06. 潜入



 ◆ 9 ◆


 初夏。ハイレがさらわれた夜から半月後、筆頭剣士とメセレットは都邑の入口門へと進む人の列にまぎれ込んでいた。


 筆頭剣士が暮らしていた山中の集落から都邑までは、通常ならゆうに一月は掛かる。それをこの二人は、途中セラフミンを預けるアンドムの住居に立ち寄りながら半月で踏破した。


 馬車のたぐいを使うことなく、さらには人目を避けられる道を選びながらわずか半月で辿り着いたのは、二人の高い身体能力と道選びの確かさを示している。


 ただ、二人にそれを誇る気持ちはない。メセレットの説明によれば、待ち受ける敵たちも同等のことができる相手であるからだ。




 人の列は進み、都邑の入口門が近づいてくる。入口では検問が行われている。全ての者が厳しく荷をあらためられ、少しでも疑わしい者は詰め所へと連行されている。


 二人は剣士の格好のままでは止められ、騒ぎとなる怖れがあるため今は近郊からの野菜売りに扮している。

 粗末な服や爪を泥で汚し、手拭いでかむり、背中を丸め野菜を載せた荷車をメセレットがき、筆頭剣士が後ろを押している。


「次!」


 前の者が終わり、二人の順番となる。検問所には隊長らしき者の他に、槍を手にした三人の番兵がいる。


「これはなんだ」


 番兵の一人が荷車を覆うむしろめくり、尋ねた。メセレットは答える。


「はい、私どもの畑で採れた野菜でございます。市場で売るために運んで参りました」

「ほう」


 番兵は目に厭らしい光を宿し、筵を大きく引き剥がした。


 番兵たちはいちいち野菜を手に取っては、これはなにかと説明を求めてくる。

 番兵の一人が荷車に積んである野菜の山を掻き分け、奥にまで手を入れようとした時。筆頭剣士が慌てたように声を掛けた。


「えっへっへ、兵隊様。お役目ご苦労様でごぜぇやす。よろしければ、お一つ如何いかがでございましょうか」

と、早生わせすもも枇杷びわを手渡していく。

 番兵は満足そうに笑い、やっと通って良しと許可を出した。



 筆頭剣士とメセレットはくどくどと礼を述べながら通り過ぎようとした。しかし。


「待て」

「兵長?」


 眼光鋭い兵長が二人を呼び止めた。兵長は油断なく見詰めながら荷車へと近づき、無造作に野菜の山に腕を突っ込んだ。


「これはなんだ」


 引き出された手には、きらびやかな服が握られていた。番兵たちは顔色を変え、二人に槍を突きつける。二人は動揺し、言葉が出ない。


「怪しい奴らめ。引っ立てろ!」


 兵長の指示の下、番兵たちが二人を詰め所へと連行しようとした。


「お、お許し下さい」


 筆頭剣士は声を震わせ、膝から崩れるようにその場にいつくばった。


「申し訳ごぜぇませんですだ。今年も作物の育ちが悪いもんで、親父の形見の晴れ着を都邑で売って銭に換えようと、つい出来心で……。

 腹を空かせた餓鬼が泣くもんで仕方なくなんでごぜぇます。なにとぞ堪忍して下せぇませ」


 メセレットも筆頭剣士にならい、地面に額をこすりつけて懇願する。兵長は厳しい顔付きのまま見詰めていたが、しばらく後、短い溜息を漏らした。


「わかった、通って良い。ただし、その晴れ着は没収だ」

「そ、そんなぁ」


「黙れ! つべこべ言うのなら、牢屋にぶち込むぞ」

「ひぃぃぃ。申し訳ごぜぇませんですだ」


 二人は怯えきった様子で、その場を足早に立ち去った。





 入口門から遠く離れた場所まで素早く進み、一度周囲をうかがった後、荷車を放置し狭い路地に入っていった。路地の暗がりの中に人影があった。


「父上」


 それは貧しくも垢抜けている都邑に暮らす庶民の格好をしたセラフミンだった。そして、もう一人。


「筆頭様、隊長。お待ちしておりました」


 セラフミンの後ろから偉丈夫が声を掛けてきた。着ている物はセラフミンと同じ庶民の格好。筆頭剣士やメセレットよりも年上の四十位のよく日に焼けた人物。


「アンドム。済まんな」


 メセレットはアンドムの差し出す荷を受け取った。それは筆頭剣士とメセレットの服と剣だった。二人は手早く着替え、剣を佩く。



 二人は最初、セラフミンをアンドムに預け、夜の闇にまぎれ都邑の壁を越え侵入するつもりであった。しかし、アンドムはそれよりももっと良い方法があるとこの方法を提案したのだ。


 当初、筆頭剣士はそれが良い方法であると認めながらも、セラフミンを危険な都邑に近づけることに難色を示した。


 せめて別の者に預けてはどうかと口にするが、アンドムは子供連れであるからこそ番兵の目を誤魔化せると言い、セラフミンも自分もハイレ救出の役に立ちたいと熱心に言い募った。


 仕方がないと筆頭剣士が折れ、筆頭剣士とメセレットはアンドムが用意した野菜売りの格好で入口門から入り、二人の荷物は都邑に住む親戚を訪ねる親子に偽装したアンドムとセラフミンが持ち込んだ。


「二人とも、助かった。だが、都邑は危険だ。セラフミン、この街から離れるのだぞ。アンドム殿、セラフミンのことをお願いします」


 アンドムとセラフミンは筆頭剣士の言葉に応え、ご武運をとの言葉を残し、すみやかに立ち去った。




 筆頭剣士とメセレットは頷き合い、路地から路地へと駆け抜ける。二人は途中で別れ、筆頭剣士は議長館へ、メセレットは牢城へと向かう。


 筆頭剣士は議長館から少し離れて様子を窺える空き家に身を潜め、夜の訪れを待つ。


 この建物が祭殿であった頃には、王に従い何度も足を運んでいた。その頃と異なり、今は建物は高く厚い塀に囲まれている。塀の門は堅く閉ざされ、同様に昔は閉じられたことのなかった建物の入口も堅く閉鎖されている。


 建物の上部に目をやる。元々の祭殿は縦に長い五重塔。


 その最上層、天に最も近い場所に王だけが入ることを許された、儀式を行う小拝殿が存在した。小拝殿は屋根と柱だけで造られ、壁はない構造だった。今はその場所も壁に覆われている。


 確かに祭殿は造り替えられたのだと、外から眺めるだけで確認できた。


 筆頭剣士が議長館を見張っている間、人の出入りは見られなかった。ただ、建物内には気配がある。それもどこか妖しい気配が。


 そして日が暮れ、辺りに夜の帳が下りる。革命以前は都邑には夜も明かりが溢れ、光と人々の明るい笑い声が満ちていた。


 だが、今は。


 議長館他、数少ない建物にわずかな明かりが灯されるのみ。せきとして人々の声が聞こえることもない。


 闇を縫い、筆頭剣士は議長館へと忍び走る。わずかな明かりが灯された正面入口を避け、一旦裏へ。そこは完全な闇に包まれている。


 筆頭剣士はそのまま走り抜け、再び正面へと向かう。未だ革命に不満を持ち反抗する者が多いなか、指導者である議長の住む議長館の裏手が門番もおらず忍び込みやすい状態で置かれている。


 あり得ない。どう考えても、それは罠。よって、筆頭剣士は正面側へと戻った。


 満月の明かりが雲で隠された一瞬を狙い、明かりのある正面門の横、ぎりぎり光から外れた場所の塀を蹴り、一気に越える。



 塀を乗り越え、落下する筆頭剣士に殺気が迫る。


 敵は待ち構えていた。迫る二本の白刃。山中の住まいを襲ってきたのと同じ、全身に闇色の衣をまとった二人の男が剣を閃かせ襲い来る。


 筆頭剣士は落下しながら剣を抜いた。迫る剣を一振りで薙ぎ払う。


 着地と同時に体勢を崩した敵の一人へ向け跳躍。唐竹割りに叩き斬る。振り返り、もう一人の敵にも反撃する間を与えることなく斬り捨てた。


 メセレットとの闘いで剣士としての勘を取り戻し、ハイレ救出を心に誓い筆頭剣士としての気構えを取り戻した、今。

 一流と呼ばれる使い手であっても、筆頭剣士の相手となることなど不可能。その千年一材とうたわれた剣才を遺憾なく発揮する。


 ただし、筆頭剣士に油断はない。建物内から漂う妖しい気配は、筆頭剣士に油断することを許さない。

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