第3話

―おーい、右手―。足の裏が痒くなってきたんだけど、岩に押しつぶされて動けないからそろそろ出してー。


 右手からの返事はなかった。

 ダメか。

 光たちと別れた後、俺は右手の中で生き埋めになっていた。

 それも結構深いとこまで埋まってるせいか、俺のニュアンスが届いてないっぽい。

 悲しいすれ違いから皆と離れ離れになってしまったが、果たして右手は寂しくないのだろうか?


―…えへへっ。……父様がずっと、私の中に……幸せ……。

 あっ、大丈夫どころかむしろ嬉しそうだわ。


 こっちのニュアンスは伝わらないけど、右手の考えてることはダイレクトに伝わってくる。体の内側の方が声とか響きやすいのと同じ感じかな?

 なんにせよ機嫌は最高に良さそうだ。

 右手が満足してるのは父様も嬉しいんだけど、外に出て右手の誤解は解かないといけないと。

 いいかげん、光と闇も寂しがってるかもしれないし。


 というわけで、ここから出よう!


 うおおお!俺はモグラ!モグラになるんだー!

 モグラになりきって無心で掘り続けてたら、とうとう土の隙間から微かな光が漏れてきた。

 ついに外に出られたか!?


 最後の土壁を崩すと、ぐつぐつに煮えたぎるマグマが見えた。


 どうやら上に掘ってたつもりが、下へ掘り続けていたみたい。

 あ~れ~。

 俺はマグマの中にぼちゃんと落っこちた。


 それからの俺は右手のマグマで溶けては再生を繰り返しながら、どんぶらこっこ~どんぶらこ~と流されていった。

 なんか、アツアツのスープで煮込まれる気分ってこんな感じなんだろうか?

 あ~。俺の出汁が溶け出てく~。

 そんな究極のデトックスを味わっていると、やがてマグマの流れが速い所にたどり着いた。

 流れはどんどん速くなり、猛烈な振動と共にマグマは吹きあがり、天上の岩盤をぶち抜いていった。

 おー。すごい勢いだな。

 ……あれに乗ってけば外に出られるんじゃないか?

 物は試しとばかりに、そこら辺の岩肌に刺激を与えてみたら、強い振動が起こった。


―きゃぅん!?


 なぜか右手が可愛い悲鳴を上げた。


―この感じ…ひょ、ひょっとして、父様!?

―あっ、ここなら右手と意思疎通できるんだ。

―えっ…?えっ…?…父様、噴火口にいるの…!?


 マグマが渦を巻いて盛り上がっていく。

 よし!噴火しそうだ!

 すごい勢いの噴火で、俺の体は一気に遠かった天上へと打ち上げられていく。


―今出るから待っててね。

―だっ…!だめー!!


 噴火口が無理やり閉じられた。


―ぐえー!!

―ああっ…!父様ー!


 ぶつかった岩盤と底から噴き上げてくるマグマに押しつぶされて、体がすりおろされながら溶かされる新感覚を味わった後、俺は再びマグマの中に落ちていった。


―ど、どうしたの急に?なんか右手に嫌われるようなことしてたっけ?

―私が父様を嫌うわけない!

―そ、そうなの…?


 どうやら嫌われてるわけではないらしい。

 それならなぜ妨害してきたんだろう?


―じゃあ、どうしてここから出ちゃいけないんだい?

―だ…、だって…父様がそこから出ちゃったら…、あの怖いやつらに見つかっちゃうよ…!

 怖いやつら……、あ~!光と闇のことか!

―大丈夫!あの二人?は俺の子供だから!

―父様の隠し子ー!!?


 右手が未だかつてないほどの衝撃を受けている。


―誰!?誰誰誰との子!?ずっと父様とは生まれた時から一緒だったのに……。……他の女なんて…いないと思ってたのに……!

 何やら右手から壮絶な感情が伝わってくる。


―…私の……私だけの父様なのに…!こ…、こうなったら、誰の手にも触れられないように、私のコアを暴走させて…、父様と心中するしか……。


 右手がよくわからないことをぶつぶつと考えている。

 何か思い悩んでいるみたいだけど、どこかに出口はないか手の届く岩肌をぺたぺたと触っていく。


―あはははっ!と、父様…、そんなとこ触っちゃダメ…!


 そんなとこってどんなとこなんだろう?

 さらにペタペタと触り続けてみる。


―ダメ……!そんなとこ触られてると……なんだか変なの…!


 どうやら変らしい。

 ならぺたぺたじゃなくてなでなでにしてみるか。


―きゃん!

―あれ?痛かった右手?


 唐突に感じた悲鳴は、痛みからというより、喜びから出たような気がした。


―う、ううん……。なんでもないから…、そのまま触って…父様…。

―うん、いいよ。


 どうやら続行希望らしい。

 何が良いのかわからないけど、子供の頭を撫でるように優しく繊細な手つきで右手の内側を撫でていく。


―……ああぅ。

 なにやら右手から甘えた感じがする。

―この感じ……、もしかして右手、今……。

―…えっ!?ひょっとして…バ、バレて……!

―こうやってよしよしされたかったのかな?んもー!いつまでたっても甘えん坊で可愛い!

―…………う、うん!そうなの!…父様、もっとよしよしして…。

―もちろんいいとも!ほ~ら、よ~しよし。

―……っ。

―ほ~ら、いいこいいこ。

―……ああっ。

―右手はいつまでたっても可愛いねー。

―あああっ………!


 右手は感激で言葉もないようだ。

 思い返してみれば、右手たちには生まれてから一度もこうして触れてあげることができなかった。

 だって、宇宙空間で皆遠かったし。

 だから、こうして初めて触れられるのが、嬉しくてたまらないんだろう。

 俺もこうして初めて触れ合える我が子に、涙を禁じ得ない!


―と、父様…!

―ん?どしたの右手?

 なにやら右手から切羽詰まったニュアンスが伝わってくる。

―もっと…強く!…強く撫でて!

―もちろんいいとも!ほ~ら、よしよしよしよし!


 右手可愛い!と思いながら撫でると、底から先ほどまでとは比べ物にならないほどの振動が伝わってくる。


―ううん…!うぁあああ!

―いや~右手は可愛いな~!

―ああああああっ!!父様ー!!


 右手の思念に合わせて、とてつもない揺れが起こり、抑えきれないエネルギーがマグマをロケットのように打ち上げた。俺を巻き込んで。


―おああああー!?


 またもや岩盤にぶつかったが、今度の勢いはそれを突き破った。

 マグマの先端に備え付けられた俺は、体をすり減らしながらもドリルのように閉じられた穴を少しずつ削り、押し広げていく。

 そんななりきり気分は唐突に終わりをつげ、押し付けられていた岩盤がなくなった時、俺は空高くに放り出された。


「わー。変な色した空だなー」


 久しぶりに声が出たことに気づいた。


「空気がある!………ってことは」

 浮いていた俺の体が重力に引かれて落ちていく。

「やっぱり落ちるよねー」


 風がごうごうなってるのにも懐かしさを感じるねいっ!

 地面に落ちて盛大に死んだけど、落下死はこれが初めてかも!

 よいしょと起き上がって周りを見てみると、足元にはマグマが至る所で流れているけど、確かな陸地があった。


―すごい!右手の上に、こんな大地ができてるなんて!

―はぁ…はぁ…。いつか父様に見せたくて…はぁ…はぁ…頑張ったの…。私たちと父様は違うから…、ここでなら、もう自由に動けるでしょ…?

―ああ!何回か呼吸をしたら絶命してるけど、あまり動けなかった宇宙空間に比べたらずっと過ごしやすいよ!ありがとう右手!

―よかった…。父様が喜んでくれて…嬉しい…!


 なぜだか憔悴している右手が、俺のためにそんなに死なない環境を作ってくれていたなんて…、感激のあまり涙が止まらない!

 こんな親孝行をしてくれる子供をもって、俺は幸せだ!

 俺の涙がぼたぼた落ちて足元の溶岩を冷やしていく。

 そしたら、冷えて固まった溶岩の中から小さな泣き声が聞こえてくるではないか。

 拾い上げて岩をはいでみると、中から数体の赤ちゃんが出てきた。


―右手右手!なんか赤ちゃんが出てきた!

―そ、そうだね……父様………。


 その声につられたように、他の場所からも泣き声が聞こえてくる。

 全部割っていくと、多種多様な赤ちゃんが出てきて、腕の中があっという間にその子たちでいっぱいになってしまった。


―うわ~!可愛い!この子達急に出てきたけど、一体誰の赤ちゃんなんだろう?

―…………え、えぇっと…………父様。

―うん?なんだい右手?


 右手が何かを伝えようかどうしようかすごく迷っている感じがする。

 続く思念を待っていると、意を決して右手が伝えてきた。


―………その子達の母親……私なの。

―なっ!?


 ぴしゃーん!と俺の背後に雷が落ちた!…ような気分である。

 でも、それくらい驚いた。

 まさか、俺以外にはすごい引っ込み思案だった右手が、いつのまにかどなたかとお付き合いしていたなんて、子供の成長を感じて喜ばしい半面、父親としては若干寂しい!

 でも、右手が選んだ人なら、きっと性格も良くて頼りがいのある人に違いない。

 父親としてのわだかまりは置いておいて、まずは二人を祝福しよう!


―おめでとう右手!父としてこれ以上嬉しいことはないよ!

―そ、そう?よ、よかった……。

―それで、お相手はどなたなんだい?菓子折りとかは用意できないけど、親としてご挨拶に伺わなくては。

―そ、その心配は、しなくても大丈夫じゃないかな~……。

―えっ?どうしてだい?

―………だ、だって、この子達のお父さん、…………父様だから。

―なっ、なんだってー!?


 ぴしゃーん!と再び雷が落ちた!…ような気分。

 右手からは嘘をついてるようなニュアンスは伝わってこない。

 ということは、この子達は本当に俺と右手の子供だと見て間違いはないのだろう。


―でも、俺と右手で子供ができるようなことできないよね?

―それは、私の中に溶け込んだ父様のエキスを、私の愛情と混ぜたら、いつの間にか……ね。

―そうか……。そういえば、童貞のままでも子供ってできるんだった………。


 思わず天を仰いだ。


―ええっと……、父様、大丈夫…?


 動かなくなった俺を右手が心配している。


―右手。

―ひゃっ、ひゃい!?

―これから一人と一星でこの子達を頑張って育てていこうな!

―……えっ?


 腕の中の子達も、我が子となるとさらに可愛く感じる!

 産まれたばかりですでに俺の腕をかじっている子もいるぞ。元気があってよろしい!


―……怒ってないの?

―怒る?なんで?

―だって私…、父様に黙って子供作っちゃったのに……。

―全然怒ってないよ!君たちも元はバラバラになった自分の体が大きくなった子達だし、前に会った光と闇も、元々は俺のうんちとおしっこから産まれた子供だから!

―う、うんちとおしっこ……。


 右手がちょっと引いてるような気がした。


―だから脈絡なく子供ができることなんて慣れっこだし、俺は右手のことを拒絶したりなんてしないよ。

―父様…!

―可愛い子供たちをありがとう右手。

―はいっ……。ごめんなさい、父様……。父様を好きな気持ちを伝えたら、軽蔑されるんじゃないかって…、拒絶されるんじゃないかっていつも怖かった……!

 だから、こんなズルいことして、父様を私のものにしたくて…、ごめんなさい父様…!

―別に軽蔑したり、拒絶なんてしない。だから、今度からどんな嫌な気持でも、父様に隠さなくていい。ちゃんと受けとめるから。

―うん…!


 右手から喜びと安堵の気持ちが伝わってくる。

 思えば、引っ込み思案な性格だけに、こうした想いを伝えるのも相当怖かったに違いない。

 だからこそ黙って子供をつくったのだろうけど、追い詰められたら極端な行動をとるところとか小さなころから変わってない。

 そういうところでさえ、可愛いと思うのは、はたして父バカのせいだろうか?

 それじゃあ、そろそろ待ちぼうけをくらってる子供たちを呼び寄せるとしよう。

 俺は大きく息を吸い込んで、空に向かって叫んだ。


「おーい!光!闇!胴体に左手左足右足ー!皆見てみて!たくさんの兄弟姉妹が産まれたよー!!」

―ちょっ…!?


 右手が焦ってる気がした。

 しばしの静寂の後、大気をふるわせて光と闇が空の彼方から降ってきた。


――真昼ー!!

――………!!


 俺は腕の中の子供達を、光と闇に掲げて見せた。

――あっ、光と闇。この子達俺の子。可愛いでしょ!

――なにやってんのボケ―!!

――………!!

――へぶっ!!

 光と闇の突進をくらって、俺の頭とお腹に穴が開いた。


――突然どうしたの?

――どうしたのじゃないでしょー!なに子供つくってんのよ!

――………!


 闇からも不満感がすごく伝わってくる。

 一体、何が悪かったんだろうか?


――あたしと闇もまだ真昼との子供つくってないのに…、どうして末っ子から先につくるのよ!

――………。

――こういうのは年長順って、そうだったの闇?

――………。


 そうだそうだというニュアンスが伝わってきた。

 どうやら、俺が知らないだけで、そういう決まりでもあったらしい。

 光と闇に遅れて、遠い星の光から胴体左手左足右足からのニュアンスも伝わってきた。


―右手…。

―右手…。

―右手…。

―何勝手に父さんと子づくりしてんじゃおいー!!?


 右手にジトッとしたニュアンスが送られてくる。


―え、えぇっと…。み、みんな無事で良かった!げ、元気にしてた…?

―君は俺たちが光姉さんと闇姉さんから壮絶なお説教を受けている間、お父さんとずいぶん仲良くしてたんだね。

―み、右足……。

―信じて任せた末っ子が、実は一番危険な存在だったとは思わなかったよ。

―ひ、左手……。

―父さんが汚されたー!!僕が、僕が一番最初にするはずだったのにー!!こんなことになるならあの時全員捨て石にして父さん拉致して事象の果てにとんずらかましておけばよかったあああああー!!ちくしょーーー!!

―ど、胴体……。


 胴体からの鬼気迫る思念に、俺以外のみんながドン引きしているような気がする。


―右手。

―ひっ!…左足……。


 左足はみょうに優しげだった。


―私たちは右手を逃がすために、光姉さんと闇姉さんにぼこぼこにされながらも足止めをしてたのに、その間右手はパパとずいぶん仲良くしてたみたいね。

―そ、それは……。

―誤解を解かれるまでに、私たちが受けた仕打ちはこれからたっぷりと教えてあげる。……それと、次は私たちの番だからね。

―はっ、はい……。

―どうしたの左足?

―なんでもないよパパ。これから先みんな一緒で、ものすごく楽しみなの!

―ああ!パパも皆一緒ですごく嬉しいぞ!

―ふふふっ……。

 左足からとても楽しそうな笑いが伝わってくる。

―あわわわわっ……。父様、ごめんなさい……。


 右手が謝ってくるが、何を謝られているのかはよくわからない。

 俺は空を覆う黒雲と、荒れ狂う海、流れるマグマの川を眺めながら、これから始まる新しい生活に期待で胸を膨らませていた。




 そして月日は流れ、子供たちはすくすく大きくなっていった。

「あんぎゃあああああ!!」

「お父様食べてんじゃねえよクソボケ龍がー!!」

 俺をめぐって子供たちは激しくケンカしていた。

 どうしてこうなった?

 俺は一番大きな龍の子に丸のみにされながら、胃の中で頭を傾げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る