第6話

「よしっ。完成だー!」

「いえーい!」

「あおーん!」


 ナナとシロが俺に合わせて歓声を上げてくれる。

 等間隔に植えられた俺の髪が、暴風雨にあおられているのを見ると達成感も一押しだ。


「それで父上、この後はどうなるのですか?」

「うん、ちょっと待っててね」


 俺は皆の期待を一身に背負って、光に向けてお願いした。


――というわけで光の力で、俺の髪を使って、なんか食べられるものをお願い。

――できるわけないでしょ!

――えー!できないの?

――真昼が考えてる稲のイメージは伝わってくるけど、どうやってそこまで作ればいいのかわかんないもん。

――なんか、こうバーっと光らせるようなイメージ?そしたらいける気がするよ?

――ざつー!そんなこと、一度もやったことないのに!そもそも、なんでできると思ったのよ!私はそういう細かい力の使い方は苦手だもん!

――なんとなく!

――いいかげんすぎでしょ!

――んー、たぶんだけど、光ならなんとなくできると思うんだよね。それに、ここで子供たちの期待を裏切るのは、あまりにもかわいそうで…。

――それは…、私もそうだけど…。


 光がうんうん唸っている。

 俺の勝手な思い込みだけどいけると思うんだけどなー。


――う~む、やっぱり難しいか。もしも力を貸してくれたら、光のお願いをなんでも聞いてあげようと思ってたんだけど、できないなら仕方ないね。

――待ってて。私の全力を使って、食べられないものも無理やり食べられるようにしてやるわ。


 おおっ!光がやる気になってくれた!


―いやー!父様!雑な光姉様にそんなことやらせたら、私の体に穴とか開いちゃうよ!私まだ死にたくない!

――私そこまで雑じゃないもん!

―右手も頑張って耐えてくれたら、今度俺のことを地中でしばらく監禁していいから。

―父様…!私頑張るから、そのこと忘れないでね…!


 光と右手からかつてない程の意気込みと、力の高まりを感じる!

 大地が跳ねるように揺れ、地中から雲まで届くほどのマグマが吹きあがる。風が無数の渦となり、暗黒の雲の中から天を裂く雷が何度も落ちてくる。


「お父様!なんか、すっごいことになってるよ!」

「ちょっとお願いしたら母さんを本気にさせたみたいで、すんごい張り切らせちゃった…」

「一体、どんなお願いをしたんですか!」


 風に吹き飛ばされそうになったロイを、慌ててつかみ寄せた。皆を田んぼから離した位置に避難させて、俺は一人で髪の中心地に歩いていく。


「危ないですよ父上!」

「大丈夫大丈夫!そこで父と母の共同作業を見てなさい!」


 中心地に立つと、天上で渦巻く光に向かってニュアンスを送った。


――それで、この力をどうすればいいの?

――ちょうど良いやつを頼む。

――ちょうど良いやつって何よ!?

――ええっと、なんというか、すごいんだけど繊細で優しい感じもするようなやつっていうか…。

――どういうやつよそれ!?

――ほら、あれだよあれ。

――あれって何!?

――ええっと、イメージで伝えるけど、もっとあれな感じで…。そうそう、そんな感じで、もっとあれな感じをだして…、一気にあれするような感じで…!


「光あれ!」


 ロイたちが見つめる中、地面に植えられた俺と髪を中心に、空から眩い光の柱が現れ地上が吹き飛んだ。


―いやー!やっぱり雑だったー!

――雑ゆうな!

ー確かに雑だが、これは案外いけるんじゃないか?


 現に、俺と植えられた髪の毛にはよくわからないエネルギーが注入されている気がするし。

 そう感じていると、光の中にあった俺の髪が、謎の力で太く長く、そして緑色になって伸びていくではないか。


「おおっ!?」

 まさか成功か?

 思い付きで始めたことだけど、案外やってみると上手くいくもんだな。

 と思っていたら、変化した髪が四方八方に際限なく伸びだして、緑色の濁流となって俺たちに押し寄せてきた。


「全員逃げろー!」

 そんなこと叫んでる俺は中心にいたからあっさりその濁流に呑み込まれた。

「お父様ー!」


 ナナの叫びを聞きながら、俺は緑の中に埋もれていく。

 すると、俺の体がものすごい勢いでしなびて、ミイラのような体になってしまった。すぐに元の体に戻るからいいんだけど、この緑は無限に湧いてくる俺の体液を吸収して、さらに高く、大きく成長していった。


「父上を離せ!離せってんだよゴミ緑が!」

「がうううー!」


 ロイとシロが緑の塊を攻撃している。

 そんな状況を、自分が雲の上から俯瞰していることに気が付いた。

 あれ?俺の背、めちゃくちゃ高くなってない?


―それ、どうなってるんですかお父さん?

 俺の思念が遥か上空から届くことにベルが気づいた。

―あっ、やっほーベル。

―やっほーって…、一体何がどうなったらそのような体に変化するんですか?

―わからんねー。気づいたらこうなってたわ!

―ええぇ………。


 ベルの困惑が伝わってくる。

 しかし、俺は皆の心配をよそに、いつも重く空を覆っていた分厚い雲を、青く生い茂る枝葉が突き抜けて、太陽の光を全身で浴びる爽快感に酔いしれていた。


 忘れてたよ。雲の後ろには太陽があるってことを。

 この気持ちよさに、樹になってることも気にならない。樹だけにね!


―……誰?


 そんなダジャレを考えていたら、樹の中から俺に問いかけるニュアンスが響いてきた。

 おおっと、これはひょっとして、光たちと同じパターンか?


―俺は真昼!君は誰?

―……わかんない。私ってなに?

―うーん。君は緑だから、これからミドリって名乗るといいよ。

―ミドリってなに?

―ミドリはね、俺の子供だ!

―……そう。


 どうやら納得してくれたらしい。

 そうやって、なになに尋ねてくるミドリの質問に一つ一つ答えていく。

 どうやら、俺の要素と光の力によって、新たな命が生まれたようだ。

 感動だな!


―感動している場合ではないですよお父さん。

―おっ、どうしたのベル?

―お父さんが埋まっている物がロイとシロに反撃をしています。

―なんですと!?


 視点を地表に向けると、なんとロイとシロが樹から伸びた蔓に縛り上げられ、自在に動く枝葉に顔面を往復ビンタされているではないか。


―うわー。二人ともギャン泣きしてて、すごく痛そう。

―そう思うのでしたら、その子を止めてください。お父さんの言うことでしたら聞くんじゃありませんか?

―おっと。それもそうだね。ケンカの仲裁は、お父さんに任せなさい!


「とうっ!」

 樹のてっぺんから体を再生させ、勇ましい掛け声と共に飛び降りる。

 焼ける太陽の熱と、体を切り裂く風を全身に浴びていると、眼下にもみくちゃになっている子供たちの姿が見えてきた。

「こらー!ケンカはそこまでへぶっ!」


 俺はミドリとロイたちの間に落下し、地面の赤いシミとなった。


「だ、大丈夫ですか父上…?」

「………ばびびょぶぶ、ばびびょぶぶ」

 おっと、まだ口が再生してなかった。

 体を元に戻して、改めて子供たちに向き直る。

「皆、この子は父さんと母さんから生まれた新しい子供だ。つまり、君たちの弟か妹だから、仲良くしてあげてね」

「また増えたんですか!?」


 ロイが心底嫌そうに叫んだ。

「嬉しくないのかいロイ?」

「い、いえ、そういうわけではありませんが……父上に構ってもらえる時間がますます短くなってしまいます……」


 ロイが小声で何か呟いていた。

「はいはーい!私ナナって言って、あなたのお姉ちゃんだからよろしくね!」

―私はベルと申します。こちらはクロです。

「かー」

「うんうん。家族の仲が良いと、父さん嬉しいよ!」

 ナナを皮切りに、ミドリが新しい弟か妹として受け入れられていく。

「……父上が言うのなら仕方ない。ロイだ。よろしく」

「ばう」


 不承不承という態度で挨拶をしてきたロイとシロに、ミドリはその頭を枝でひっぱたくことで答えた。


「………殺す!」

「がうがう!」

 またもやロイたちのケンカが始まった。

 元気があるのは良いことだが、いつまでもケンカばかりしているのはよくない。

 俺はロイたちの元へ歩み寄った。

「まあまあ。みんな仲良くへぶっ!」


 その時、極デカな果実が天から降ってきて、俺を押しつぶした。


「ち、父上ー!」

「お父様ー!」

 ロイとナナの叫びを聞きながら、俺は思った。

 これで食糧問題は解決だな!

 わずかに外にはみ出ている右手の親指をぐっと立てて、食べられるものと、皆の新しい弟か妹ができたから結果的には大成功であることを喜んだ。


―それでいいんですかお父さん……。

 ベルから少しだけ呆れているようなニュアンスが伝わってきた。




 神は言われた。

「光あれ」

 こうして混沌から世界が始まった。

 神が最初に発したあまりに有名なセリフがどのように発せられたのかを、後世の人々は知る由もない。

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