ブロークン

@saddza

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あれはたしか小学3年生のとき。両親と一緒にカンボジア旅行に行った時だった。豪華客船でカンボジア近海を周遊している途中(初めて客船に乗った僕にとって、それは紛れもなく“豪華“客船だった)、大きな破裂音とともに、突然船体が沈み始めたのだ。理由は未だによく分かっていないが、たぶん造船の段階から手抜きだったのだろう。豪華客船というのは子どもによる過大評価でしかなかったんだ。救命用ボートの数も足りず、デッキにはおおよそ200人の乗船客が立ち往生していた。

 その中でひと際目立っている一人の欧米人客がいた。その男は乗組員数人を捕まえて怒鳴りつけていた。何を言っているのかは分からなかったが、鬼のような形相で怒っているので、子どもながらに怖い人だなと僕は思った。別に僕も沈みゆく船の上にいるのが怖くなかったわけじゃない。でも父も母も僕に「大丈夫」と言って落ち着かせてくれたし、周りの乗船客も不思議と落ち着いていたし、なにより慌てたり怒鳴ったりしたってどうしようもないということは子ども心に分かっていた。ところでその時気になったのが、その欧米人の周りにいる他の客の表情だ。みんな、うるさくて迷惑だとか、怒鳴っている人に対しての恐怖というよりも、もっと驚きに近い表情をしていた。

 船体が傾きだし船首が沈んでしまうと、いよいよ乗船客たちは慌てだした。それでも父と母は僕を励ましていた。しかしそのときの二人の表情には、さっきまで見られていた安定感が消えていた。最初の破裂音から1時間ほど経った頃だろうか、数十ものボートやヘリコプターに乗った救助隊が来てくれた。するとさっきの欧米人が我先にとボートに飛び乗った。

 なぜ周りの客があの欧米人を驚きの表情で見ていたのか、後になって分かった。彼は有名な映画監督で、あの船の出来事以前に、客船が沈みゆくなかでの人間模様を描いた映画を撮っていたのだ。僕はまだその映画を見たことがないが、どうやらとても感動する映画らしい。だからこそ、悪い意味でのギャップから周りの客は驚いていたのだ。

 2023年12月1日、西成の三角公園の縁に小さくて黄色い花が咲いているのを正彦は見つけた。なんていう花だろう。冬にも道端に花が咲くんだなと彼は思った。公園内のベンチで買ってきた弁当を食べようと思ったが、既に他のおじさんやおばさんがお酒を飲みながら談笑していたので、もう少し進んだ先にある路地裏で食べることにした。その日は小春日和で、皆ここぞとばかりに外での昼食を楽しもうとしていた。それは正彦も例外ではなかった。

 路地裏になぜか置いてある学校の教室用の椅子に座り、正彦は鮭弁当を食べ始めた。するとそこに、茶色と黒色の二色の猫が塀を飛び越えて近寄ってきた。さくら耳のその猫は、正彦が食事する様子をじっと見続けている。どうやら分けてほしいようだ。その猫は少し瘦せている程度で、食べ物には困っていないように見える。きっと誰かが日ごろから猫用の餌だか人間の食べ物だかを与えているのだろう。正彦は比較的猫の身体に合いそうな白ご飯の欠片と卵焼きを猫の前に投げて帰り始めた。アパートまで歩いている途中、ビルの外壁に貼ってある映画のポスターが目に留まった。どうやらホームレスが主人公の映画らしい。正彦はそのポスターを凝視した。

 その日の夜、昼間の小春日和が嘘のように冷え込んだ。なけなしの厚着をして夜食を買ってきた帰り、正彦は自分の住むアパートの階段下に一人の青年が座り込んでいるのを見つけた。正彦は積極的に他人に話しかけにいく質ではないのだが、そのときは彼自身も理由が分からないまま青年に話しかけた。

 そんなところに座り込んでどうしたんだと尋ねると、青年は頭をあげて虚ろな目で正彦を見た。すいません。長旅でくたびれてて、ここ風が防げたもんですから、休んでたらいつの間にか眠ってしまってました、と青年は眠たそうな声で言った。「どっから来たん?」「名古屋から来ました。」「そりゃ遠いな。電車でか。」「はい、近鉄で来ました。」正彦が次の言葉を見つけられずにいると、青年は次いで自分の境遇を話し始めた。青年は現在30歳で、名古屋の実家で母親と二人暮らしをしていた。父親は3年前に亡くなり、彼自身も働いていなかったので、母親の年金だけで生活をしていた。彼の母親は、日が経つにつれて彼に対して疎ましそうな態度で接するようになっていったらしい。それに耐えられず、無計画のまま西成までやってきたらしい。「なにもしないだけならまだ良かったんですけど。過去に馬鹿なこといっぱいやってマイナスになるようなこともしちゃってたんですよね。だからこれ以上迷惑かけるのも申しわけなくて。」と青年は俯きながら言った。「お金はあるんか?なかったら役所で生活保護申請しに行ったらええで。俺も生活保護や。」「でもそうなったら親のこと聞かれて母親に連絡いくやろうし、とにかくこれ以上母親には迷惑かけたくないんですよね。」「そうか。」「まあ日雇いでしばらく生活してみます。」「そうか。兄ちゃんまだ若いしな。俺の年になったらもう日雇いもあかんわ。」正彦が笑ってそういうと、青年も愛想笑いを浮かべた。「話聞いてもらってよかったです。」そういって青年は正彦に笑顔を向けた。

 12月4日、西成のとある宿の前にパトカーが数台止まっており、大勢のやじ馬がそれを囲んでいた。正彦が野次馬の一人に話しかけて何が起きたのか聞くと、誰かが首を吊って自殺したらしいという答えが返ってきた。どんな人かと正彦は尋ねた。

「俺は見てないけど、見た人から聞いたところ若い兄ちゃんらしいで。見やん顔の人やったって言うてたわ。」

正彦は嫌な気持ちがした。野次馬を押しのけて警察に話しかけに行ったが「どいてください!」と言ってあしらわれた。

 2024年1月28日の朝、朝食用のパンを買って帰っている途中、二人のおばさんが猫の死体を囲っているのを見かけた。間違いない。あれは前に俺が白ご飯と卵焼きをあげた猫だと正彦は思った。死体を見る限り、車に轢かれて死んだのではなさそうだ。正彦がおばさん二人にその猫が死んだ理由を聞いた。「さあよ。私も今さっき見かけたんよ。」とグレージュのダウンジャケットを着たおばさんが言った。おばさんたちも何度かこの猫に人間の食べ物をあげたことがあるらしい。恐らく特定の誰かというより、様々な人間から少しずつ食料を分けてもらっていたのだろう。もう一人のおばさんが役所に電話して、可燃物として処分してもらうことになった。

 三角公園の前を通ると、50歳前後のおばさんが大声で奇声を上げているのを見かけた。酒か薬物か、とにかく素面ではなさそうだ。西成に来てから10年、正彦もここで見る様々なことには慣れてきた。その反対側で何やらステージが設けられていた。誰か歌うらしい。気になるので見てみよう。正彦は公園に入る前にふと足元を見た。以前咲いていた黄色い花がなくなっている。

 「Yes Losers!」と金髪のボーカルがマイクを使わずに大声で言った。集まった20人弱のおじさんおばさんが温かい喝采を送った。「ブルーハーツのナビゲーターをカバーします!」金髪がそう言うと、聴衆はうおー!という叫び声をあげた。「良いエナジーだ!それじゃ行くぞ!ナビゲーター!」

 そして全員でナビゲーターを歌いだした。おじさんやおばさんが児童のように合唱している。奇跡のような光景だ。身体は魂とともに踊っている。内側は外側と一緒に踊っている。神聖なものが卑俗なものと一緒に踊っている。神と悪魔は二つではなかった。

 あの欧米人監督の映画を見てみたが、素晴らしい作品だと思った。生活保護を受けている僕としてはTSUTAYAでDVD一つ借りることも躊躇うが、借りたことを後悔させないものだった。

 痛い。突然心臓が痛み出した。もしかして心筋梗塞か?息ができない。苦しい。僕はぶっ倒れた。意識が朦朧としてきた。そうか。ここまでか。歌声が聞こえる。外で何やら歌っているようだ。何の歌かは分からないが良い歌詞だ。

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