第3話
1-2
●医療工学科と言語翻訳インプラントと生体義手
私はもう一人の被害者である男性を探していた。
学長と警察官の調書を受けたその後、警察官がもう一人の被害者である男性にも会ってみたいとの事で医務課に連絡を入れた。
すると、昨日そのような男性は受け入れていないとの事であった。
私は学長と警察官を伴い医務課に実際に赴き、昨日の担当医及び医療スタッフに確認を取ったが誰も彼のことを知らなかった。
この時、カムミムと被害者の彼女たち4人は学長室に残ってもらっている。
そこで、昨日医務課に連絡を入れた、学生のポメラ君に確認してみることにした。
ポメラ君に携帯型情報端末から、メッセージで連絡を入れると大学内に居るとの事だったので、医務課に近い面接室を借り受けてそこに来るように伝えた。
少し待つと面接室にノックと共に入ってきた。
学長と警察官が一緒に居たので、一瞬ビクリとしていたが、隣の席に座ってもらい話を聞くことにした。
ポメラ君は昨日私の指示で医務課に連絡を入れたことを語ってくれた。
しかし、昨日連絡した相手先の番号は覚えておらず、実際昨日は自身の情報端末で番号を調べ、内線電話を掛けたようだった。
結果、どの番号に掛けたかまでは分からなっかたが、事実として何処かに電話をかけ、そこの者達が彼を連れ去ったという事が分かっただけである。
仕方なく、学長にお願いし総務課にある内線電話システムのログを確認することにした。
普段は確認することもなく、溜めるだけ溜めた膨大な暗号化されたログの中から、総務課のメンバーに手伝ってもらいながら、昨日の該当時間に私の研究室から掛けた内線電話の情報を抜き出し、復合し終わると相手先の番号と会話音声データを入手することが出来た。
音声データを聞いてみると、ポメラ君が相手にまくし立てているのが分かった。
ただ、相手先は大学内でのケガや事故に対応する医務課ではなく医療科で正確には医療科学科の内線番号であった。
私と学長と警察官は、医療科学科に出向く事にした。
これは万が一法律違反を犯していた場合、証拠の隠滅などを防ぐ目的もあるので、事前に連絡はしないそうだ。
◆----------
医療科学科の助教授である私、カジテ・カーシェ・ド・ブンデは高揚していた。
何せ自分が開発した生体義手を使用出来る。
これで実証試験が完了すれば、申請も通るはずだ。
これまでも、大学構内や医療機関、軍、政府機関に被験者を募集する案内を行ってきたが、半年も待ってなしのつぶてである。
事の始まりは一本の電話であった。
学内の実験中の事故で前腕部がなくなったらしい。
私は研究室の学生を集め、指定された場所に向かった。
現場に付くと、ラプトル系の学生に取り押さえられている男性がいた。
床には結構な量の血が広がっている。
これは早くしないと失血死の可能性もある。
連れてきた学生に指示を出しながら、私は麻酔を患者の首筋に押し付けた。
ストレッチャーに乗せ空中をホバリングさせて、患者衝撃を与えないよう私の研究室まで運び、先に戻らせて適合血液とDNAの解析やらせていた学生に血液の調合を頼んだ。
超超音波スキャン装置で全身をスキャンし確認を終えたころには、血液の調合も終わり輸血をしながらDNAの状態を聞き取った。
DNAを調査した学生によると各部位の形状は違うが基本的にヒューマンで我らエルフ族と同じだという。
しかし、今の時代誰もが持っている体内ナノマシーンが入っていなかった。
しかもスキャンしたデータでは脳内言語翻訳インプラントが造成されていない。
このデータを見たとき、「何処の田舎者だ」と思ったが、もしかすると「超「保守」思想の親に育てられたのか」とも思った。
私としては「伸ばせる寿命を伸ばさず、凝り固まった思想のまま死んでいくなんて馬鹿げている」と思っている。
しかし、体内ナノマシーンが入っていないのはまずい、このままでは義肢装着時の感染症や拒否反応に対抗できない。
いや、優先させるのは人命である、ここは体内インプラントを入れよう。
私は学生に指示を出し、輸血している調合血液に体内ナノマシーンを注入することを指示した。
私は今、顕微鏡付ロボットアームを操作し、患者の腕から神経線維を探し出し、生体義手のインターフェースに接続するため、インターフェースから出た疑似神経線維に絡みつかせている。
ここでも体内ナノマシーンは活躍しており、神経線維同士を絡ませるだけで、ナノマシンが接合させてくれる。
昔はこの接合を手作業で縫合していた思うとゾッとする。
そして血管もインターフェースに接続する。
これは、血液中から義手を動作させるエネルギーを抽出するために必要な事である。
この義手は基本的に外部からのエネルギー供給を必要とせず動作させることが出来る。
義手の骨を構成する部位にハニカム構造のセル群があり、そこにエネルギを蓄積することが出来る構造だ。
但し、この義手にはギミックが3つ付いており、1つはスタンガンとして機能する。
もう1つは、空間干渉シールを展開できる。
そして最後の1つは1本の指を2つに分裂させ、十本指にすることが出来る。
この機能を使うと通常よりエネルギー消費が激しく血液中からのエネルギー供給では間に合わなく事がなる。
その時にはこのインターフェース部にあるエネルギー供給端子で外部からエネルギーを供給することも可能である。
まあ、それぞれ単独で数回使用する分には必要ないのだが。
そう、それとなぜこんなギミックを付けたかと言うとこの義手は警察・軍関係者をターゲットに開発を行ったからだ。
警察・軍関係者はどうしても武器を持たず、敵に向かわなければならない場合がある。
その時の最終手段として利用出来ればと考えて作ったものである。
さて、インターフェースの接合が終わったら、そこに義手を取り付ける。
インターフェースと義手の神経系は規格に沿った配列が予め決められているので、決められた位置に義手を接合すればよい。
義手の固定に関しては、患者の腕の骨に義手の疑似骨を医療用接着材で接着すれば問題ない。
後は時間経過とともに患者の骨が疑似骨を侵食していき完全に固定される。
肝心なのは骨の接着から24時間、患者の肘から上を動かないよう固定することだ。
これには軟粘性レジンを塗布し紫外線で硬化させれば完了である。
疑似骨の侵食が少しでも進めばこの固定も解放できる。
手術が完了し休憩をしていると、研究所の窓にもう日の光が当たっていた。
学生たちを仮眠室に追い立てた後、ふと気が付いた。
このままでは患者にレポート提出を求めることが出来ないのではないか。
言語翻訳インプラントの入っていないこの患者に言葉は通じるのだろうか。
言葉が通じないと、実証試験の報告が得られない。
だとすると、また別の被験者が現れ実証試験の報告が完了するまで申請承認が下りることはない。
しかし、いまここにある言語翻訳インプラントのアンプルは先日教授が開発し申請を行っているアンプルだけだ。
どうする。
先日教授が開発した言語翻訳インプラントは私も手伝ったので作成方法は分かっている。
どうする。
私は冷蔵保存されていたアンプルを手に取った。
流通している言語翻訳インプラントも学内の医務課に申請すれば入手は出来るだろう。
しかし、それには患者の同意書が必要になる。
どうする。
教授が学会の会合から帰ってくるのは3日後だ。
どうする。
私は患者がいるこの部屋に誰もいないことを確認し、輸血用のバックに言語翻訳インプラントのナノマシーンが入ったアンプルを注入した。
そしてアンプルを医療用ごみ処理器に投入するために部屋のドアを開けると、そこには学長が2人の男を従えて立っていたのだった。
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