冒険者とブームタウン

冒険者とブームタウン



「アンタ、冒険者かい!? 迷宮ならもう無いよ! 帰んな!!」


 調査のために訪れた村で、冒険者だと勘違いされた。


 冒険者絡みの調査に来たのは確かだが、冒険者ではない。村人達に「冒険者ではありません」と丁寧に説明していく。


 農具を手に襲いかかってくる気配すら見せていた村人達を何とかなだめると、何とか「冒険者ではない」という事は理解してもらえた。


 貴方達は冒険者を嫌っているご様子ですが、何があったのですか?


「冒険者共が、ウチの村をメチャクチャにしたのさ!!」


 迷宮探索に来た冒険者が、ですか?


「その通りさ……。アイツらの所為で、ウチの村は……」


 今回、調査に来た村<デリチェ>には少し前まで<迷宮>があった。


 ある日、村の畑の一角に穴が開き、迷宮の出入口が生まれたらしい。比較的小規模な迷宮だが、迷宮探索のために多くの冒険者がやってきたそうだ。


 迷宮は一種の金鉱だ。


 金そのものが見つかるどころか、財宝が見つかる事もある。迷宮に湧く魔物の毛皮や肉も金になる。探索には危険が伴うものの、上手くやれば大儲けできる。


 命知らずの冒険者達は「迷宮が見つかった」と聞けば、どこからともなくやって来る。迷宮の周りには多数の冒険者や、冒険者相手に商売をする者達がやってきて一気に人口が増加し、迷宮街ブームタウンが築かれている。


 この村も、一時は数百人の冒険者が滞在していたらしい。


 ただ、彼らは定住しない。


 あくまで「迷宮探索」に来ただけなので、迷宮が踏破されれば次の迷宮なり、仕事を探しに行く。大半の迷宮街は直ぐに寂れる運命にある。


 この村の場合、迷宮が出来る前より寂れてしまったらしい。


「あの辺りの畑に、迷宮が出来たのさ。もう畑なんて見えなくなってるけどね」


 村人に案内してもらった場所には、確かに畑など無くなっていた。


 箱型の簡素な建物が建ち並んでいる。


 迷宮街ブームタウンではよく見る光景だ。


 迷宮が出来ると沢山の冒険者がやってくるが、迷宮近くに沢山の冒険者を受け入れられるだけの宿がある事は稀だ。


 だから冒険者達は迷宮の周りに自分達の拠点を作っていく。ひとまず天幕テントや幌馬車で雨露を凌ぎ、そのうち箱型の簡素な建物を作る。


 迷宮の近くに拠点を作ることで直ぐに迷宮に潜れる体制を築く。迷宮で得た財宝や資源の保管場所として、建物を作っておく。


 冒険者自身がやらず、冒険者相手に宿屋商売をやろうと考えやってきた人々が建物を作ることも珍しくない。大抵は粗末な作りだが、一時的に使うだけなので質はあまり重視されない。


 迷宮が踏破されてしまえば用済み。


 迷宮街ブームタウンの名残として、誰も使わなくなった建物だけが残る。


「アイツら、せめて建物を壊して行ってくれりゃいいのに……。アタシ達の畑を踏み荒らして、勝手に建物作って……好き放題しやがって……」


 数百人の冒険者達によって、村の畑はあっという間に覆い隠されてしまった。


 別の場所を開墾し、何とか新しい畑を作ったものの、それも荒らされたそうだ。


 冒険者にはよくある事……というか、迷宮街にはよくある事だ。


 迷宮が見つかると、そこに大勢の人間がやってくる。


 人が大勢いるという事は、それだけ食料が必要になる。多くの冒険者は迷宮近辺で食料調達を行う。村人の作る畑は大変都合の良い食料供給源だろう。


 まともな冒険者なら村人と交渉するが、ここに来た冒険者はならず者だったようだ。大抵の冒険者はそうだが――。


「収穫前の野菜が取られるのは当たり前だった。文句を言いに行ったら、アイツら、武器をちらつかせて脅してくるから……!」


 タチの悪い冒険者は大勢いる。


 迷宮探索は危険が付きものなので、冒険者達には戦闘の心得がある。


 普通の村人が立ち向かうのは難しい相手だろう。迷宮目当てで大勢の冒険者が来たという事は、数でも負けてしまう。


 油断すると野菜どころか、家畜まで狙われる。この村の住人は家畜小屋や自宅に家畜を匿い、可能な限り守っていたようだが……それでも武器を振りかざした冒険者が白昼堂々奪っていく事件もあったようだ。


「食い物なんて、迷宮で取れるのに……奴らはオレ達からたくさん奪っていって……。なんとか食いつないだが、飢え死にかけた子供もいたんだ」


 迷宮でも食料は手に入る。魔物の肉が手に入る。


 ただ、それらを嫌う冒険者も少なくない。


 魔物の肉を食らうと穢れる。


 冒険者にんげんの肉を食らった魔物を食べるなんてトンデモナイ。


 ならず者が多い冒険者達も、最低限の理性は守る者が多い。魔物だろうが構わず食ってしまう冒険者もいる。こっそり食べている者もいる。


 だが、多くの冒険者が魔物肉を忌避する。


 だからこそ、冒険者が多く集まる迷宮街には商人達が食料を運んできて売りさばくのだが……冒険者達の腹がそれだけで満たされるとは限らない。


 迷宮街は食料不足になりやすいため、商人達も冒険者達の足下を見る。結果、様々な商品の価格が高騰し、ろくに稼げていない者は商人達から食料も買えない。


 そういった者が、か弱い村人達の畑を狙うのだ。


 迷宮街は、どうしても治安が悪くなりやすい。


 ……領主は助けてくれなかったのだろうか?


 そう聞くと、村人達は怒りながら否定した。


「助けは求めたんだよ! けど、結局なにもしてくれなかったんだ!!」


「オレ達はしっかり税を納めてきたのに……」


 村人達も、領主に助けを求めたらしい。


 迷宮街は上手く・・・管理できれば・・・・・・、領主にとって良い収入源になる。


 冒険者や商人達から様々な税を巻き上げる事が出来る。最低限、入場税を取るだけでもそれなりの稼ぎになる。


「あのヘタレ領主は、冒険者共に追い返されてな」


「一度逃げ帰って兵士を集めようとしてたが、冒険者共に襲撃されて、領地放り出して親戚のとこに逃げちまった……」


 ここの場合、管理に失敗したようだ。


 数百人の冒険者は軍隊並みの脅威になる。


 烏合の衆とはいえ、迷宮探索を邪魔されたくない冒険者達はある程度は連携し、領主じゃまものを排除しようとする。


 迷宮を上手く管理するには、数百の冒険者以上の戦力か、交渉能力が必要だ。


 穏便にやりたければ……一番力を持っている冒険者集団に迷宮入場税徴収や免税の特権を与え、迷宮の管理を行わせる。税の一部は領主が受け取る。


 管理特権を与えられた冒険者集団にとって、それはそれなりに悪くない話だ。何せ、危険な迷宮にせっせと潜らず、迷宮入り口を関所のように管理しておくだけで金が入ってくるのだから。


 ただ、この管理方法が上手く行くとは限らない。


 税徴収に不服な他の冒険者達が、特権を与えられた冒険者集団を襲って排除する事もある。人同士に争いになる可能性もある。


 上手くいった事例は確かにあるし、冒険者同士の殺し合いが発生したら生き残った方に特権を与えて管理体制を維持した事例もある。


 ここの領主は上手くやれなかったようだが――。


冒険者共やつらは毎日どんちゃん騒ぎ。ウチは今までみたいな生活は送れなくなったんだ。どうすりゃいいか途方に暮れていたんだが……」


「ドーラ様が仕事くれなきゃ、生活すらままならなかったね」


 冒険者需要を見込んできた商人の一団が、村人達に迷宮の外で出来る仕事を紹介した事で、何とか生きていく事が出来たらしい。


 村人達はその商人の一団に感謝しているようだが、話を聞く限り安くこき使われていたようだ。


 多くの冒険者が押しかける迷宮街では物価が高騰しがちだから、上手くやれば稼げる。村人達主導で冒険者向けの宿や酒場、雑貨屋などを経営したらキチンと稼げただろうが……商売の経験もろくにないから上手く丸め込まれたらしい。


 迷宮街には多くの商機が存在する。それを上手く扱えば、冒険者以外でもそれなり以上に稼げるのだが……ここの村人達はそれを逃してしまったようだ。


 話を聞いて行くと、農作物や商機以外にも奪われたものがあるようだった。


「冒険者達を怖がって、子連れの家族は親族頼って逃げたりしてねぇ……。ウチの村も、すっかり人がいなくなっちまった」


「迷宮で稼いだ冒険者達を羨ましがって、『自分も冒険者になる~』って言い出す村人バカもいてさぁ……」


「特に若い連中がね! アイツら、『土いじりなんてやってられない』『冒険者になって大金を手に入れるんだ』とか言いだして――」


 その人達も、大半が上手くやれなかったらしい。


 迷宮に潜ったまま、帰ってこなかった村人もいたようだ。


 生き残った者もいたようだが――。


「生き残ったバカ共は、村を出て行っちまったよ」


「他の冒険者達と一緒に、次の迷宮に行くとか言ってさぁ……」


 農民としての生活を完全に捨て、冒険者になる者もいる。


 一人前の冒険者としてやっていけなくても、一人前の冒険者の雑用係として随伴し、おこぼれに預かる生活を送る。


 羽振りの良い冒険者の情婦になる者もいる。この村にいた若い女性の多くは、冒険者達に惹かれ、くどかれ、村を出て行ったそうだ。


 中には既婚の女性もいたようだが、村人の夫より冒険者の方を選んでしまったようだ。迷宮の黄金の輝きは、冒険者以外にも多くの人々を狂わせている。


「冒険者相手に股を開くなんて、バカな子達だよ。散々遊ばれて、最後は捨てられるのに! 冒険者共々、魔物に食われて死んじまえばいいんだ」


「病気もらって帰って来るかもね。あぁ、おそろしい……」


「でもさぁ、病気持ちになっていたとしても、若いのが戻ってこないと……」


 迷宮は踏破され、冒険者達は出て行った。


 迷宮街は一気に衰退し、ただの村に戻った。


 しかし、元通りになったわけではない。村を出て行った者もいる。


 迷宮に魅せられた村の若者達もいなくなった。


 ある者は死に、ある者は冒険者一行に加わった。


 新しい迷宮を目指す幌馬車の一団の中に、村の若者だった者達がいるかもしれない。彼らが栄光を掴めるか否かは彼ら次第だろう。


 かなり分の悪い賭けだと思うが――。


「この村は、もう終わりだ」


 迷宮の黄金に脳を焼かれた若人達は、全員出て行った。


 残されたのは迷宮街ブームタウンの名残である簡素な建物と、希望を失った老人達だけ。村の復興は絶望的だろう。


 再び迷宮が発見されれば、迷宮街として復興する可能性はある。だが、それはあくまで一時的な復興だろう。迷宮という金鉱が再び現れたところで、ここの住民がそれを活かせるとは思えない。


 それ以外の復興の目もあるが、それも難しいだろう。


 何にせよ、この村がどうなったところで私には関係ない。


 ただ、調査のために数日滞在させてほしい。


 迷宮街の名残として残った建物を1つ貸してくださいと頼む。


 その代わり、誰も使わなくなった建物を撤去をしますよ――と言うと、村人達は胡乱な目つきで私を見てきた。


 しかし、不要になった建物の1つに力を行使し、家屋人形ハウスゴーレムを作ってみせると、驚きながらも調査と滞在を許してくれた。


 迷宮跡の調査と村人達に当時の話を聞きつつ、ゴーレムを操って迷宮街の名残を撤去していく。ついでに建物撤去跡をざっくり耕し、廃材で水路を整備し、簡単な農地造成ぐらいはやっておこう。


 廃材を使い、倉庫と新しい建物もゴーレム達に作らせておく。もしも村人が増えることがあれば、これを使う機会があるかもしれない。


 村人達が努力したら、迷宮街が出来る前の畑ぐらいは復興出来るはずだ。


「いやぁ、助かったよ! いらねえ建物壊すだけでも一苦労だったんだ。それなのにたった一晩でここまでキレイにしてくれるとは……」


「見たことない魔法だけど、ひょっとして名のある魔法使い様なのかい?」


 しがない史書官です。皆さんのおかげで、冒険者の風俗調査が捗りました。


 来た時とは打って変わって引き留めてくる村人達の誘いをやんわり断り、村を出る。この村に来たのは復興ではなく、あくまで調査だ。


 若人のいないあの村は、いずれ滅びてしまうだろう。不要な家屋を撤去し、耕作場所を確保したとはいえ、人がいなければ集落は滅びてしまう。


 ただ、記録しておく。


 記録を残し続ければ、あそこに村が在った事実は消えない。迷宮にやってきた冒険者達に踏み荒らされたデリチェという村があった事実は記録しておく。


 さあ、次の迷宮に向かおう。


 迷宮を取り巻く人々が作り出す営みを記録しに行こう。


 そのために再び街道を進み始めると――。


「お~い! アンタ、この先の村から来たのか?」


「デリチェ、まだちゃんとあるよね!?」


 幌馬車と共に、村の方に向かって行く冒険者らしき一団が声をかけてきた。


 彼らは貧相な装備で武装しているが、皆若く、元気が有り余っている様子だ。装備は貧相でも、馬車にはアレコレと荷物が満載されている様子だ。


 デリチェは滅びていないが、迷宮は既に踏破済みだと伝えると、冒険者の一団は嬉しそうにデリチェへと向かっていった。


 踏破済みの迷宮がある村に、嬉しそうに向かっていくとは妙な冒険者達だったな……と思ったが、直ぐに「何故、彼らが嬉しそうだったか」は想像出来た。


 村に戻って確かめる事も出来るが……やめておこう。


 村がその後どうなったかは、別の機会の調査事項たのしみにしておこう。




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