わがままレイちゃん、ここからスタート!

渡貫とゐち

冒頭【読切】


「――ゃん、レイちゃん! 朝だよ起きて!」


 目覚まし時計は必要ない。

 だってこうして幼馴染が朝、起こしてくれるから。


「あぁ……? あと、五分……いや六……うぅん……十五はいける……っ」


「どんどん伸びてる! 結局最後には一時間とか言い出すんだから早く起きる!!」


 アタシの体温で温まった毛布が剥ぎ取られた。――瞬間、ゾッとする寒さがアタシの体に噛みつくようにやってくる。

 ……う、寒っ。寒いというかもう痒い!! 両手で体を抱きしめるけどそれで堪えられる寒さではなかった。

 手探りで毛布を探すが、気づいた幼馴染が距離を取る。毛布もちゃんと抱えて。


「……お、おまえぇ……!」


「欲しければ起きることだね。ほらレイちゃん、人肌であっためてあげようか? あとリビングにいけば暖房も効いてるしコタツだってあるんだけどー?」


 距離を取ったくれーで勝ち誇る幼馴染に現実を教えてあげないといけねえな。

 ベッドから下りて幼馴染に近づく。

「おはよ、レイちゃん――」と笑顔を向けてくる幼馴染から毛布を掴んで、力づくで奪い返、


「――にゃ!?」


 頬に温かい感触が……。

 幼馴染の手にはカイロがあった。懐で温めていたのかってくらいの、きっとカイロとしてはピークの温度を持っているだろうそれがアタシの頬に触れる。


「温まった?」

「……これだけで温まるわけないじゃん……まだ寒いし……」


 右頬だけ温かくなっても仕方ない。未だに上半身から下半身まで寒さで震えてる。

 カイロの効果なんて一瞬だった……ほっとしたのも束の間、寒さが再び牙を剥く。


「じゃあ――目が覚めた?」

「…………ああ、残念なことにな!」

「なら良し! 早くいこ。学校に遅れちゃうよ」

「学校なんて……別にどうだっていいし……」

「ダメだよだって義務教育だし!!」


 その口ぶりからすると高校に上がればいかなくてもいい、と言っているようにも聞こえる。

 コイツのことだから高校はいかなくてもいいと他人事ながらで思っていそうだけど、アタシのためを想えばいってほしいと言うのだろうな……。

 小柄で愛らしい幼馴染に言われたら無視もできないから困ったもんだ。


 小動物のような見た目で害のない性格(さらには他人への奉仕力が凄い)でありながら押しには強いし……、ぶっとい芯がある。アタシとは違って。


 未だにやりたいことがひとつも出てこない張り合いのない中学生活だった。



 リビングに入ると暖房が体を温める。凍った体が溶けていくような温度に眠気が再びやってくる……、コタツに足を入れて温泉に浸かったように「ふぇえ」と声を漏らしていると、幼馴染のこのみがアタシの目の前に朝食を用意してくれた。


 お椀に盛られた白米、平べったいお皿には目玉焼き。その横にはソース(気分によってはしょうゆでも可だ)。目玉焼きの隣にはウィンナー……――毎朝、決まっているメニューだ。

 目玉焼きがスクランブルエッグになったり、ウィンナーがベーコンになったりするがだいたい同じ。あとは味噌汁がついてくる。


「お嬢様、こちら大好きなアップルジュースになります」


「ふうん。分かってるじゃない……くるしゅーないわ」


 なんとなくで喋っていると、ぺしん、と後ろから頭をはたかれた。

 果!? と振り返ればそこにいたのは苦笑いした果と――お母さん。


「いったいな……っ」


「アンタ、果ちゃんが毎朝お世話してくれてるのにお礼も言わないで……。これが当たり前だと言うつもりじゃないわよね?」


「……分かってるっつの。長くは続かない……大人になれば別々の仕事に就くことになるし、生活圏だって変わるんだから……毎朝、というか毎日お世話してもらうわけにもいかなくなるのは目に見えてるんだから、分かってるっつの」


 学校でも献身的に面倒を見てくれる。嬉しいし助かるんだけど、たまに「介護か!」と言いたくなるほど過剰な時もある。

 ちょっとの段差を教えてくれたり手を差し伸べてくれたり……優しいんだけどアタシのことをなめてる? と思う時もあって……。

 もちろん果の優しさで、癖なんだろうって分かるけどさ……。


「アンタ、高校卒業まで面倒を見てもらうつもりでいたの……? 呆れたわ……」


「いや、だって果がたぶん癖で続けちゃうんじゃないの? 生きがいになっているなら辞めろと言って辞めるのも難しいだろうし……」


 果の性格を考えれば、アタシ以外にお世話をしたい相手が見つかれば労力が分散するだろうけど、アタシにまったく構ってくれなくなるってことはなさそうなのよね……。


 嬉しいけど困ったものねっ。


「あ、レイちゃん、あのね……」


「アンタ、知らないの?」

「なにが?」


 いただきます、と呟いてからウィンナーに箸を伸ばしたところで。


「聞いてない……わけじゃないと思うけど。アンタが覚えていないだけね……、ちゃんと話を聞いてないから……。今後どうするのかと思えば、さすがにアンタも果ちゃんの後を追うわけにはいかないでしょうに……」


「だからなにがよ」



「果ちゃんがいく高校は、『メイド育成学校』で全寮制だから、当然アンタのお世話は続けられないけど?」



 持ち上げたウィンナーが落ちた。

 バウンドし、お皿からこぼれて落ちていくそれを果が器用に箸でつまんで…………え?


 高校は、一緒じゃない……? は?

 だって一緒のところにいくつもりだったんだけど!?


「…………こ、果!?」


「えっと……うん。そういうことなんだけどさ……いや、レイちゃんにもちゃんと言ったんだよ? でもレイちゃん、『じゃあアタシもそこにいくわ』って簡単に言ってたけど……さすがにレイちゃんにメイドは似合わないんじゃないかな……。というか適性がないと思う……マジで」


 メイド。

 イメージはあるけど基本的には果が頭に浮かぶ。有名なメイド服を着て果がアタシにしてくれていることを他人にするのがメイドという仕事だ。

 もしも、アタシが同じ学校にいけば、果がアタシに奉仕するのではなく、アタシが果に奉仕するのでもなく、アタシが他人に奉仕をすることになって――うぇえ。

 と、朝食を前にして吐き気がしてきた……メイド姿のアタシが想像できない……。


「そういうことだから、レイちゃんは普通の高校にいった方がいいと思うの。お世話は、できなくなっちゃうけど……、でも大人になったらずっと一緒にはいられないって分かってるんだよね? だったらちょっと早まっただけで、わたしがいなくても大丈夫でしょ?」


「ダメ」

「え?」


「果がいないと生きていけない。だからアタシのために一緒の高校にいこうよ……な?」



「こら。果ちゃんの夢を邪魔するんじゃないよ」


「だって――!!」


 今まで一緒だった果とお別れする……? 全寮制ってことは距離も遠くなってしまう。

 斜向かいの家に、会いたい時に会いにいける距離ではなくなって――メイド学校となればアタシが会いたくて会えるような環境とも思えない。


 なにより、果はアタシの穴を埋める誰かの奉仕をすることになって…………


 それが一番、嫌だった。


「果……一緒に、」


「ごめんね、レイちゃん。メイドになるのはわたしの夢だったから……。それにね、レイちゃんにお世話をしてたのは夢のための練習だったりするの。今まで甘やかして色々とお世話をしてきたのはスキルを磨くためで――もちろん、レイちゃんのことが好きで大切だからって面もあるからね!? ちょうどよかったから一口で二度おいしいみたいな使い方しちゃったけどさ……勘違いしないでよね!」


 顔を真っ赤にして、果が叫ぶ。使い方それで合ってるのか?

 ちょうどよく夢のために使われたことは別にいい……、相手が果ならそれくらい目を瞑れる。


 アタシが嫌なのは、やっぱりこれでお別れになってしまうことだ。

 ……一生、会えないわけじゃないけど、幼稚園の頃からずっと一緒だった幼馴染と離れ離れになって、果のお世話がなくなるのは……。


 果離れしないといけない、と理解していてもつらいものがあった。


 良くも悪くも甘やかされ過ぎていた。果が身の回りのお世話をしてくれないと、なにもする気が起きないくらいには。

 やる気が起きなくとも全部のことを果がやってくれてしまうからなにも問題視していなかったのだけど……これからは、違う。


 自分のことは自分でやらないと。


 なにを当たり前のことを、と思うかもしれないけど当然のことだった。


「だからね、レイちゃん。卒業まではレイちゃんのこと、面倒見るから……その先は自分で、」


「アタシも」

「?」


「――アタシも果と同じ学校にいく」


「アンタ、正気? メイド学校よ? アンタが人のために動けるの?」


 母親からの失礼な評価に立ち上がりかけたが、言われたことはその通りだった。

 自分のことすらままならないアタシが人のために? でも、それを学ぶための学校なんじゃないの? できないことをできるようにするための学校のはず。

 それとも、プロが持ち前のスキルを向上させるための学校なのか? 人脈を作るためだけの学校なら、果は選ばないはずだ。少し出遅れたとしても、アタシでもいける学校のはず――――


「アタシ、喧嘩は強いから」


「それだけで、他は壊滅でしょ」


 うるさい。

 腕っ節はなによりも優先されるはずよ!


「レイちゃん…………遊びじゃないんだよ?」


「学校なんだからそりゃそうだろ。遊びは義務教育で終わりだ。高校からは――――将来のために、学ぶためにいくんだよ…………違うのか?」


「レイちゃんのくせにちゃんとしたことを言う……こういう時だけ強いんだからっ」


 なんだよその言い草は。

 やっぱり果もアタシのことを心の底ではなめてるな?


「いいや? 浅いところでなめてるよ」


「このやろっ」


 果の頭をぐしゃぐしゃにしてやると「きゃー」と可愛く悲鳴を上げた果がアタシの脇に手を伸ばして……あひっ!? いひひっ!? くすぐってくるならこっちもくすぐり返してやる!


「はいはいふたりとも。ご飯の前で暴れないで」


 そう言えばまだ食事中だった。

 じゃれ合いは程々にして、食事を再開させる。

 冷めない内に果の手料理を食べちゃって――――



「それで、礼奈れいな。ほんとにメイド学校にいくの? 果ちゃんと同じとこ」

「うん、いく。……学費高いの?」


「それは心配しなくていいけど……。メイドも仕事扱いになるから、バイトとしてお金が入ってくるみたい。それをウチに仕送りしてくれれば学費の問題はないわ」


「詳しいな……」


「もうひとりの子供みたいなものだからね、果ちゃんは……。だから詳しく調べてみたの。まあ、もしかしたらアンタがいくとも言い出すかもしれなかったし……、まさか本当に言うとは。確認するけど楽そうだからとか、果ちゃんと一緒だからって理由でテキトーに決めたわけじゃないわよね?」


「きっかけは果だけど……、興味があるのは本当だよ。それじゃダメ? スポーツとか勉強だって、きっかけはそういうもんだろ。ご大層な理由を引っ提げてスポーツを始める奴の方が珍しい気がするけど。プロはみんな『楽しそう』だから、『好き』だからで始めたんじゃないのか?」


「……ならいいけど。まあ、興味があるならいいのかな……」


「え? 麗美れみさん!?」


「礼奈――どうせいくなら、上を目指しなさい? アンタに似合うのはトップだから。負けて帰ってくることだけは許さない…………いいわね?」


「もちろん。アタシはこの腕っ節で、【メイド王】になってきてあげるわ!!」


「よろしい!!」


 がっはっはっ、と母さんと高笑いしながら拳をぶつけ合う。

 あっさりと決まった進路だった――。まあ、まだ合格すると決まったわけではないけれど、進むべき道が決まればあとは猪突猛進で進めばいい……アタシの得意分野だ。


 それに、隣には果がいる。果さえいれば安泰も同然だ。


「いや、メイドってそういうものじゃないけど……。喧嘩が強いからってだけじゃ上には…………まあいっか。レイちゃんが嬉しそうなら――うん」


 すると、果がそっと、耳元に忍び寄ってくる。まるで気づかぬ内に足下から首元まで、蛇が巻き付いていたかのような一瞬の悪寒に、ゾゾゾッ、と鳥肌が立った。


「ひぃ!? こ、果か……っ」


「うふふ、これからは敵同士だね、レイちゃん……?」


 メイド王になるということは、隣にいる果のことも蹴落とす必要があるのだった――

 果が、敵になる……? 喧嘩が強いだけでは決して倒せない敵だった。


 メイドとは。


 きっと腕っ節だけでは突き進めない。


 早々に分かった障害に、アタシは入学前から頭を抱えるのだった。




 …【読切】了

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