもりなのよ。トリアに行くなら通り道だし、乗せていってくれない?」

「ああ、いいとも。お姉ちゃんたちは命の恩人だもんな」


 快諾しながらおじさんはにっこりと微笑んだ。

 なんか善人ぽいな。

 この世界にもこういう人がいるのか。

 俺は少しだけ安心した。

 みんながエトナみたいなクールな性格だったらやっていける自信はない。

 でも、最終的にはおじさんを助けてくれたし、やっぱ悪いヤツではないんだな。


「そうだ。お礼といっちゃなんだが、これを食ってくれよ。貴族に売るつもりの果物だ。美味いぞ」


 そういっておじさんは林檎のような果物を差し出した。

 フルーティな香りがなんだか懐かしい。

 

 それにしても、今の俺は頭しかないわけだが食べちゃって平気だろうか?

 食べたものってどこにいくんだろう。

 まあいい。

 なにせ生きてるだけでも不思議な状態なんだからな。

 俺はありがたく頂戴することにした。

 さっきの戦いで喉がカラカラになっていたんだ。


「ありがとう。いただきまーす」


 そう言いながら俺は、両手で兜を脱ごうとした。

 しかし、兜を引っ張った時に頭もついてきてしまった。


「うわああああお兄さん、頭が! 取れてるよ! うわあああああお!」

「こ、これは、違うんですおじさん! 大丈夫なんで!」


「いやああああ! お話してるううううううう!」


 大騒ぎする俺たちをジト目で見ながら、エトナはしゃりしゃりと果物をほうばり続けていた。

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