第5話
「さて、俺は子供たちには美味しいものを食べさせてあげたい。よって、今こそ食べられるものを俺たちの手で作り出すぞ!」
「おー!」
「はぁ…」
ナナが元気よく腕を振り上げ、ロイは気がなさそうな声を上げた。
「どうしたロイ?ロイも食べたくないのか?お米にお肉、新鮮なお野菜を!」
「いえ。食べたことがないので」
「そうだったちくしょう!」
俺は泣きながらかわいそうなロイに頬ずりした。
「うぅ〜。ごめんよロイ。お腹いっぱいに食べさせてあげられない父親で…」
「あっ…。いえ、僕は父上がこうしてくれるだけで…」
「ロイばっかりずるい!ナナにもやってお父様!」
「もちろんだ!ほーれ、すりすりすりー!」
「きゃー!」
ナナが笑顔で歓声を上げた。父親として不甲斐なさは感じるけど、子供たちは皆良い子に育ってくれてよかった。
「……ちっ」
「ん?」
どこからか舌打ちが聞こえた気がしたけど、振り向いても笑っているロイしかいない。なんだ、空耳か。
「それで、食べ物ってどうやって作るの?」
「おお、よくぞ聞いてくれたナナ。実は一つやってみたいことがあるんだ」
「なになに?」
「その名も、稲作だ」
「稲作?」
聞きなれない言葉に、ナナとロイはそろって首を傾げた。カワイイ!
「まあ、口で説明するより実際にやって見た方が早いだろうから、皆で出かけよう」
「はーい」
「わかりました」
二人を連れて家の外に出ると、どこからともなく白くでっかい狼が走り寄ってきた。
「シロ!散歩から帰ってきたんだな」
「わん!」
我が子であるシロが勢いよく胸に飛び込んできた。
「よーしよしよし」
「わふ」
思いっきり撫でてあげると、満足したような顔をしてくれた。
「今から稲作をしにいくんだけど、シロも一緒に来るかい?」
「わん!」
「よしよし。じゃあ一緒に行こうな!」
「あっ、おかえりシロ!」
「おかえり」
ナナとロイも笑ってシロとじゃれ合っている。家族の仲が良いって嬉しいね。
そんな感慨にふけってうんうん頷いていると、鈴のような羽音を立てて小さな虫が俺の肩にとまった。
「おっ、ベルも一緒に行くか?」
肯定する意志が伝わってきた。どこに行くのか気になるのか、我が子たちが続々と集まってくる。興味がなさそうなのは、家の中で寝そべっているリュウくらいだった。
「それじゃあ行ってくるねリュウ」
ひらりと一度だけ尻尾を振って、リュウは俺たちを見送った。
仲良く連れ添って、ちょうど良さそうな場所を探しながら歩いていると、空から舞い降りてきた黒い鳥のクロが、ベルをくちばしでつまんで呑み込んだ。
―うまー。
「あっ、食べちゃった」
急な展開に呆気にとられていたら、どこからか別のベルが飛んできて、クロに向かって抗議している。
―私はお父さんみたいに食べても死なない存在じゃないんだぞ!
―いいじゃん、減らないんだし。
―そういう話じゃない!
頭の上でベルとクロがケンカし始めた。
―まあまあ、二人ともケンカしない。クロもお腹が減るのなら俺を食べなよ。
―やりぃ!サンキュー親父!
クロが喜んで俺の肩をついばむ。そんな簡単にクロを許す俺に、ベルが抗議するように眼前を飛び回った。
―だめですよお父さん!クロを甘やかしては!
―いやぁ、そんなつもりはないんだけど、子供たちのお願いにはついオッケーしたくなるんだよね。
―もう…、お父さんは甘すぎます…。
ベルは厳しいところもあるけど、クロについばまれた俺の傷口をなめて癒そうとしてくれる、心優しきハエだ。
―ありがとうベル。
―これくらい大したことじゃありません。
騒がしくも楽しそうな子供たちを連れて、俺たちは比較的平坦で、見晴らしの良いところにやってきた。空から降り続く雨のおかげで全体的に水たまりとなっている絶好の場所だった。
「よし!ここなら良さそうだ。それじゃあ、今からここで稲作を始めてみよう」
「それはいいのですが、こんなところで一体何をするのですか?」
「うむ。よくぞ聞いてくれたぞロイ!稲作とは、地面に稲という植物を植えることにより実を育てて食べる栽培方法を言うのだ。なので、このようにして」
俺は自分の髪を抜き取ると、水が張られた大地に勢いよく突き立てた。
「このようにして髪を植えておけば、いずれ何か実がなるだろう!」
「へー。そうなんだ」
ナナが感心して頷いているが、なぜかロイが頭痛を堪えているような顔で言ってきた。
「ええっと、父上。僕も稲という物を見たことがないのではっきりとは言えませんが、これは違うと魂が否定している気がするのですが…」
「もちろん全然違う!」
俺があまりにも自信満々に言っていたせいか、ロイの視線が俺の後頭部あたりを探っていた。
「でも大丈夫!俺の不思議ボディーと、母さんたちの不思議パワーを使えば、不可能も可能になる!」
――えっ…!?
―えっ…!?
急に話を振られてびっくりされている気もするが、細かいことは気にしない。まずはやってみることが大事だから!
「…わかりました。父上がそう言うのであれば、きっと本当に大丈夫なのでしょう」
「それじゃあ、やってみようか」
はい、と頭を差し出すと、ナナが歓声を上げて俺の髪の毛をまとめて引き抜いていく。毛がなくなって頭が涼しくなったが、髪なんて後から後から生えてくるからまったく問題ない。これで、将来ハゲにはならないだろうから、一生安泰だな!
皆が喜び勇んで髪を抜いていった後、最後にロイが近寄ってきた。
「おっ、ロイも手伝ってくれるんだね」
「釈然としない所もありますが、父上が僕たちのためにしてくれてることですから」
「やっぱりロイは優しい子だね。それじゃあ、はいっ、どうぞ!」
頭を差し出すと、ロイの手がおずおずと伸びてくる。いつ髪を抜くのかと思っていると、ロイの指は俺の頭の感触を確かめるかのように、そっと髪に触れ、ゆっくりと撫で始めた。
「ロイ?」
「………」
呼んでも返事をしないほど、ロイは夢でも見ているかのような眼差しで、俺の頭を撫で続けていた。
「……はっ!?す、すみません父上!」
「あはは!どうしたの?俺の頭の触り心地そんなに良かった?」
「そ、それは、その…」
ロイが顔を赤らめて俯いた。ひょっとしたら、ロイがもっと小さかった頃、俺に頭を撫でられていた感覚を思い出していたのかもしれない。
そういえば、皆が大きくなってから、シロ以外を撫でてあげることがなくなっていたかも。
「じゃあ、お返しにロイも撫でてあげよう!ほーら、なでなで」
「わっ」
有無を言わせずロイに抱きついて頭を撫でまわす。まんざらでもなさそうな顔をしているから、案外俺の考えも当たっていたのかもしれない。
「ふん」
「えっ?」
唐突にロイが俺の腕の中から引き抜かれ、ナナによって遠く離れた場所に投げ飛ばされた。
「な、なにするんだいきなり!」
水たまりに落ちたロイが、泥まみれになりながら信じられないような顔でナナを見ていた。
「ロイだけお父様と遊んでいるのが悪い!ちゃんと手伝いなさいよ」
「ぐっ…!」
ナナの正論に、ロイは悔しそうに唇をかんだ。
「…ちょっと気を取られてたのは悪かったよ。手伝うから」
「それでいいのよ。それじゃあ、今度はナナを撫でてお父様!」
「結局自分がやってほしかっただけだろおい!」
「わんわん!」
「かーかー!」
全員がわちゃわちゃケンカしだした。
「うん。みんな元気で父さん嬉しい!」
―いや、止めなよ…。
ベルだけが冷静に俺につっこんだ。
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