05. 支度



 ◆ 8 ◆


 まずはセラフミンが説明をする。


「あの襲ってきた人たちは、僕を狙ってきたことから考えてもメセレット様と同じで僕が王太子殿下であると思い込んでいた筈です。

 ですが、あの人たちは僕を殺そうとはせず連れ去ろうとしていました。おそらくは殿下になにかをさせたいのではないのでしょうか。


 そしてハイレを連れ去ったのは苦しまぎれのやむを得ずでしょう。人質にして王太子であると思っている僕との交換を要求するのか、父上を呼び出してその隙に僕を連れ去るためなのか。


 いずれにしても、人質にする以上ハイレを無駄に傷付けはしないでしょうし、もし仮にハイレが王太子であるとばれても、少なくとも目的を果たすまでは害されることはないと思います」


「な、なるほど」


 メセレットはセラフミンの説明に、考え込む様子をみせる。


「そうかも知れぬ。……しかし、其方そなたは本当に子供なのか」


 セラフミンの子供らしからぬ説明に耳を傾けたメセレットは、半ば感心し半ば気味悪げにセラフミンを見る。

 セラフミンは困ったように曖昧に笑ってみせた。父親がなにやら胸を張って言う。


「なんと言っても私の子ですからな」


 メセレットは白けた目で、筆頭殿は親馬鹿だったのですねと呟いた。父親は咳払いをし、気を取り直してメセレットに質問する。


「ハイレは何処いずこに連れ去られたと考えますか」


 メセレットはしばし考え込み、ゆっくりと口を開いた。


「おそらくは……、牢城か議長館のどちらかではありますまいか」

「それは?」


「牢城は新たに造られた牢獄、議長館は評議会議長が住む場所です。それぞれかつての近衛府軍営と祭殿を造り替えたものです」

「なっ! 祭殿が造り替えられたのですか」


 父親とセラフミンはメセレットの話す内容に驚愕した。メセレットは頷き、説明を続ける。


「はい。新政権は旧弊を正すとし、最初に二つのことを行いました。一つ目が焼け落ちた王宮跡を完全な更地にし、王制の復興を決して許さぬ意思表示としてその更地に塩を撒き不毛の地とすること」

「なんと言うことを……」


「そして二つ目が、王陛下が天を祀る儀式を行う場であった祭殿を人の住む場に造り替えることでした」


 父親とセラフミンは硬い表情で互いに目を合わせる。メセレットには二人の表情の意味が理解できない。問おうするが、その前に父親が質問をした。


「メセレット殿。その『議長』というのは一体なんなのですか」

「議長とは新政権の意思決定機関である評議会の長を指します。その座にあるのは、人は平等でなければならないという思想の提唱者であり、あの革命を主導した人物です」


 では、とセラフミンは呟き、父親は確信をもって頷いた。メセレットは問う。


「あの、筆頭殿。一体どうされたのです」


 父親は答える代わりに、手を上げてメセレットの質問を遮った。


「先に牢城について教えていただけますか」


「はあ……、わかりました。牢城は新政権に反抗する者があまりに多く、以前あった牢だけでは足りなくなったため、最も注意を要する者たちを収容する場所として新たに造られた牢獄です。


 元々攻めにくい造りであった近衛府軍営をさらに堅牢に造り替えたため、殿下を取り返そうとする筆頭殿の襲撃を防ぐことを考えるなら、最も適した場所と言えるでしょう」


 メセレットの話を聞き、父親とセラフミンも考え込んでいる。


「祭殿、だな」


 父親は呟いた。


「はい、そう思います。ですが、牢の可能性も捨てきれませんよ」


 セラフミンは子供とは思えぬ深刻な表情で続けた。父親は額に深い皺を刻んだままさらに続ける。


「私とメセレット殿で二手に分かれるとしても、その間のお前をどうするかも問題だ」

「今は僕のことは忘れて下さい」

「そうはいかぬ」

「でも」


 セラフミンは言い募るが、父親は断固として拒絶した。


「ならぬ」

「父上……」


 行き詰まる父子の会話を見かね、メセレットが口を挟む。


「筆頭殿。殿下の救出のため、筆頭殿が議長館に、私が牢城に向かうということですか」

「そうなのですが……」

「私たちが出れば、セラフミンを守る者がいなくなり心配である、と」


如何いかにも。あの者たちがセラフミンを王太子であると考える以上、当然狙ってくるでしょう。守ることを考えるならば私が共にあるべきですが、セラフミンを守りつつハイレを助けに向かうのでは守り切れるか、と」


 ならば信頼できる者に預けるのは如何いかがですか、とメセレットは提案した。


「昔、近衛隊にいたアンドムが新政権に仕えることを良しとせず、野に下り畑を耕して暮らしております。

 私とはたもとを分かちましたが、あの者は筆頭殿に心酔しておりましたからな。筆頭殿の言葉になら耳を傾けるでしょうし、殿下のためであると聞けば惜しむことなく協力する筈です」


 父親はこの言に愁眉を開いた。


「確かにアンドム殿なら腕も人柄も信頼できますね。では、準備を整え、夜明けと共に出発しましょう。メセレット殿はしばらく休んでいて下さい」


 メセレットは斬られた男たちの片付けを手伝った後は短い休みを取り、セラフミンは食糧や着替えなどの荷物の用意を済ませ休んだ。


 そして、父親は。それぞれの作業を済ませた後、清流より引いた水で身を清め、髭を当たり剃り落としていく。髭を剃れば、それまでの年齢不詳の怪しい状態から、三十手前の年相応の顔が見られるようになった。


 そのまま家の奥にしまっていた葛籠つづらを引っ張り出し、その中から筆頭剣士として身に着けていた黒鉄色の衣を取り出した。七年ぶりに身に着けた衣は今も変わらずぴったりと体に合った。


 最後に、葛籠に残っていた一切れの華やかな布切れを手に取る。


 それは革命の起こったあの日、王が手ずから贈った餞別。自らの御衣の裾を切り取り、王太子を託すとの言葉と共に与えた最後の贈り物。


 その布切れを手に取したまま、瞳を閉じる。思い出す。あの日の王の言葉を、その姿を。胸に満たす。この七年間を父子として過ごしたハイレとの生活を。長く伸びた髪を後ろで一纏めにし、王より賜った布切れでくくった。


 王と王妃、両陛下の魂に誓う。必ずやハイレを助け出すと。


 それから粗末なこしらえを外した剣に砥石を当てる。一研ぎ一研ぎに心を籠め、ゆっくりと研いでいく。剣の曇りを取るごとに、父親の心もまた研ぎ澄まされていく。


 最後に剣の拵えを、昔の物に戻し、鞘に納め腰帯に吊した。




 一番鶏の鳴き声と共に目を覚ましたセラフミンとメセレットは、それまでの野卑な姿から剣士としての姿を取り戻した筆頭剣士を目にし、しばし言葉を失った。


 セラフミンは初めて見る父親の凜々しい姿に震えるほど感動し、メセレットは嘗て嫉妬しながら、同時に心の奥底で憧れて止まなかったその姿に目頭を熱くする。


 筆頭剣士はその二人に告げる。


「行こう。殿下を、我が子を取り返しに」

「はい!」


 三人は朝日の下、都邑へ向け出立した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る