第5話

1-4

●皇女帝陛下と裁判


時を遡り、現在はトァカミ、学長、警察官の3人が医療科学科の研究室に連絡なしに諮問している場面である。


儂はこの大学の学長をさせて頂いているイスファレス・ジ・クラニカという。


今儂は大学内の研究室でこの研究室の助教授カジテ・カーシェ・ド・ブンデと対峙している。

こ奴はここで顔を合わせた瞬間から挙動がおかしい。

明らかに何かを隠している。


『手に持っているものを渡しなさい。』

儂は明らかに隠そうとしている手の中のものを渡すよう言い放った。


次いで警察官に「物証となる可能性あるので彼から受け取って放しい」事をお願いした。

警察官は情報端末でカジテ助教授に警察官である身分を示し、腰のポーチからB7判位のビニール袋取り出し、その口を広げ差し出した。

助教授は諦めたのか、渋々手に持っていたアンプルの容器をビニール袋の中に入れた。

警察官はビニール袋の中の空気を抜き口を閉め制服の内ポケットにしまった。


助教授はへたり込んでしまい、ぶつぶつと言い訳を言い始めた。

『・・私は、・・患者のために・・・・。命を救うために・・・。』


その言を聞いて儂は静かな怒りを込めて言い放った。

「本当に患者の事を思って行動していたのなら、止血完了後すぐに医療課に運んで居たはずだ。お前は自分のために行動したのではないのかね。」


その後、警察の応援人員と医療課のスタッフを呼び、現場の確保と患者の搬送を行った。


◆----------

次の日、儂は昨日の騒動の顛末を確認するために大学内の教員会議室に来ていた。

緊急で学内に居る教授と加害者であるトァカミ助教授、その助手カムミム、カジテ助教授を集めていた。

また、立会人として警察官も呼んだ。大学自体にあらぬ嫌疑を着せられても面白くないのでな。


1つ目は転送事故の件、もう1つは勝手に再生医療の実験行為をしたことである。

特に2番目はまずい、考えようによっては人体実験である。


まずは、転送事故の件をトァカミ助教授から説明してもらった。

概略を書き示すと以下ののようになる。

1.実験のため物質転送装置で先日配置した人工衛星を学内に転送する実験を行っていた。

2.起動準備が終わり、転送対象の座標を入力し動作させてば良い段階までになっていた。

3.宇宙探査研究科から人工衛星の正確な座標が送られてくるのを待つ間を休憩時間とし、お茶を飲むことにした。

4.助手のカムミムがお茶を運んで来て、普段は無いケーブルに躓き転倒した。

5.お茶がキーボードに降りかかり、転送対象の座標に意味不明の座標が入力され、転送装置が起動してしまう。

6.緊急停止を試みたが、停止が完了する前に被害者が転送されてしまった。

7.転送完了後、被害者男性の左前腕部が消失していることに気づき、学生に指示を出し医務課に連らくを入れさせた。


そして、トァカミ助教授からこの研究情報を秘匿し、転送対象の生死が判別できるようになるまで凍結する申し出があった。

同時にマウスを使った動物実験で量子通信による生死判定の研究を行いたいとも申し出があった。


まあ、研究情報の秘匿も研究の凍結も今の段階では当然であろう。

この技術を犯罪に利用されたときには目も当てられん。

特に生きた人間に向けられたら最悪である。



次は、勝手に再生医療を行った件をカジテ助教授から説明してもらった。

概略を書き示すと以下ののようになる。

1.電話の連絡で学内の実験中に腕が消失した患者がいると連絡を受けた。

2.指定された研究室に向かうと、男性が左腕前腕部をなくし暴れるのを学生に押さえつけられていた。

3.麻酔を投与し患者を自身の研究室に運び検査を行い、まずは調合血液によって輸血を行った。

4.この時、患者が体内ナノマシーンを所持していない事が判明した。

5.同時に脳内言語翻訳インプラントも所持していないことが判明した。

6.患者に生体義手を取り付ける場合、体内ナノマシーンを保持していないと、手術時の補佐が受けられず患者の負担が大きくなり、最悪命を落とす危険性がある。

7.患者に生体義手を取り付け時の感染症・拒否反応を抑えるため、同意のないまま体内ナノマシーンを投入した。

8.欠損期間が長くなるとそれだけ患者のリハビリの困難さを増すためそれを軽減するため、同意のないまま自身の開発した生体義手を取り付けた。

9.同時に言語が通じないと患者のリハビリに支障が出る可能性があったため、脳内言語翻訳インプラントを使用した。


これだけ聞くと患者を思い行った行為に聞こえる。

しかし、実際には使用した生体義手や新型脳内言語翻訳インプラントは帝国医療省の承認前の物が使われている。

それに、生体義手の方は、まだ実証実験も行われておらず、半年も被験者を探している状態だったのが分かっている。


そして、儂は被害者である人物の写真を見て頭を抱えた。

防犯用の室内カメラで撮影された動画の一部を静止画として切り取ったためか、画質は悪いが特徴的な部位はしっかり映っていた。

それは、たしかにヒューマンであるが耳が尖っておらず短い。

このクランドル帝国では耳の短いヒューマンは皇族の血縁者しかいないのである。

儂は別の3人の被害者と会ってはいたが、女性であったため髪で耳が隠れており気が付いておらんかった。

儂は侯爵という立場もあり、皇帝陛下やその親族のご尊顔を拝見する機会も多々ある。

さて、この患者が皇帝陛下の親族であった場合、どのように対処すべきか・・。


儂はカジテ助教授に言う。

『君は患者の特徴をどう見るかね。』

『・・どうと言われましても、ただのヒューマンかと・・。』

『「ただの」か・・。では、皇帝陛下の身体的特徴を君は知っているかね。』

『・・いえ。お会いしたこともありませんので存じませんが・・。』

『そかね。広報の映像で流れていると思うが、見た事もないのかね。』

『幼年期に見た気もしますが、記憶に御座いません。』

儂は患者が映っている映像の顔の部分の拡大し、指で患者の耳を示しながら言うた。

『では、はっきり言おう。陛下の血縁の特徴はな、耳が長く尖っていないのだよ。これでも「ただのヒューマンだ」と言えるかね。』

続けて儂は怒気を含ませて静かに言う。

『なぜ、申請もおりていないインプラント機器を使ったのかね。なぜ、本人の同意もなく認可の降りていない最新生体義手を使ったのかね。』

カジテ助教授は真っ青になって汗を垂らしながら震えている。

『・・・・。』

『もし、皇族の血縁者だったら君はどうするつもりなのかね。』

その言葉に、カジテ助教授はパッタリ倒れ動かなくなった。


ついでに当事者として同席していたトァカミ助教授の助手カムミム嬢も倒れ、同時につんと刺すような臭いを発していた。どうやら失禁をしたようだ。


儂は同席している教授たちに向かい「今回の件は帝室に報告する必要がある」と通達した。



◆----------

あっという間に2週間が経過し、俺の苦行と言う名の天国時間は終了となり退院の日となった。

あの後、佐井田さんと子供達が言葉がわからないと不便で困るとの事で、脳内言語翻訳インプラントを入れることとなった。

言語翻訳インプラントは痛くない注射でナノマシンを体内に入れることで勝手に脳内に構築してくれるので特に入院する必要もないそうだ。

後で聞いたんだが、俺の場合は認可前の最新インプラントを入れたらしく、入院時に経過を観察していたそうだ。

どおりで医院長とか出て来るはずだよ。

それと、佐井田さんと子供達は病気や感染症等に対応するため、体内ナノマシーンも入れた。

これは予防接種のような物らしい。

俺は生体義手の取り付けに必要だったらしく、すでに投入されているらしい。


その日からは、大学病院の近くのホテルに滞在している。

左手のリハビリと経過の観察で週2回は病院に行っているが、退院の日以来テンシさんやカミさんには会っていない。


そして退院した日には、トァカミさんとカムミムさんが謝罪と経緯の説明に来てくれた。

トァカミさんとカムミムさんが謝罪するのに、跪き両手を床につけ頭を下げた。

後で知ったが、この世界で最大の謝罪だそうだ。

ただ、ホテルのレストランでやらないでほしかった。周りの人たちがざわついて少し恥ずかしかったぞ。

その時、あの大学の研究室は閉めた事を報告してくれた。

そこでは、研究室を閉めるのにバタついて謝罪や説明が遅れたことも謝っていた。


次の日には学長さんと警察官が一人の女性を伴ってホテルにやってきた。

女性は検事さんでジャスミン・エファ・ザ・ローズさんと言うらしい。


ジャスミンさん曰く今回の転送事故の件と医療犯罪の件で裁判が行われるらしい。

但し、被害者が望まないのであれば裁判を行わない事も可能であるらしい。

ただ、学長さん曰く今回の件は既に皇帝陛下まで話が行ってしまっているので裁判を行ってほしいとの事。

多分、今回の裁判では皇帝陛下が判決を下すことになるだろうし、生活面でもトァカミとカムミムの実家でサポートするよう言い渡されると予想されるらしい。

でないと、直ぐにでも自分で稼いで生活を行わなければならないらしい。

「まぁ。あの両家なら君らが我がままを言わない限り見放すような事はないと思うがな。」と学長さんは言う。


俺たちは、裁判を行う事を了承し、裁判の日程を聞かされた。


裁判は今日から2週間後に開催され、即日判決が言い渡されるそうだ。

早いと思ったら、皇帝陛下が判決を出す場合、裁判官と検事と弁護士が先に罪状を説明し、判決を決めて置き、当日は形式的に罪状も言い渡されるが、皇帝陛下が判決を言い渡すだけのようだ。



そして早くも2週間が過ぎ裁判の日がやってきた。

今日は朝から学長さんが来て、タクシーのような乗り物で裁判所に向かった。

俺のリハビリは順調ですでに普通に生活する位なら問題ないほど手や指を動かせるようになっている。

タクシーの中でも俺はニギニギ手を閉じて開いてを繰り返している。

なんだか、手の閉じ開きが癖のようになってきている。


裁判所に入ると、原告側に検事のジャスミンさんが居てその隣に俺たちが座り、学長さんは傍聴席に座った。

反対側の被告側には、弁護士と思われる壮年の男性とトァカミさんとカムミムさんと知らない男性がいた。


裁判官が入廷し、最後に皇帝陛下が入廷してきた。

俺たちは皇帝陛下が女性であった事に驚いたが、皆平然としている中、びっくりなリアクションも出来ず押し黙っていた。

また、皇帝陛下が入廷時には胸に手お当て頭を下げるらしいのだが、それを知らずに俺たちは頭だけを下げた。

子供たちは当然そんなことはお構いなしできょとんとしている。


程なく、開廷の宣言がされ、裁判官が罪状を読み上げた。

その後、裁判官が皇帝陛下に頭を下げると、それぞれの判決を言い渡された。


被告:トァカミ・カーシェ・ダ・クドラ、及び、カムミム・エファ・ド・ジーコ

罪状:転送システムの事故により、文明人4名の誘拐、および、うち1名の左腕前腕部切断の傷害。

判決:被害者は文明人ではあるが帝国外人であり、事故であり故意でないため、実刑はなく書類送検のみとする。

   但し、事実上の誘拐行為であるため、被告人と実家であるダ・クドラ子爵家とド・ジーコ男爵家は4名を保護し生活のサポートを行うこと。

   また、帰還調査に協力し便宜を図ること。


被告:カジテ・カーシェ・ド・ブンデ

罪状:事故により左手前腕部切断の患者に対し、同意もなく未承認の医療機器を使用し、故意に患者を危険にさらした。障害行為。

判決:事故にあった被害者に同意もなく未承認の医療機器を使用し、故意に患者を危険にさらした。

この行為は医療行為に見せかけた、実質人体実験を実行したものと考えられ、この行為は重大な医療犯罪である。

また、患者は未承認の医療機器を使用しなかったとしても生命の危機があったわけではないため、酌量の余地はないと考える。

よって禁錮3年、但し初犯のため執行猶予3年、罰金1000万G、また、刑期満了まで勤務地の変更は認めず、医療行為の実施及び指揮・指示を禁止する。


あっけなく裁判が終わり、裁判官が閉廷を宣言すると、皇帝陛下、裁判官と退廷していった。


俺たちも帰ろうと廊下に出たところ、執事と思われる男性に呼び止められ、皇帝陛下が別室で待っているので来てほしいとの事であった。


学長さんと俺たちは執事さんの後について、皇帝陛下が待つという部屋に向かった。

執事さんと共に部屋に入ると、ソファーに座った皇帝陛下の他に護衛と思われる兵士が2人陛下の後ろに立っていた。

学長さんと俺たちが頭を下げ、皇帝陛下の許しを得てから対面のソファーに座った。


すると皇帝陛下が「わらわの国民らが迷惑をかけたようで、おゆるしください。」と日本語で謝罪の言葉を口にしたので、俺たちはびっくりして固まってしまった。


皇帝陛下は『伝わっておるかのぉ』とクランドル帝国共通語で話しかけてきたので、俺は頭を縦に振って答え。

「陛下は我々の故郷をご存じなのですか」と日本語で聞いてみた。

すると、横に首をふり、『存じておらぬ』クランドル帝国共通語返答をされた。

がっかりした表情を俺たちがしたのが分かったのか、

「この言葉はわらわの遠い遠い先祖が使っていた言葉なのじゃ。もしかするとと思い使ってみたのじゃ。」

悪戯が成功したお子様の様ににっこり笑って答えてくれた。

その後、室内の皆に向かい

『この事は帝室の秘密事項になるゆえ、他言はせぬように。』

次に執事に向かい、

『この者たちは、わらわの遠い遠い祖先の同胞である。丁重にもてなすこと。それと何時でもわらわに会いに来ることを許可する。皆の者はそのように取り計うように。』

と言ってくれた。


その後、皇帝陛下が俺に、「ところでのう。お主はわらわの従妹の娘と婚姻を結ばぬか?一族の血が濃くなってしまって困っておるのじゃ。」等と言ってくるものだから、飲んでいたお茶を吹き出しそうになったが何とかこらえ、故郷が見つかってからでないと結婚は考えられないと断った。




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