第21話 「強さとは」
そんなある日。
全員仕事が終わり、ギルド内の事務所で羽を休めていた時のことだ。
私たちは各々の仕事について語り合っていた。
「副隊長はひどいのニャ!
アタシがトレントのツルに引っ張られて宙に浮いてた時、助けてくれニャかったニャ!」
「当たり前だろ。
商人を護衛するのがオレの仕事だ。
商人から離れるわけにはいかなかった」
「助けてくれニャかったのに、アタシのパンツは見てたニャ!」
「見てねーよ!」
「さいてー」
「むっつりスケベ」
私とエドガーがウルディを毒づく。
それを聞いたウルディは、そのつり目をさらにつり上げて私を睨んだ。
「お前にはしごきが足りなかったみたいだな」
「いや、もう十分だから」
「遠慮するなよ」
「してないよ」
「まあまあお二人さん。抑えて抑えて」
エドガーが乱暴にウルディの肩に手を回す。
ウルディは身震いするような眼光をエドガーに向けた。
「エド……。お前は後で訓練場に来いよ」
「訓練を、するんだよな……?」
「訓練になるかは、エド次第だ」
エドガーはあわあわしながら後ずさりした。
これが『ツインナイト』の隊長か……。
実に哀れだ。
「リーフィンは魔法店の店番どうだったニャ?」
本気でウルディを責めるつもりはなかったのか、メイプルはあっさり話題を変える。
「暇だった」
リーフィンはいつも通りの無表情で応えた。
「お客さん来ニャかったニャ?」
リーフィンはこくりと頷く。
「魔導具も売れなさ過ぎて、一個タダでもらった」
そう言ってリーフィンが取り出したのは、金色に鈍く光る腕輪だった。
「なんだこれ?」
エドガーが摘まみ上げるとしげしげと眺める。
「“欲望の腕輪”という名称」
「なんかすごそうな魔導具だな。どんな効果があるんだ?」
「お腹空いたときにつけると、もっとお腹空いてたくさん食べられるようになる」
「ええ……しょうもな……」
エドガーは気が抜けたような声を上げた。
しかし不意に表情を変えると、腕輪をじっと観察した。
その後指先でくるくる回すと、ポイッと空中に放り投げてキャッチ。
そしてリーフィンに宣言した。
「なーんか嫌な感じがするから、この腕輪は没収です」
「えー。ひどい」
「これは隊長命令でーす」
おちゃらけた口調でエドガーは命令する。
リーフィンは口を尖らせた。
いつもの私ならエドガーに対し文句を言っていたが、今回はしなかった。
私も、その腕輪はなにか違和感を覚えた。
見ていると、妙に心がざわついた。
「私もエドガーに賛成かな。
というかリーフィンはそんな腕輪なくても、いつもたっぷり食べてるじゃん」
「空腹は最高のスパイスだから」
「そんなセリフどこで覚えたのよ……」
私は呆れて溜息を吐く。
その時、事務所の外から「うおおぉぉ!」という割れんばかりの歓声が鼓膜を震わした。
なにかあったことは容易に想像できた。
エドガーとウルディが互いに目を合わせる。
「ちょっと見に行ってみるか」
と、エドガーが発言し、私たちはその騒ぎの中心へと赴いた。
見に行くと、誰かが大きな仕事を成し遂げたようで、その場は興奮のるつぼと化していた。
「まさかコカトリスを倒しちまうとは。
『逆鱗轟雷』は頭一つ抜けてるな!」
「今、最も正規隊に入る可能性が高い隊だよな」
「あの強さは見習わんとな!」
などと傭兵たちが騒ぎ立てていた。
その話の中心人物、『逆鱗轟雷』の隊長であるジェイルは鼻高々と語っていた。
「ふん! 俺たちをその辺の隊と一緒にするんじゃねーよ!
次期、正規軍の白虎隊に入るのは、この俺様だ!」
身軽な動きで机に乗り上げると、拳を高々と振り上げて叫んだ。
ジェイルの声に呼応するように、ギルド内が大きく盛り上がる。
初対面の時のいざこざも相まって、ジェイルにはいい印象がない。
ぶっちゃけ嫌いまである。
しかしみんなから嫌われてるのかと思いきや、意外にも彼の人望は厚い。
やはり弱肉強食の国、強者は好かれる傾向にあるようだ。
悦に浸った表情で、ジェイルが傭兵たちを見下ろす。
その視線が私たちの前で止まった。
するといやらしく口端をつり上げた。
「おお。これはこれは『ツインナイト』の面々じゃねーか。
迷宮にも潜らず、ひたすらぬるい仕事ばかりこなす弱小集団。
弱いままでも、堂々とギルド内を歩ける豪胆さは見習いたいぜ」
ジェイルの皮肉に、傭兵たちは失笑を浮かべる。
ウルディがこめかみに青筋を浮かべ、突っかかろうとするが、エドガーが手で制した。
そしてジェイルに向けて、いつも通りの雰囲気で話し始める。
「いや〜簡単な仕事も人の為になるからな!
必要だからこそ、依頼が来てるわけだし。
それに強さってのは、なにも魔物を倒すだけじゃないんだぜ?
戦う強さよりも大事なものがあると、俺は思うけどな」
エドガーの言葉に、ジェイルは心底馬鹿にしたように鼻で笑った。
「なに言ってんだお前!? 強さこそ正義!
綺麗事並べたところで、弱かったら意味ねーんだよ!
お前らは一生雑用を繰り返して、傭兵ごっこを楽しんでればいいさ」
「確かに綺麗事だけでやっていけるほど、甘くはないよな。
俺たちもそろそろ迷宮に潜るぜ。
戦う強さも磨いていくつもりだ」
「はっ! 精々殺されてゾンビにならないようにな!
お前らの死体は臭そうだ」
それを聞いて傭兵たちがゲラゲラ笑った。
エドガーは肩をすくめると、それ以上はなにも言わず事務所へと引き返した。
ウルディは口を開きかけるが、結局なにも言わずエドガーの後に続いた。
ゴーリー、メイプルはおどおどしながらジェイルとエドガーを交互に見た後、
エドガーについて行った。
私とリーフィンも一緒に歩き出したが、不意にジェイルが声を掛けた。
「お前ら結局『ツインナイト』に入ったのか。
弱虫同士お似合いだぜ」
見下すように吐き捨てる。
私は振り返って、無表情で答えた。
「あなたの隊に入るよりは、断然こっちの方がマシね」
「俺もお前らみたいな雑魚はいらねーよ」
ジェイルも憎々しげに言い放つ。
これ以上話しても無駄だと思い、私は視線を切った。
傭兵たちの嘲笑が聞こえたが、無視してエドガーたちの元へ戻った。
事務所に帰ってくると、ウルディが声を荒げていた。
「クソッ! ムカつくヤツだ――ッ!」
その勢いのままテーブルを蹴飛ばそうとしたが、すんでのところで思い止まった。
エドガーがなだめるように落ち着いた口調で話す。
「ま、アイツの言い分も間違ってる訳じゃない。
ただ俺たちと考えが違うだけだ」
「だからってあの言い方はないだろ!」
エドガーの言葉に納得できないのか、憎々しげな表情をするウルディ。
確かにジェイルの口調は鼻につくが、そういう性格だと割り切れば許せないほどではない。
それより気になったのは、周りの傭兵たちの反応だ。
「私たちがしてる仕事は、ギルド内で正式に受けた依頼なのに、なんであそこまでみんな邪険にするんだろう?」
私が呟いた疑問に、メイプルが答えた。
「傭兵たちはみんニャ正規軍に入りたくて仕事してるニャ。
店番みたいニャ簡単な仕事は評価されにくいから、下に見られてるニャ」
「それじゃあ依頼した人が報われないね」
「みんな自分で解決できない方が悪いと思ってるニャ。
それに依頼する側も、受けてもらえないのがふつうだと、半ば諦めてるニャ」
依頼者すら諦めていては元も子もないじゃないか、とげんなりする。
文句の一つも言っていい立場にあるはずだが、何も言わないのは自分が弱者だと思っているからだろう。
自分で解決できず他者に助けを求める弱者。
だから強者の傭兵に見捨てられても、しょうがないと割り切っている。
弱き者は強き者に従う、この国の理念通りだ。
でも、本当にそれでいいのかと、私は疑問に感じてしまう。
「だが、俺はそういう人たちを助けたいと思ってる」
私が考え込んでいると、エドガーがポツリと呟く。
全員がそちらを向いた。
エドガーはいつになく真剣な表情をしていた。
「この国の弱肉強食の考えは、強くなる上では効率的だ。
競争意識も高くなるし、互いに高め合って成長していける。
結果として戦いに勝つことができるから、得することが多いのは事実だ。
だが弱者を下に見て、切り捨てる傾向があるのはいただけない。
本当の強さって、そういうことじゃないと、俺は思う」
エドガーの言葉は、なにか真に迫るものがあった。
いつものおちゃらけた雰囲気は微塵もない。
初めて、隊長らしいと感じた。
そして、エドガーの考えは私の疑問の答えでもあった。
弱者を見捨てていい理由なんてないのだ。
強者は強者らしく、弱者を導く立場であるべきだろう。
それが強者の責務というものだ。
「おでも、そう思ウ。
優しいヤツ、おでは好キ」
「わたしも隊長に同意」
ゴーリーとリーフィンも深く頷いた。
「これだから隊長は最高だニャ!」
同じようにメイプルも同意の意を示す。
ウルディは何も言わなかったが、その口元に薄い笑みを浮かべていた。
どうやら彼らも、私と同じように感じたらしい。
それを見て、エドガーが照れ臭そうに破顔した。
「そう言ってもらえると俺も嬉しいぜ。
だがジェイルの言う通り、弱いままでは綺麗ごとになってしまう。
俺たちは強くなる必要がある。
だから明後日、迷宮に潜るぞ!
明日は迷宮に備えて、しっかり体を休めるようにな!」
エドガーの言葉に、私たちは了承した。
こうしてその日は解散となった。
最後に私が事務所を出ようとした瞬間、後ろにいたエドガーが声を掛けてきた。
「明日、俺とデートしようぜ」
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