第4話

 荒れ狂う海を前に釣り糸を垂らしていたが、一向に何かが食いついてくる気配がなかった。


「つれないなー」


 まあ、何度も海に潜って確かめてたけど、ミジンコ一匹すら見つかった試しがないから仕方ないか。


「帰るよ」


 一言告げると、波の合間から手のようなものが伸びて左右に振られていた。

 笑って手を振り返し、海に背を向けて歩き出した。

 今日こそは食べられる物を釣って、子供たちに食べさせてあげたかった。

 ため息をついていると、石と俺の体で作られた我が家へとたどり着いた。


「ただいまー」

「おかえりなさい!お父様!」


 家の中に入ると、愛娘であるナナが長い虹色の髪を振り回し、元気いっぱいに俺の胸へと飛び込んできた。


「おっと。元気にしてたかいナナ?」

「もっちろん!…お父様は元気ないけど大丈夫?」

「くっ……!娘にも心配をかけてしまう、ふがいない父を許しておくれ!」

「んー?」


 泣いてる俺に、ナナが首を傾げていた。


「おかえりなさい父上。…ナナが父上を泣かせたの?」

「ちがうもん!お父様が勝手に泣き出したんだもん!」

「ほんとかな…」


 いかんいかん。

 泣いてるとこなんて見せたら、子供たちに余計な気を使わせてしまうではないか。


「大したことじゃないんだロイ。ただ、ちょっとだけ自分がふがいなくてね」

「そんな。父上はいつも僕たちのために頑張ってくれています。ふがいなくなんてありません!」

「くー!ロイは優しくて良い子だねー!」


 感動したから、ロイの柔らかな金髪をわしゃわしゃと撫でてあげる!


「い、いえ…。僕はそんな…」

「それでそれで!お父様は何を落ち込んでたの?」

 聞かれたことには正直に答える。

「それが、海の方で釣りをしてきたんだけど、全然釣れなくってさ…。子供たちのお腹を、今日こそ満たしてあげたかったのに…!」


 そう言った俺に、二人は呆れたような視線を向けた。


「お父様……」

「父上……」


「あれ?二人ともがっかりして泣き出すと思ってたけど、なんか平気そうだね?」

「あのさ、お父様」

「僕たち、食べなくても死なないことを忘れたんですか?」


 そう言われて思い出した。


「…そう言えば、そうだった」

 だからこそ、草一本生えていない場所なのに、皆すくすく大きくなっていったんだった。


「あー!またお父様、酸交じりの雨で頭が溶けて穴が開いてるよ!」

「あっ、本当だ!たはー、まいったねー!脳がのうなって忘れてた。…なんちゃってー!」

「きゃはは!」

「そんな当り前のことを忘れているとは、重症ですね父上」


 うーむ。ナナは笑ってくれたけど、ロイにはあまりうけてないようだった。

 次はもっと面白いダジャレを思いつかないと。

 そう思ってたら、家の中で寝そべっていた龍のリュウが俺をくわえて呑み込んだ。


―うまー。

 父さん食べ物になったつもりはなかったんだけど、リュウが美味しいならそれでいいか。


「なに父上食っとんじゃこのクソ龍がぁ!!」

「あんぎゃー!」


 腹の外からロイがキレてる声が聞こえる。

 大人しそうな外見とは裏腹に、ロイは意外と沸点が低い。


「まあまあ、落ち着くんだロイ。リュウも何も食べなくったって生きていけるんだ。なのに俺を食べるってことは、何か大きなわけがあるに違いないよ」

「ち、父上がそういうのでしたら…」

 ひとまずロイは納得してくれたようだ。

「それで、なんで俺を食べてるのリュウ?」

「あんぎゃあんぎゃ」

「ふむふむ」

「父上、リュウはなんと言っているのですか?」

「腹持ち良いのが面白いからだって」

「殺す!吐け!吐けやおらっ!」


 腹の上からロイがリュウのお腹を殴打している衝撃が伝わってくる。

 リュウはロイに殴られているというのに、どこ吹く風という感じでのんきにあくびをしている。

 どちらかというとダメージが大きいのは腹の中にいる俺の方で、消化されるよりも先に衝撃で粉微塵になる方が早そう。


 食べなくても生きていけるけど、皆は産まれた時から空腹感を感じ続けてはいる。お腹がちょくちょく鳴っていることには気づいている。でも、この不毛の大地では、せいぜい俺の体を食べさせてあげることでしか、その空腹を満たしてあげることはできない。

 食べることは喜びだ。生きてるってことだ。それを皆にも味わってほしい。

 

「決めたぞ!俺は皆の空腹を満たしてみせる!それが皆の父親としての務めだ!」

「ねえねえロイ。空腹って何?」 

「んなもんどうでもいいんだよ!それより父上を吐けやテメエ!」

「ぶうっ!お父様!ロイが冷たい!」

「兄妹は仲良くしないといけないよロイ」

「父上も、消化されながらそんなのんきそうにしないでください!」

「あんぎゃあ…(こいつらうるさ…!)」


 元気なじゃれ合いは、俺が消化の末にうんことなって出てくるまで続いた。

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