第22話 「デート」

 デート。

 かつて私はこの単語に心躍らせ、顔を上気させたものだ。

 しかし今は、唾棄すべき行為と言っても過言ではない。

 それほどに私は恋愛ごとを嫌悪していた。

 なのでエドガーに誘われた時、即座に断ろうとした。

 だがエドガーは私が口を開く前に、とんでもないことを言い退けた。


「もし断ったら、ルーナとリーフィンは脱隊かな〜」


 「それ、職権濫用じゃん……」


 私は苦虫を噛み潰したような顔で呟く。

 まさかデートする為に、私を『ツインナイト』に入れたんじゃないだろうな……。


「隊長の言うことは、絶対!

 ということで明日、銀狐亭の前に集合な。

 リーフィンには内緒で頼むよ」


 口元に人差し指を添えて、イタズラ小僧のような顔をする。

 私が大きくため息を吐いたのを、エドガーは楽しそうに見ていた。

 非常にめんどくさいが、脱隊は困るので行くしかないだろう。



 翌日。

 私は憂鬱な気分で目が覚めた。

 リーフィンは未だ気持ちよさそうに寝ている。

 その能天気さが羨ましい。


 とりあえず顔を洗い、髪を梳かした。

 服はルチア村でもらった、飾り気のないクリーム色の衣服を身につけた。

 相手によく思われるつもりはないので、ただの私服で十分だ。

 その上からいつもの漆黒のローブを羽織って、フードも被る。

 そしてリーフィンが起きないように気をつけつつ、宿の扉を開けて外出した。


 宿の主人に訊いたが、銀狐亭は中央通りから少し離れたところにひっそりと佇む、穴場の食堂らしい。

 果実を搾った、果汁の飲み物が美味しいとかなんとか言っていた。

 それだけが唯一の楽しみだ。


 銀狐亭に向かいながら、私はため息をついた。

 恋愛で苦しい思いをしただけに、デートというだけで体が拒否反応を示していた。

 しかもその相手が、よりによってあのエドガーだ。

 初めの頃は、なんてちゃらんぽらんな男なんだ、と呆れていた。

 すぐふざけるし、自分勝手だし、子供っぽいし。

 だけど最近は少しだけ、エドガーのことを見直していた。

 昨日の強さに関する話も、しっかりと自分の芯を持って語っていたので素直に感心した。

 それ故に、私は彼に恋心を抱かれていたことに、複雑な思いを抱いている。

 男女の関係ではなく、良き仲間だと思っていたのが、裏切られたように感じた。


 交際を申し込まれても、きっぱりと断ろう。

 そしてこれまで通りの関係でいよう。

 そう、きちんと伝えれば大丈夫。

 ……大丈夫、だよね……?

 

 そこはかとなく不安に思いながら、何度目かのため息を吐いた。


 銀狐亭は植物の葉でできた、トンネルの先にあった。

 赤茶色の木で組み立てられた、かわいいお店だった。

 店の前にエドガーはいない。

 自分から誘っておいて遅刻したみたいだ。

 彼への好感度がガクンと下がる。

 とりあえず日光を避けて、店頭の影があるところで待った。


 それから大した時間待つこともなく、エドガーは小走りでやってきた。


「すまん! 待ったか?」


「いや、今来たとこ」


 ふつうに返答したつもりだったが、まるで恋人同士のような会話になってしまった。

 エドガーの顔を見ると、案の定ニヤついた笑みを張り付けていた。


「早く入るよ!」


 ドンッとエドガーの肩を殴りつけて私は店に入った。

 エドガーは痛すぎて声が出せないような演技をしていた。


「ほら早く!」


 私が急かすと、肩を撫でつつエドガーも店に入った。


「予約していたエドガーだ」


「エドガー様ですね。お待ちしておりました。二階の席へどうぞ」


 意外なことに、エドガーは予約をしていた。

 私は内心びっくりしつつ、エドガーについて行く。


 二階はテラス席となっており、陽光が眩しく差し込んでいた。

 木でできたテーブルや椅子は、この建物の外観や雰囲気とマッチしており、落ち着いた空気を醸し出している。

 手すりのそばには色とりどりの花が飾り付けられており、甘い匂いが鼻腔を満たした。

 

 デートスポットとして悪くないかもしれない。

 まあ、楽しむつもりはこれっぽっちもないけど……。

 

 全部で三つテーブルがあったが、すべてエドガーが予約していた。

 必然的に二階部分が貸し切りとなる。

 なぜそこまでしたのか……。

 私は少々おそろしくなった。


 「どうぞ、どうぞ」


 エドガーが手前の椅子を引いて、キザったらしい笑みを浮かべた。

 かっこつけているのだろうか……?

 全然かっこよくないけどね。

 私はそれを無視して、奥の席に座った。

 こっちの席の方が影になってて陽光も当たらないからだ。

 エドガーはわざとらしく落ち込むと、自分で引いた席に座った。


「色々飲み物あるけど、なに飲みたい?」


 果汁の飲み物がよかったが、私は一刻も早く帰りたい気分になっていた。

 帰って今日のことを早く忘れたかった。


「なんでもいいよ」


 ぶっきらぼうに答える。

 エドガーは気にすることなく、店員にレッドベリージュースという飲み物を二つ頼んだ。


 飲み物が来るまで少し時間がかかる。

 よくよく観察してみると、エドガーはどこか緊張した面持ちをしていた。

 何度も唾を飲み込んでいるし、視線も泳いでいる。

 私の気が重くなっていくのを感じる。


 お互い喋り出さないので、静かな時間が続いた。

 時間はまだお昼を回っていないので、近くの通りから話し声などはほとんどしない。

 エドガーがいなければ、非常に居心地がいい空間だっただろう。

 リーフィンと一緒に来たかった、と内心ごちる。


「いやー。それにしても、本日はお日柄もよく――」


 喋り出したかと思えば、しょうもないことをエドガーは口走った。

 とんだチキン男である。

 私は助け船を出すことにした。


「前置きはいいから。単刀直入に言って」


 エドガーがびくりと肩を震わす。

 さあ、早く言ってくれ。

 私はそれを即座に断って、これからも良き仲間でいようと言って、

 ジュースを飲んでとっとと帰るのだ。


 エドガーはぎゅっと目をつぶり、細く息を吐く。

 そして目を開いた。

 覚悟を決めたらしい。

 エドガーは私を真っ直ぐ見据えて、口を開いた。



 

 

「ルーナって、吸血鬼だよな?」

 

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