第28話 スキヤキ
ー3日目ー
野営の朝。
「スピー スピー やっとゾウさんパンツを履いてくれたかい……<ビクン!> ウーン……ムニャムニャ……」
目を擦りながら寝袋からシーナが這い出てくる。
近くに座っているチエコが、
「お早うございます」
「ん……」
寝袋から這い出て、
「なんぞ毎夜、変な夢ばかり見てる気がするのう……」
「なんか大変そうです、ね……」
「交代もせんと眠り込み、悪かったの」
「いいんですよ」
「……なんか甘ったるい匂いがせんか?」
「ゴトーさんの料理です。いい匂いしますよね」
「卵とか言っとたのう」
熊の毛皮、股間に葉っぱのゴトー。
小鍋のスープを味見している。
「あの、ゴトーさんって、どういう人なんでしょうか?」
「……どうって、何かやらかしたんか?」
「謎の空間から泥とか丸太を取り出し、テーブルと椅子と七輪とか作ったそうです」
「……ん?」
「私の見張りの時はまた森に入って、蜂の巣を取って来ました。リーダーの時は金属の鎧から食材用の壺とか鍋とか作って、その後に何十個もの卵を取り出し、器具や食材が浮いて勝手に料理を作り始めたそうです」
「……すまんが情報量が多過ぎて、よう頭が回らんわ」
「謎魔法です」
「謎の魔法って、あーー、ゴトーか……」
「アレを見てくれたら……」
長方形の大きなテーブルに椅子が7脚。
シーナは立ち上がり、チエコと一緒にテーブルの前へと。
「椅子じゃのう」
「凄い勢いでテーブルとか作っていたそうです」
2人はテーブルの元へ。
袖引き出し付きのテーブル。
引き出しを開けてみると、木のお玉が入っている。
「………」
「椅子なんて背もたれもあるんですよ。職人さん顔負けで店で売ってる物と大差ないんですよ」
二つの椅子の脚が高く、肘掛けの付いた子供用の椅子。
「こ、これは……」
「多分、エルとシーナさん用、かと」
「……気遣いに嬉しいいうか、屈辱的いうか……」
背束にはデフォルメした女の子の絵。
牙が有り、目がニコっと笑っている。
「ワッチなんか、これ?」
「うわー、可愛い。あ、よく見るとわたしたちにも絵が!」
背束にデフォルメしたオオカミの絵が3脚。
ウサギとネコの絵が1脚ずつ。
そのうち3つが頭にリボン。
「うわーこれ、わたし? 欲しい……」
「マメ言うか、凝り過ぎじゃろ」
「絵心ありますね」
テーブルの各皿に盛られた黄色い物体。
「卵を炒めたやつか?」
「卵焼きみたいです」
テーブルの真ん中には七輪。
「七輪がなんかと言っとたのう」
「ガルツの話しでは粘土を練って、固めて、浮かせて、魔法の火で焼いて、乾かして完成させたそうです」
「練って固めて? 土の魔法、ん? 浮く? 焼く?」
「はい、短時間で。壺焼きみたいなものでしょうか?」
「………」
ゴトーは黙々とまな板の上で、イノシシの肉をナイフで薄くスライス、大皿に乗せている。
4人のパーティメンバーがテーブルに駆け寄ってくる。
「お前さんら、交代の見張りを任せてすまんかったのう。この幼体、寝んとどうにもならんでの……」
「魔量の消耗もしているし、仕方ないですよ」
「だいじょうぶー」
「すげーいい匂いがするな」
テーブル上に鍋が置かれており、鍋の底には灰色のザラザラとした粉。
「ゴトー、これはなんじゃ?」
「即席で砂糖を作り出した。残念だがクオリティは低い」
「砂糖? 作った!?」
「これはわたしたちの鍋。え?これで?」
「昨日の作業は、砂糖作りの工程だったのか!」
「ちょいと貰うぞい」
シーナは指ですくって砂糖をひと舐めする。
「臭みがあるが、紛れもなく砂糖じゃな……」
「不純物を徹底的に取り除くには試行錯誤が必要だ。これは今後の課題だ」
「わたしも舐めてもいいですか?」
「あたしもあたしも!」
「我もなの」
「好きなだけ舐めろ」
5人の冒険者たちは次々と砂糖を舐めだす。
「あまーい」
「鍋で煮て……?」
「すげーな。こんなに簡単に作れるものなのか?」
「スイーツ、なの」
「けど、チョコレートの方がおいしいよね」
「あれは、すごい甘味だったな」
「ベリースイーツなの」
「お前さんらチョッコを貰ったんか?」
「あ、はい」
シーナはヨダレを垂らしゴトーを見る。
「もうない」
<ガーーーン>
「……なんか、ごめんなさい、です」
「ソーリ―なの」
「席に座ってくれ」
全員がクッション付きの椅子に座る。
「ん? なんじゃこりゃ?」
「うわ、これ衝撃を吸収してる?」
「獣の皮に、中は鳥の羽か?」
「座り心地が……」
「 緩衝なの」
「さいこー」
テーブルの7人分の中皿には厚焼き玉子。
大皿にはおかわり用の厚焼き玉子が盛られている。
「うまそうじゃな」
シーナはフォークを手に取る。
「これは鳥木の黒檀か? お前さんらええ物を持っとるな」
「いえ、木製フォークもスプーンもゴトーさんが作ったんです」
「は?」
「大皿、中皿、小皿の器も」
「………」
シーナはテーブルの天板を撫でる。
「これも、黒檀じゃの……」
「前菜は厚焼き玉子だ。食べてくれ。
いただきマンモスは忘れないようにだ」
「いただき、まんもす?」
「ゴトーの国では、食べる前に手を合わせてそう言うらしい」
6人は手を合わせ、
「「「「「「いただきマンモス」」」」」」
厚焼き玉子実食。
「!」
「この味は!」
「こんな甘い卵料理食べたことないですよ!」
「ナイスな味なの」
「おいしー」
「いけるのう。……ゴトーよ、これがお主の国の食い物なんか?」
「この国にないなら、そうだ」
「これは衝撃ですね」
「卵に砂糖、凄い発想です」
「ゴート―さん、ごちそうだよ!おいしーピョン!」
「!」
ゴトーはサミンにおかわりを渡す。
「え? ゴトーさんあたしに一番に? 愛?」
「塩ならありきたりだが、それでも高いが、卵に砂糖って贅沢な料理だな」
「ちょっと脂ぽいところがいいですね」
「醤油も少し入れてるのね」
「シンプルでありながら旨味とコク、絶妙な甘みに仕上げ、趣向や発想がきわだって斬新なの」
「エルちゃんのこんな長文、初めて聞いたよ!」
「残さず全部食べてくれ」
「任せてくれ!オレは出された物は残したことはない!」
「ゴトーさんの愛情たっぷりの男料理 (♡)」
シュバルツは、大皿の山盛りの生肉を見て、
「これはどうやって食べるんですか?」
「薄い肉だよな。オレは厚いのが好みだが」
「メインの「すき焼き」という料理だ」
「……スキヤキ?」
「焼き? それにしては肉が薄いようだが……」
七輪にフライパンを乗せ、弱火に調整。
フライパンに猪脂の塊を塗り、そこにイノシシの肉を乗せる。
<ジュ――――>
「正当なすき焼きは牛肉で、割り下も酒が入るんだが、手に入らずそこは了承してくれ」
フライパンで炒めた肉に、割り下の砂糖醤油を投入。
甘じょっぱい匂いが立ちこめ、そこにハチミツを肉の上に少量垂らす。
<<<<<ゴクリ>>>>>
「それは、まさかハチミツ?」
「へっ?」
「こんな高価なものが!」
「たくさんあるんだよ……」
「驚愕なの」
肉を焼いてる間に、鍋に入った溶き卵を7人分のお椀に流し込む。
「これ生卵?」
「えーー!?」
「よし、頃合いだ。肉は卵と絡めて食べてくれ」
「「「「「……」」」」」
「どうした?」
シーナはゴクリと唾を飲み込みながら、
「ゴトーよ、卵、加熱はしてないんじゃろ? 肉は問題ないが生タマでポンポンは下りたくないぞい」
「スキルで「解析」したが、サルモネラ菌など発見はされなかった。加熱しなくとも食中毒をひき起こすことはない」
「……サッルも、寝た、きん?」
「サルモネラ、菌だ。保菌の確認はされなかった」
「その「きん」も、よく分からんのじゃが」
「この世界では菌や細菌などの概念はないということか・・・」
フライパンの中の炒めた肉。
「このままでは肉が固くなるな。まず俺が食べて証明しよう」
ゴトーはフライパンの肉を箸で摘まみ、丸ごと自分の黄身入りの小皿に盛り付ける。
椅子に座って手を合わせ、
「いただきマンモス」。
卵に絡めて肉を食むゴトー。
<ハフハフ パクパク>
最後に溶き卵ごと肉と一緒に喉の奥へと流し込む。
<ゴクン>
<<<<<ゴクリ>>>>>
「フーッ。卵の肉を絡めると味がまろやかになる」
ゴトーはフライパンに猪脂を塗り肉を再び投入し炒める。
「菌とは肉眼では捉えられないほど小さい、髪の毛ほどの薄さを点にしたモンスターと想像すればいい。
その菌を口にし体内に流れると菌のモンスターは腹の中で暴れ、嘔吐や発熱、下痢などの症状を引き起こすということだ」
「見えない、小さい、モンスターじゃと?」
「例えだ。菌の概念の説明は難しく今は省略する。卵の菌の繁殖は高温での放置、10度以上の温度が高いほど発育、増殖すると言われている。
それ以外に卵殻に菌の付着。食す前に洗浄や消毒を怠らない事だ。条件さえ守れば、食中毒の発生は限りなく低くなるだろう」
割り下を入れる。
<ジュ―――>
<<<<<ゴクリ>>>>>
「この匂いは我慢できねー!」
「ゴトーさんが言うなら大丈夫じゃないですか?」
「別にゴトーを疑おうてはいないがの。一応、確認はせんとな」
「抵抗があるなら無理強いはしない。卵は避けてそのまま食べてもいい」
「「「「付けます!」」」」 「付けるの」
「ワッチもじゃ」
ゴトーは黄身の入った皿に1枚ずつ肉を乗せ、全員がそれを口にする。
「「「「「「!!!」」」」」」
「卵と肉のハーモニー」
「薄い肉に不満だったが、それは違う!この料理にはこれがベスト!」
「これは厚みがある肉では味わえない食感よ!」
「お肉事変なの」
「さいこー」
――
28 スキヤキ 終わり
29 レシピの伝授
――
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